*39話 星空*

 翌日夜遅く。闇夜に紛れ、宿屋を訪ねてくる者が二人いた。

 翔と知佳である。

 二人はグレイスに案内され部屋に入ると、礼儀正しく真人とミントに挨拶をした。

「直接二人が来てくれるとは驚いたけど、実はその可能性も考えていたんだ。部下を通して転移の話をするのは難しいからね」

 真人は続けて、ハルモニアを倒し元の世界へ戻る提案はエレクトラが発端だと話した。

「やはりエレクトラからの話でしたか」

 翔がそう言うのは、手紙に情報元が書かれていなかったからだ。

 その時、カモメの知らせを受けた桜子とエレクトラも部屋に入ってきた。

「あら、王様自らですか?」

 エレクトラの素っ気ない言葉がかけられる。

「何だよ。こんな回りくどいことしないで、直接話してくれればいいのに」

「翔さんが話を聞きもせず、私を追放したのではないですか」

 気まずい状況に真人が止めに入る。

「まあ、ちょっと待ってよ。ここにいる六人は、元の世界に帰るってことでいいんだよね?」

 それぞれが顔を見合わせると、小さく頷いた。

「よし! みんなで戻ろう」

 力強く真人がまとめると、エレクトラからチャチャが入る。

「そもそも同じ世界から来たんですかね?」

「いまはそこ、関係ない」

 ミントが冷たく突っ込むと、苦笑いをした翔がここぞとばかりに質問した。

「ねえ君、僕とガレンで戦ったよね」

「うん」

「あの強さ、本当に驚いたけどどうなってるの?」

「私も気になったわ。トムさんと剣士になった私を同時に相手にできるなんて」

 翔とエレクトラに詰め寄られ、ミントはスキルを四つ持っていると打ち明ける。

 これにはもちろん、知佳や桜子も驚いた。

「スキルは二つだってハルモニアさんから聞いていたけど」

「私も今まで会った人は、みんな二種類でした」

 真人は、その話を避けたかった。一緒にいて不自然さに気がついてはいたが、生き返ってゾンビだからかという答えになることが嫌だったからだ。

「これから一緒に戦うんだし、多い分には問題ないよ。それより二人は、朝になる前に戻らないといけないんじゃないかな?」

 真人が思ったように翔と知佳は部下たちに黙って出てきており、最小限の打ち合わせをするとガレンへ戻って行った。


 宿屋での話の後、真人とミントはゴーレムを見張るため森に来ていた。

「翔君と知佳さんのおかげで向こうに渡る船も確保できそうだし、ハルモニアとの決戦は案外すぐかもね」

「真人、案外じゃなくてすぐだと思うよ」

「うん? 何かミントは知ってるの? そう言えば、スキルのこと思い出してたんだね」

「うん、スキルだけじゃないよ。全部思い出した」

「えっと、それって死ぬ前のことだよね」

「そう。私は、この世界と同時に作られた魔王なの」

「魔王?」

「だからスキルもいっぱい持ってたし強いの。だって、勇者と戦わないといけないからね。もちろん、その勇者だって世界と一緒に作られたんだよ」

「そっか。ってことは、勇者にやられてあげて死んだんだね」

「ううん、違うよ。勇者には負けなかったよ。その後も勇者は次々転移されてきたけど、負けたことないから」

 真人は首を捻る。

「そしたら何で死んだの? 見た目若いけど老衰とか?」

「違うよ! 死んだ瞬間は覚えてないけど、熱っぽくて風邪かなと思ってたの。そんでたぶん、しばらくしたらエレクトラに召喚されて真人と会った」

「ええっと……」

「死んだから誰かが埋めてくれたんだね。よかったよ、そのまま放置されないで」

「いや。そんな、よかったよかったみたいに言われても。魔法とかスキルでは治せなかったの?」

「怪我や呪いじゃないからね。病気は怖いよ。人もモンスターもないんだから」

「う、うん」

「それで私がいなくなったから、真人は呼ばれたんだね。ハルモニアはさ、世界を作った神じゃないから物語を続けるためには転移させるしかないんだよ」

「それじゃあ、この世界を作ったのは、ミントを作ったのは誰なの?」

「それは真人にも秘密。だけど、エレクトラの推測はだから正しい」

 真人は、教えてもらえないことにちょっとがっかりする。

 俺でもダメなのかな?

「あのさ、ミントは俺が代わりにモンスターを作る仕事をやっているから力を貸してくれるの?」

 なかなか答えないミントに真人の不安が募る。

「わかんない。でも真人、みんなをいるべき場所に返してあげて」

 今度は真人が答えられない。

 ミントは世界と一緒に作られた存在……。

 そう、この世界の存在である彼女に、帰る世界などないと知ってしまったからである。

「そうだね。もうみんな帰りたいみたいだし、元の世界に戻るのは普通のことだよね」

 二人は、お互いの顔を見ず星空を眺めていた。


             ******


 ガレンへ戻った翔は、一部の兵を残し城に帰還すると文官たちに告げる。理由は、シビルの商工会から提供されたゴーレムを城に持ち帰り研究するためであった。

 そして船の用意ができると、捕縛されたゴーレムとそれを取り押さえている四人の魔術師と一緒に翔と知佳も乗り込む。

 当然、このフードをかぶった魔術師は真人とミント、そして桜子とエレクトラであった。


 城のある大陸に着くと、ゴーレムを研究施設に運ぶと六人は兵士たちと別れ、馬車で神殿のあるフルカの町へと向かった。

「先に帰れと言われて、普通帰りますかね?」

 フードをめくり、顔を出したエレクトラが喋り出す。

「エレクトラも知ってるだろ? 僕に人徳ないこと」

 兵士たちは王の護衛も申し出ず、そそくさとカルデの町に帰ってしまうのだから翔も自虐せざるを得ない。

「それより、神殿に行ったらハルモニアさんと会えますかね? 私たち神殿内で探してたら怒られたことあるんですけど」

 知佳の言う通りなのだが、誰もこちらからアクセスしたことがなく他に選択肢はなかった。


 フルカの町に入ると、そのまま馬車で神殿の前まで乗り付けた。

「困ります。すぐに馬車を退かせてください」

 慌てて出てきた女官たちに、翔は自分が王であると名乗る。

「関係ありません。ここはハルモニア様が祀られている神殿。王といえども蛮行は許されないのです」

 そんな言葉も無視して、馬車を降りた六人は正面にある階段から建物に入って行く。

 女官たちは取り囲んではいるものの、武器を装備しているからか距離を保って近づこうとはしない。

「真人さん、あっちに僕たちが召喚された部屋がありますが、魔法陣も消えていて跡形は残ってないです」

「それじゃあ翔君、真っすぐ行こうか。あの奥は礼拝堂でしょ?」

「はい。ステンドグラスから光りが差して、天井も高くてすごく広いんですよ。それで中央にハルモニアの像があるんですけど、これが羽も生えてるしで似てないんですよね」

 説明する翔は少し笑って言った。


 六人は大聖堂に入るが誰もいない。

「真人、女官たちもついてこないしおかしい」

 ミントが警戒する。

「騒ぎで出て行ったんじゃないのかな?」

 知佳がそう言うと、翔が馬鹿にしていたハルモニア像の前に立ち手を叩いた。

「何やってるのよ翔」

「いや、手を叩いたら出てこないかなと思って」

 これに桜子が、

「神社じゃないんですよ」

と呆れたかと思うと続けてこうも言う。

「礼拝堂とか教会ってもっと音が響くものなのですが、翔さんの拍手かしわでが響かないと思ったら布が吊るされていますね」

 みながそれを聞き見上げると、天井にはシャンデリアのように布が中央から外に向かって円形に掛けられていた。

「それよりもどうします?」

 何も起きないことを持て余した翔が、最年長の真人に尋ねた。

「壊そう。ゴーレムを使って神殿を破壊するんだ」

「真人さん、本気ですか?」

「道にとめてある馬車からここまで一直線だし、回廊も広いからとりあえずこの礼拝堂からだ」

 声を出して驚いた知佳は、そういう話ではなくそもそも神殿を壊してよいものなのかと問い質す。

 だが、それに真人は答える必要はなかった。

「いやはや、真人さんもなかなかいやらしい」

 像の方から声がしたかと思うと、周囲が歪みハルモニアが現れた。

「やはりか」

 見込んだ通りと真人は思うが、知佳が不思議そうにしているので今度は壊そうとした理由を教える。

「転移だけなら俺みたいにどこでやってもいいはずだ。そこで、物語を作る上でこの建物がどうして必要なのかと考えた。結論は、ハルモニアは誰かに認知してもらう必要がある。つまり、女神であるためには信仰が必要ってわけだ」

「なるほど、その拠点である神殿を壊されたくなかったんですね」

 黙って聞いていたハルモニアは、いつものようににこやかな表情で話を再開した。

「まあ、はずれてもいませんかね。どちらにしても、あなた方はわたくしを倒しにきたのでしょ? いいでしょう。相手をさせていただきます。しかし、手を抜いて差し上げることはできません。残念ですが、あなた方が死んでも問題ないのです。だって、異世界に行きたがる者は大勢いるのですから」

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