*11話 急変*
「おじゃまいたします」
ログハウスでは、いつものようにハルモニアがモンスターの回収に来ていた。
「ハルモニア様、こんにちは」
「こんにちは、エレクトラ。真人様はいらっしゃらないのですか?」
「いますよ。いま、ミントと一緒に水汲みをやってて。ほら、戻ってきました」
「俺もだいぶ持てるようになっただろ?」
「真人はまだまだ」
「真人さん。ハルモニア様が来ていますよ」
「これはお待たせしてすいません」
「いえいえ、来たばかりですので。いつもお二人は仲がよろしいのですね」
「そうですか? あ、モンスターですよね」
真人は、軒下に待機させていたモンスターたちを呼び寄せる。
「今日も大量ですね」
「はい。近頃連携がうまくいくようになって」
「そうですか。勇者様には、数を相手にしていただくのもよい試練ですので助かります」
そう言ったハルモニアは、小さな袋を二つ取り出しテーブルの上に置く。
「ひとつはいつもの報酬、もうひとつは頑張ってくださっているお二人へのボーナスです」
「わぁ、普段の倍ですか」
エレクトラは嬉しさを隠さない。
「それでは失礼しますね。また、期待していますよ」
それを見たハルモニアは、そう言い残し出て行くのであった。
実はこのとき、真人は引き留めようか迷っていた。裏方として勇者に会えないのはしょうがないとしても、情報が少ないのが気になっていたからだ。
どんな見た目なんだろ。年齢は? 装備は? ひょっとしたら女かも知れない。
しかし、喜ぶエレクトラを見て水を差すようだと考え聞きそびれてしまう。
「真人、水はお風呂?」
「うん、瓶はいっぱいだからそっちに入れておいて」
「わかった」
そして真人は、ミントとやっていた水汲みの作業に戻るのであった。
三人は、少しずつ遠出もするようになっていたが、まだログハウスを拠点に活動をしていた。
「おはようミント。今日はどこに行こうか?」
朝、まだミントと同じベッドで寝ていた真人は体を起こす。
「ここ」
ミントは、だいぶくたびれてきた攻略本を取るとパラパラ開き写真を指差す。
「ダンジョンか。どこかにありそうだけど、中はたぶん暗いよね」
「ふんふん」
ミントはさらに指を差すが、真人はそれはないんじゃないかと思う。
「宝箱が狙いなのね。親切に置いといてくれる人がいるといいけどね」
どうでもいい話が終わると、真人は立ち上がりミントとリビングに出た。
「おはようエレクトラ」
……
「うん? トイレ?」
真人は、静か過ぎる空気に部屋を見渡す。
「真人あれ」
ミントはそう言い、真人のシャツの裾を引っ張る。
「袋?」
テーブルの上には、朝食ではなくお金を入れていた小さな袋が置かれていた。
「お金は入ってるな」
テーブルの上だけでなく、台所を見ても食事の準備はされていない。
「エレクトラ?」
真人は廊下を進み、エレクトラの部屋のドアを叩く。
「エレクトラ入るよ?」
ドアを開け入ると、真人の部屋と同じようにベッドや机は置かれているが荷物は何一つない。
「真人、エレクトラいないの?」
後ろからミントが話かける。
「う、うん」
今まで真人は、エレクトラの部屋に入ったこともなければ覗いたこともなかった。
まさか、ハルモニアみたいに移動して通っていたなんてことはないよな。そういやこのお金、昨日もらったお金を足すと丁度半分じゃないか? それに、こうして荷物がないわけだ。
真人は、自らの意思出て行ったと結論づける。
「ミント。朝ご飯、作ろうか」
「うん」
ミントは小さく返事をした。
そのあと真人は、不慣れとはいえ焚火などの経験を生かしかまどは何とか使える。
「真人、エレクトラは出かけたの?」
正面の席が空いているのに、ミントはいつものように並んで座ると食べながら質問する。
真人は困った。
たぶんエレクトラは帰ってこない。
一緒に買いに行ったタオルや石鹸などがあるとはいえ、きっちりお金が半分ないのはそういうメッセージだろう。見張りのゴーレムを連れて行ってないことは心配だが、俺の調整したモンスターでは使えないと考えたのかも知れない。
「たぶん、エレクトラは戻ってこないんじゃないかな」
「ええー、どうして?」
「エレクトラと俺は、仕事の仲間だったんだよ」
ミントは黙って聞いている。
「俺もそうなんだけど、ハルモニアさんに仕事で呼ばれてここに来たんだ。だかさ、契約期間が切れたとか、仕事が続けられない理由ができたとかで帰ったんじゃないのかな」
「ふーん」
ミントは、つまらなそうにした。
ひょっとして、ミントの召喚がおかしいと思っていた俺に気がついて離れたのか?
真人には、エレクトラがいなくなった理由がわからなかった。
「こんにちは」
「あれ、ハルモニアさん。昨日の今日でもう来たんですか?」
「真人様、そう毛嫌いしないでくださいな。実は、」
真人は驚いた振りをしながらも、エレクトラの代わりでも連れてきてくれるのではと期待していた。
しかし、そんなに甘くはなかった。
「次のモンスターについて提案がありまして、冒険に行く前にお伝えしようかと思ったのです」
真人は、その提案というのを聞く前に話してしまうことにした。
「あの、急な話なのですが、エレクトラがいなくなってしまったのです」
「まあ」
「ハルモニアさんは何か聞いていませんかね?」
「ええ、特に」
「では、代わりの手伝いを用意していただくことはできませんかね?」
「それは……予算もありますし、スキルを持っている方でないと務まらないと思いますので難しいですね」
「ですがミントと二人では、今まで以上のモンスターは無理ですよ」
……
「なにを言われているのですか」
このとき、まったり喋っていたハルモニアの様子に急変が起こる。
「そんな子を連れまわしていたら、エレクトラだって逃げるに決まっているじゃありませんか。ご覚悟があってやられていたのでしょ?」
「そんな子って……」
やはりあるんだ。
「そんな子って、ハルモニアさんはミントの正体を知っているのですか?」
「真人様、彼女の召喚を見ていて気がつかなかったのですか?」
ハルモニアは答えずに聞き返す。
「それは、実物がないとできないこと。つまり、新たに生み出しているのではなく、転送しているだけということですか?」
「そうです。でしたら、ミントもそうであると理解してますよね?」
「だから、どこかの子なんですよね」
「真人様、普通の人を転送などしたら死んでしまいますよ」
死んでしまう? スライムみたいにグチャっとなる?
「……ミントは、モンスターなんですか?」
「そうですね。あえて言うならゾンビでしょうか。本来は死体ですけど、あなたが造形で加工したので」
「な、なんで言ってくれないんですか!?」
「どうしてわたくしが言うことでしょうか? それに、エレクトラの方がわかっていたはずです。それでも仰らなかったと言うことは、何か理由があったのではないでしょうか?」
真人は、他のモンスター同様破壊するように言われたことを思い出し言葉を失う。
そうか、だからエレクトラはミントから距離を置いていたのか。水汲みや薪運びをやらせることに抵抗がなかったり、歳も近いのに一緒に寝ることを嫌がったりしたのはそのためだったのか。
「真人様、契約は契約です。どうあれモンスターの用意はお願いいたします」
ミントを破壊したところでエレクトラは戻ってこないだろう。いや、仮に戻ってくると言われても俺には壊せない。
真人は、さらに悩む。
食事の用意はどうする? 屋根裏の魔法陣は残っているが、食材を召喚できる人がいない。
契約だとはいえ、もう無理だ。
だが、だが俺が契約を破棄して元の世界に戻ったらミントはどうなるんだ?
真人は、ミントを見つめていた。
「真人、もう仕事辞めるの? 真人もいなくなるの?」
真人は笑った。
「ミント、俺の国のことわざに『乗りかかった船』って言葉があるんだ」
「うん」
「一旦初めたことは、最後まで付き合うってことかな」
「うん! 私も一緒に行くよ」
ミントも笑った。
「そうですか。ではお願いしますね。“キャストメーカー”の真人様」
そう言って微笑むと、ハルモニアは扉から出て行った。
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