第二章

*12話 相談*

 町を目指すエレクトラは、怯えながら森を進んでいた。


 ザワザワ


 低木が音を立てる。

 エレクトラは、持ってきていた杖を両手で掴み前に出すと構える。

「なんですか、その役に立たなそうな杖は」

「ハルモニア様!」

 その音は、家も道もない森の中で忽然と現れたハルモニアが立てた音であった。そして彼女は、真人の作った杖だけでなくエレクトラ自身へも見下した態度をとった。

「お勤めも果たさず逃げるのですか?」

「お勤め? ハルモニア様。私の仕事は気持ち悪い中年を相手にすることですか?」

「これは言いますね。しかしあなたも、ミントを利用できて随分と楽ができたのではないですか? それに、誰と仕事をするか選べないことは普通のことです」

「それはそうですが、イチャイチャしている二人の横で一人放置される職場なんてやってられませんよ。それに、ハルモニア様は気づいていらっしゃるんでしょ? ミントが死体だって。あんなのより下の扱いをされるなんて、人を馬鹿にするにもほどがあります」

 興奮しているエレクトラに、ハルモニアは容赦がない。

「なるほど。あなたの言い分もわからなくはありません。ですがそれは、あなたが死体であるミントの魅力に負けていたからではないのですか?」

 エレクトラは怒り否定する。

「それは違いますハルモニア様。造形と調整の能力を使い、ミントは人と全く同じような見た目や動きができる状態でした。肌の艶、色、目の輝き。お喋りし、食事も共にする。そして何より、能力を使った真人さんが自分の好みに仕上げたのですから勝つも負けるもないのです」


「では、これからどうされるおつもりですか?」

 一呼吸置いてからハルモニアは尋ね、そして続ける。

「このような森すら越えることが困難なのに、仕事も放棄し一人でやって行かれると?」

 エレクトラは、視線を逸らし考えてから答える。

「ハルモニア様。私との契約は、物語を作ることでしたよね? でしたら、勇者と共に戦う者として参加しても構いませんよね?」

「勇者様と共にですか? そうですね。真人様はミントがいれば戦えるかも知れません。ですが、勇者様のもとにはヒロインとなるべき女性がおられます。それでも行かれますか?」

「ええ」

 エレクトラは、不満そうに返事をした。


 選択肢がない……そう思うエレクトラはさらに考える。

 ヒロインと設定された女の上に立つことは、たまたま召喚されたミントを相手にするより厳しいはずだ。別に、物語に出てくるような勇者は好きじゃない。ホイホイ依頼を引き受けたり、気合や根性で試練を乗り越えるなんて危険な奴は御免だからだ。

 だけど……また私は、横にいるだけの存在になるのか……。


「どうしましたエレクトラ」

「いえ、問題ないです」

「では、わたくしの力でお送りいたしましょう」

「はい、おねがいします」

 ハルモニアが手を掲げると、空間が波打ちゲートが開く。

 ゲートの中は色が溶け、先は見通せない。

「エレクトラ。ここを通れば勇者様が向かっているミソラ村の近くに出ます」

 腰が引けているエレクトラに、ハルモニアが最後釘を刺す。

「よいですか? くれぐれも余計なことは言わないでくださいよ。勇者様を見つけるもの苦労したのですから」

 エレクトラは小さく頷くと、ゲートに飛び込み消えた。


             ――――――


 ハルモニアは、主人公になるべき人材の確保に成功する。

 宇野からは、教育委員会の方針を無視したやり方を進めたのだからと恩着せがましく言われたが、それほどの難しい話だったのかと疑問に思っていたがではある。

 その難しかった話とはこうであった。


「こんにちは。私は、相談員の宇野うの晶子あきこです」

「ども」

 宇野は高校内にある校舎の一室で、ここの男子生徒である本田ほんだかけると面会をしていた。

「二年生になって半分、高校生活も残り半分だよね」

「はい」

「本田君は、そんなに学校が嫌なの?」

「嫌と言うか、来る理由が見つからないというか」

 宇野が来ていた理由は、学校を休みがちな翔への聞き取り調査のためであった。だがもちろん、これは表向きの理由である。

「学校に来ない日とか、普段は何をしているの?」

「別に何もしてないですね」

「家にいるの?」

「はい」

 翔の態度は反抗的ではないが、話す声ともども気が抜けている。

「クラスのみんなに何か言われたりする?」

「そうですねー。『お前、週休何日だよ』とか言われますけど、別に嫌とかじゃないです」

「そっか」


 間を取ると、宇野は本題に入る。

佐々木ささきさんのこととかで、からかわれたりしないの?」

「え? なんで知佳ちかの話が出てくるんですか」

 翔は驚くが、宇野が翔を選んだ理由はここにあった。

「ほらだって、そうやって名前で呼んでいるでしょ。幼馴染の子と名前で呼び合っていれば、からかわれたりするのかなって」

「そんなこと、ないと思いますけど。少なくても僕はありません」

「それじゃあ、佐々木さんはあるかも知れない?」

「いやだって。わからないですけど、女子ってそういうのあるんですかね?」

 先ほどまでとは違い、必死になっている翔に宇野は聞き返す。

「佐々木さんよりまず、本田君が二、三人に囲まれて何か言われていたようだと聞いたのだけど、そのことじゃなかったのかな?」

「えっと、あれは……」

 翔には、思い当たることがあった。

「あれは、俗にいう中二病の話なんです」

「中二病?」

「知佳もそうですけど、中学時代から知ってるやつら多いんですよ。で、僕の昔話をしてバカにしてくるんです」

 中二病が何を指すのかは宇野にもわかっていた。だが、とぼけて翔に質問すると答えを聞き出す。

「殺気を感じるとか、リア充ぜろとか、ワンパンだよとか、そんなん言って剣を振るポーズとかしてたんで……」

 要するに、ラノベに出てくるキャラみたいに俺Tueee的な発言で周りを引かせていたという話だ。

 宇野は当然、これも織り込み済みであった。

「そうなの。それじゃあ、佐々木さんとは関係ないのね?」

「あの、知佳に何かあったんですか? その、イジメとか」

「本当に、本田君は佐々木さん思いなのね」

「あの……彼女、幼馴染ってだけじゃなくて、その、中二病のときもバカにしないで聞いててくれたし、だから」

「心配しなくていいのよ。佐々木さんに何かあったわけではないから。ただ、あなたの気持ちが知りたかったの」

 翔は、困惑する。

 あなたの気持ちって?

「本田君は、いまの高校生活を続けるのが辛いんでしょ? なら、その昔抱いた気持ちをリアルに感じてみてはどうかしら」

「ええ?」

「異世界へ行って冒険するのよ」

「えっと、それって、仕事してみるとか、転校してみるとか、他の世界を見てみろってことですか?」

「違うわ。文字通りの異世界。異世界転移よ」

 この人は、石にでも頭をぶつけたのではないかと翔は疑いたくなった。

「なぁに? 信じていないでしょ。当然よね。だから少し考えて欲しいの」

 宇野は、デスクの上にあったカレンダーを指差し、次に相談へ来る日を指定する。

「もちろん誰にも言ってほしくないんだけど、それじゃあ考えられないし騙されないためには誰かに相談することが基本よね。だから、佐々木さんには話していいわよ。彼女、中学の時にまじめに聞いてくれたんでしょ。おかしな話だなんて思わないで聞いてくれるわよきっと」

 翔は、わかりましたと言ってその部屋から逃げるように立ち去った。

 誰かに相談したら、僕の頭がおかしいと思われるよ。次の相談日まで指定してきたけど、その日も休もうかな。

 何を悩んでいるかもわからなくなりそうな翔の前に知佳が現れる。

「翔、どうかしたの?」

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