*13話 願い*
「失礼します」「失礼します」
約束の日、翔は知佳を伴って相談室を訪ねた。
「来てくれたってことは、考えてくれたのね」
宇野が翔に話しかけると、知佳が先に喋る。
「あのー、翔から聞いたんですけど、異世界転移ってどうゆうことでしょうか?」
「そのままですよ。正直、本田君は今のままでは卒業は難しいでしょ。こういった場合、本来なら卒業するために力を貸すことが務めなのだけど、別の可能性も話したいと思ったの」
「可能性って、絶対じゃないんですか?」
「異世界へ転移したいと言うのなら絶対にできます。佐々木さんも興味がありますか?」
絶対と言われ、この人は石にでも頭をぶつけたのではないかと知佳は絶句する。
冗談だとか比喩だとか言われて終わると思ったのに……。
知佳は、助け舟を出してくれと翔の方を見た。
「あ、あの、まだ迷ってるんです」
「そうですよね。高校を辞めるとなれば一大事です。ですが、通信制や定時制などの制度もありますし、大検という選択もあります。それに比べると異世界への転移はそうそうないことだと思うんです。ですから検討をしてみてはどうでしょうか?」
これに、早くも回復した知佳が疑いをかける。
「なんだか宇野さん、異世界転移をやたら進めてませんか?」
「そんなことはありませんよ。ただ、選択しとしてお話しているだけです。わからないことは、どんどん質問されてもよいのですよ」
翔と知佳は顔を見合わせると、ではと翔から質問を始めた。
「どんな世界で、何をするんですか?」
「街並みは中世西洋風です。転移された後は、剣や魔法でモンスターと戦います」
「モンスターと戦う? 僕がですか? 人とは戦わなくてよいのですか?」
「転移先ではあなたは勇者になりますが、最初から強いわけでも名声があるわけでもありません。モンスターと戦いそれらを得てください。人との戦いになるかは向こうでの活動次第ですが、戦争などが起きているなどはありません」
今度は、知佳が質問する。
「勇者って、ゲームとかだと仲間がいますよね? 仲間も転移者ですか?」
「いい質問ですね! 向こうの世界で仲間を集めてもよいのですが、転移した者がいれば一緒にパーティーを組んでも構いません。ゲームのようにシステムがあるわけではないので、仲間を集められればどんどん集めるべきかと思います」
「でも、仲間が多いとドロップを分けるとき揉めませんかね? そもそもお金や装備はどうするんですか?」
「ドロップなんて、ほぼありませんよ。モンスターがお金やアイテムを持ち歩いたりするわけないじゃないですか」
知佳は、微妙にリアルだと思う。
「ですが知佳さん、ある程度のお金や装備は転移を受け入れる先で用意されていますし、町の方の頼みなどを聞いていればお礼もいただけることでしょう」
さらに宇野は押していく。
「町は中世風とはいえ、食べるものに困るとか、水がなくてお風呂に入れないなんてことはありませんよ。宿に泊まり、レストランで食事を食べ、寝る前にお風呂に入る。勇者とその一行ですから、断られるなんてことはありません」
知佳が面白いかもと考え始めていると、また翔が質問する。
「死なないんですかね? 死ぬとしたら、死んだらどうなるんですか?」
「基本、死にませんね。先ほど話に出た受け入れ先は、勇者を探しております。勇者として転移させた本田君に死なれては困るわけです。なので、合っていない装備を使わせたり、勝てない敵と戦わせたりはさせないはずです。もちろん事故や自殺は防げない場合もありますが」
「セーブポイントに戻るとかじゃないんですね」
「はい、こちらの世界で生きているのと同じ感覚なのでセーブや巻き戻しはありません。ですが、二tトラックに轢かれたりすることはどこの世界でもありますし、転移した先が特別事故率が低いということはありませんのでそこは注意が必要です」
「はぁ、ところで受け入れ先って、お城とか王様ってことですか?」
「女神様が神殿でおまちしています」
翔は、女神と聞いて嫌な予感しかしなかった。
だいたい足を引っ張るキャラだよな……。
一方で知佳は、あれと思う。
「死んだらこっちに戻るんじゃないんですね。それに、受け入れ先や頼む人がいるんなら、町の人からのお礼じゃなくてその人たちが報酬を払いなさいって思うんですけど」
「そこなのですが。基本、依頼を達成しないと、こちらの世界には戻ってこられません」
これを聞いて、知佳は怪訝な顔になる。
「ああ、だから翔なんだ。長期行ける暇人だと思ったからでしょ」
「暇人って……」
翔は下を向く。
「いえいえ。確かに時間は必要にはなります。ですが、それだけなら本田君じゃなくてもよいわけで、彼の適正を考えて私も提案しています。ですので、他の方を紹介されてもこの話は致しませんし、転移させることもありません」
続けて宇野は、知佳のもうひとつの質問に答える。
「依頼している女神様は、お金や装備の準備以外にリクエストに応えると言っております」
「リクエスト?」
「お手伝いをしていただくお礼として、一つ願いをかなえると。他にも向こうでは、その人にあったスキルが使えるそうです」
怒っていた知佳は、翔のシャツの袖を掴むと考えてもよいのではとコロッと態度を変える。
「ええ!」
「でさ、私も連れて行ってくれない?」
「いやだって、僕は学校を卒業できないかも知れないけど、知佳は全く問題ないじゃん」
「実はさ、行ってみたいなとは思ってたんだけど、ただ飛ばされても困るかなとも思っていたんだよね。ほら、学校はあとでも何とかなるし、リクエストで出来ること聞いて良さそうなら試してみようよ」
「二人一緒に行けるんですか?」
翔は、すでに宇野の術中に嵌まっていた。
「はい。二人一緒にいけること。同じ場所に転移すること。保障いたします。ただ、リクエストに関しては転移前に伝えて、かなえるのは向こうに着いてから女神様がやることです。かなわなかったと聞いたことはないのですが、多少違うところが出てくるかも知れません」
知佳は微妙だなと思ったが、もう試さずにはいられなかった。
「翔は何を願う?」
「知佳こそ何を願うんだよ」
「私は、金髪碧眼になれますようにって」
「はあ?」
「だって、憧れるじゃん。それに中世西洋風の町で、勇者のパーティーなんだよ? 黒い髪に黒い目のままじゃ合わないよ」
「いやいや、それじゃあさ、戦えないじゃん。チート能力をもらうとか、金持ちになって兵士を雇うとかしないと」
「いやいやいや、それじゃあ転移する意味ないじゃん。違う世界、違う自分みたいな感じじゃないと」
話が膨らむ二人に宇野は聞く。
「本田君も金髪碧眼がいいと思うのかな?」
「いえ、僕は銀髪の方が好きですね」
「いや、金髪の方がカッコイイでしょ」
知佳は譲りたくないらしい。
「では、こうするのはどうかな? 本田君の願いで二人のステータスを高くしてもらって、佐々木さんの願いで金髪碧眼にしてもらう」
「「うーん」」
二人はこの一言だけで、ほとんど悩む素振りも見せずこう言う。
「「じゃあそれで」」
こうして宇野は、二人と異世界転移をする約束を取り付けた。
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