*5話 格子*
「汗かいたし、お風呂に入れないのは気持ち悪いな」
真人が迷っていると、エレクトラが慌てる。
「ちょっとミント。髪の毛がスープに入ってるわよ」
慣れないミントは、スープを飲もうと持ち上げた皿に思いっきり髪を入れてすすっていた。
「うお、ちょっとちょっと。ミント、ストップ」
普通の人なら髪が皿に当たった時点で飲むのを止めるだろうが、そこまでミントは万能ではないようだ。
「あなたも髪長いんだから留めた方がいいわよ」
ミントの汚れてしまった髪を拭くエレクトラは、そうアドバイスすると台所から洗濯ばさみのようなものを持って戻ってきた。
「いまこれしかないけど、留められるかしら」
なんか可愛そうだな。
そう思った真人は造形の力を使う。
「ちょっと貸して」
洗濯ばさみを手でギュッと握りパッと開けると、流れ星の形をしたヘアピンに変化した。
「うーん、デザインが幼かったかな?」
恥ずかしがる真人に、エレクトラは違うところで呆れる。
「真人さん、それ以前にそんな小さな物じゃ、髪全体を留められないじゃないですか」
黒髪ロングを後ろでまとめられないと理解した真人は苦肉の策に出る。
「と、とりあえず、こうしよう」
真人はヘアピンを、ミントの左こめかみ辺りから耳の上の方へ髪をまとめるように動かし挟み留める。
「ほらほら、前髪の毛先が反対側に流れてるから丁度いいじゃん」
ミントは、頭を左に傾けヘアピンを触り確認するとニコッとした。
「まあ、片方が開いただけでもマシですかね。私はリボンがあるからいいんですけど」
膨れるエレクトラを見て、真人はお風呂を提案することにした。
「そうだ。お風呂の水張りやるから、終わったら先に入っていいからね」
「そうですか? でも汲むの大変じゃ」
「大丈夫。ミントに手伝ってもらうから」
「そんな」
エレクトラの、か弱そうなミントに手伝わせることへの抵抗感を感じた真人は大丈夫だと説明する。
「こう見えてもミント、力持ちなんだよ」
ミントは頷く。
「俺が汲み上げて桶に移すから、ミントはそれをお風呂に注いで」
「わかった」
こうして真人とミントは、エレクトラが食事の片づけをしているあいだに湯舟に水を溜めると、庭に回り込み薪をくべるのであった。
「エレクトラ、ぬるくない?」
火の番をしている真人が、壁の向こうのエレクトラに聞いた。
「はい。丁度いいですよ」
一番風呂だからと遠慮していたエレクトラに何とか入ってもらえ、真人は一息つく。
「はぁ。ミント、立ってて大変だろ? 次、入っていいからリビングで座ってなよ」
ミントは、燃える木を枝で突く真人を凝視していた。
「見えないね」
「うん? 燃えてるところが見たいの?」
「格子になってる部分が高くて見えないね」
ザッバーン!
その高い位置にある格子窓からお湯が降ってくる。
「あんたたち! 何のこと話してるのよ!」
その声のあと、エレクトラが風呂から出て行く音が聞こえた。
「あはは。ミント、濡れちゃったね。お風呂入ろっか」
「うん」
真人は、風呂場の前までミントと移動し中を確認する。
「ミント、湯に浮いているすのこがあるだろ。あれの上に乗って沈めながら入るんだ。そうしないと足が底について火傷するからね」
「すのこ」
「浮いてる木の板だよ」
格子はわかるのに、すのこはわからないのか。いや、そもそも格子窓が高いと悔やんだことは話していないよな。
悩む真人を放って、ミントは借りているTシャツとトランクスを脱ぎだす。
「ちょっと待って」
「うん? お風呂入るから服脱ぐ」
ミントは首を捻り、何が間違っているんだと言いたげだ。
「そうなんだけど、俺がいなくなってからね。いい? スープでベトベトの髪を流して、それから浸かる前には足を洗うんだよ」
またミントは首を捻るが、今度は口を尖らせ意味がわからないと伝えたいようだ。
しょうがないよな。召喚したそのー、モンスターというかだし。俺にも責任あるし。
頭の中での言い訳が終わる頃には、ミントはすべての服を脱いでいた。
「じゃあ、今日だけ手伝うから覚えてよ」
「うん」
「ほら、そこに座って。髪流すから」
真人は桶で湯を汲み、ミントの頭の上からかける。
「わー、目に入る」
「そりゃ目、閉じないと入るだろ!」
そうは言ったものの真人は、リンスどころかシャンプーもない状況にこの後どうしたらいいのかわからない。
材料も作り方も知らないんだよな。石鹸はあるけど、これで髪の毛洗ってもいいのかな?
真人は、洗った髪についた水を手で軽く切ると、今度は足を流し始める。
「砂とかついてると困るから、指のあいだもちゃんと洗うんだぞ」
「くすぐったい」
「もう、じゃあ着替え持ってくるから入っててよ」
真人は、ミントが湯舟に浸かるのを確認すると部屋に着替えを取りに行った。
Tシャツとトランクスしかないし、二人で使うのには枚数が少なくてローテーションができないよな。タオルはあるみたいだけど少ないし、とにかく町に行っていろいろ買わないと。
そんなことを思いながら、真人は風呂場に戻る。
枚数少ないけど、トランクスじゃ可哀そうだよね。
真人は、トランクスをパンツにスキルで変える。
う、なんだろ。握った手から女の子のパンツが出てくることへのこの気持ち。動揺しながらも、白やシマシマを避けピンクにすることには成功していた。
「ほら、もう上がりな」
ミントが上がってくると、真人は後ろから長い髪を拭く。
「いいか、俺もお風呂に入るから、自分で体を拭いて、そっちの新しいTシャツとパンツを着るんだぞ」
「パンティー」
「今時、パンツのことをパンティーなんて言うか! どこで習ったんだまったく。そしたら部屋かリビングで待っててくれよ」
後ろで体を拭いているミントをちょこちょこ確認しながら、真人はコソコソお風呂へ入っていく。そして真人は、冷めてしまったお風呂に浸かりつぶやいた。
「ふぅ、なんで俺がコソコソしないといけないんだ」
うー。重い。まるで、石が体の上に載っているようだ。
翌朝、ベッドの上でうなされていた真人が目を開けると、お腹の上にパンティーを履いた女の子がまたがっていた。
「おはよう真人」
「お・り・て」
ミントは、横にずれるとベッドの上に正座した。
寝る場所がないからと一緒にベッドで寝たまではよかったが、エレクトラから水責めや石抱きをされる夢を見て別の部屋が必要だと真人は思い知る。
「おはようミント。やっぱり二人で寝るにはちょっと狭かったね」
「うーん」
「それに、短パンみたいな見た目のトランクスと違って、そのままってわけいかないよね」
「ふむ」
真人は体を起こし話しかけるが、ミントは納得をしていないようだ。
「そうだな。スウェットは寝間着に使うから、ジャージを元にするしかないかな」
真人は、リュックからジャージを取り出し造形でミントの服を作ろうとするが、女の子の服のデザインがわからない。
エレクトラに作ってあげる余裕ないし、聞けないよな。そだ、雑誌から想像するか。
しかし、真人が異世界対策に入れておいた雑誌は古いゲームの攻略本である。
普段着っぽいのがない……。
白のワンピースとかじゃ生活しにくいよな。仕方ない、ジーパンにでもしておくか。
真人は、雑誌を見ながらスキル造形を使う。
「あっ! ミント待って!」
いつまでも雑誌を見ている真人に、中身が気になったミントが強引に覗く。
フワワワワーン
ジャージが、彼女の服に変わったところまでは予定の範囲内であった。
しかし、変化したものはセーラー服で、襟は赤でシャツはピンク、そしてセットのプリーツスカートももちろん赤で、スカート丈はゲーム仕様であった。
「これ?」
ミントは、覗き込んだ雑誌を指差す。
「ああ、“ほぼ”それだな」
「マル……」
「あ、それ以上言うな」
「へぇ?」
「異世界にもいろいろあるんだよ。いや、異世界から見た異世界の話なんだけど」
「ふむ」
「それに、スカーフが青で違うじゃないか。何よりミントは黒髪ロングだ」
「ふむ」
そう返事をしたミントは、雑誌に興味が湧いたのかそのまま見ている。
「スライム。ゴーレム。ウルテク。ウエウエシタシタヒダリミギ……」
「ほら、ミント行くよ。エレクトラもう起きてるみたいだし」
真人がドアを開け廊下に出ようとすると、ミントは雑誌をベッドの上に置いてついて行くのであった。
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