*9話 奇跡*
「よかったの? 真人」
「うん。その本を読めば、思い出すことがあるかも知れないよ」
ミントは口をつぼめ、どうかなと思う。
「真人、エレクトラ怒るよ」
真人が最も恐れていることである。宿代は先払いしてあるとはいえ、ご飯代などももう残っていないからだ。
「う、うん。エレクトラの前では、あんまり本の話はしないようにしような。そうそう、あと本を入れられる袋も作ってあげるからね」
宿に着いた真人たちが部屋に入ると、エレクトラが買ってきた物をどれどれと物色する。
「結構買えましたね真人さん。ミントには悪いけど、だいぶ持ってもらうことになりそうです」
「うん。持ってあげたいけど、気合や根性じゃ無理だからね」
「では、夕食にでも行きましょうか?」
「それなんだけどさ……」
エレクトラは、お金を使い果たしたと聞くと顔色を変え真人にこう言った。
「私のお金でミントと二人で食べてきますので、真人さんは反省していてください」
真人は一人部屋に残され、夕飯はお預けになるのであった。
「ふぅ」
真人は椅子に座ると、ミントが置いていった薬屋で買った本を読む。
傷薬、痛み止め……。
毒消しに気付け薬か。
傷薬や痛み止めはわかるけど、毒消しや気付け薬なんて普段の生活で使うのかな?
薬屋の店主は『危険な動物がいる場所や面倒な場所』と言っていたし、エレクトラは野犬に遭う前『モンスターなんかが来なければよい』って言ってたよな。
……
やっぱりまだ、昔の物語で作られたモンスターが残っているんだ。
真人のこの確信は、召喚できるモンスターの自由度が上げられる点では良かったが、移動のリスクの高さを示すものでもあった。
下手な場所で強いモンスターに遭ったらミントでも勝てないかも知れない。だけど、それだとあのログハウスから動けないことになる。
スキルの制約、移動の制限、少ない報酬、食べ物は神殿からの召喚頼み。
真人は思った。
この世界、意外に奇跡がない。
あれから、ログハウスで暮らす真人たちのもとには、たびたびハルモニアが訪ねていた。
「今回はこれでよろしいですが、そろそろ勇者様にも試練らしい試練も与えたいのでもう少し強いモンスターをお願いします」
帰っていくハルモニアは毎回こんな感じである。
「疲れますね」
エレクトラが手を抜いている様子はない。
「そうだね。日用品が揃ったと思ったら仕事ばかりだもんね」
テレビもスマホもなく、別に他にやることがあるわけではないが楽しみがない。
「あの時は本を買った真人さんを責めましたけど、私も買っておくべきでした」
暇を持て余し、本にかぶりついているミントを見てエレクトラが言った。
「本もいいけどさ、これから上位の召喚をしようと考えると、いろんな動物とかを直接見たりしないとダメだと思うんだよね」
「はぁ」
「狩りと言うか、日帰りぐらいの旅に出ない?」
「それは真人さん、冒険をするということですか?」
「そう! それ」
エレクトラの召喚レベルは上がっている。とはいえ、ハルモニアの要求も上がっていく一方で手詰まりになりかねない。真人はそうなった時、ミントのことがあったので強引な召喚をするのではないかと恐れていたのである。
後日、ハルモニアがモンスターを取りに来たので真人は聞くことにした。
「ハルモニアさん。俺たちも腕を上げようと思うので、その辺で冒険したいなと思っているのですが」
「真人様、それはよいお考えです」
「だけど、そうすると家を空けてしまうでしょ。そこで質問なのですけど、勇者も旅をしているならどうやってハルモニアさんと連絡を取っているのですか?」
ハルモニアは、少し間を開けてから答える。
「確かに勇者様は旅をされております。ですが、普段から連絡を取っているわけではありません」
「そうですか。しかし俺たちが冒険した場合、モンスターを取りに来たハルモニアさんと会えないですよね?」
「そのことでしたら心配ありません。必要なときには会いに行きますので」
「では、家を離れて冒険をする許可を頂いたと考えてよいですね?」
「はい、先ほども申しましたように鍛錬することには賛成ですので」
ハルモニアは話が終わると、今日の分のモンスターを引き連れドアから出て行った。
真人は、家を離れる許可をもらったことで、ドアから出て行くハルモニアの芝居に一層の臭さを感じる。
どうやらハルモニアは、魔法陣などなくても好きな場所に移動できるようだ。
最初の冒険は近場の丘ということで、真人たちは翌日には出発していた。
「このまま『異世界でも引きこもりです!』なんてなるんじゃないかと思ったけど、ちょっとは自由になったのかな」
歩きながら冗談を言う真人にミントが答える。
「引きこもりは安全」
「そうなんだけどさ、ミントは引きこもり知ってるの?」
「うーん?」
「二人で何、バカな話をしているんですか」
エレクトラに、ネガティブとされていることとバレたようだ。
真人はそう思い笑うが、引きこもりも悪くなかったんじゃないかと考えたくなっていた。それは単純に、戦うことができるのか自分でもわからなかったからだ。
「ワクワク」
なめし革と鍋を使って造形した、ヒットする部分を鉄で強化したグローブを持つミントはやる気満々だ。
「俺はそうでもないんだけどな」
一方、鉄の余りを使って強化した木の盾と棍棒の真人は、使ったこともない武器に不安である。
「これ、意味あるんですかね」
もっとひどいのはエレクトラで、召喚術を使う人っぽいからという理由だけで特殊な効果がついているわけでもない杖を持たされていた。
「それ、結構薪使たんだよ」
「なら、使えなかったら薪に逆戻りですね」
造形でも、杖や棍棒を作るのに生木は使えず、なめし革も市で買ったものであった。
チャラリー!
真人の心の中で、効果音が流れた。
「エレクトラ、野犬……いや、体が大きい。今度こそオオカミだ」
「違いますよ真人さん。あれ、狐です」
言われると顔も耳も三角で、狐だと真人も思う。
「で、でも色おかしくない?」
「はい、普通は茶色っぽいですよね。でもあれ」
その狐は、薄い青色をしていた。
「真人さん、こっち見てますよ。どうしますか?」
「どうするって、戦うしかないじゃないかな。そのために来たんだし」
青い狐は真人たちの方に近づくが、距離を保ち止まると後ろ足で器用に立ち上がった。
真人は、棍棒と盾を構える。
あれは枝か?
狐は何かを持っている。
違うな。五十センチほどだが加工された棒……色だけじゃなく、この狐おかしい。モンスターで間違いないな。
考える真人を差し置いて、ミントは二人の前に出て狐との間に入った。
「ミント、気を付けろ。あいつ普通の狐じゃない。モンスターだ」
ミントと狐が睨み合う。
「捕縛!」
いきなりエレクトラが叫び、狐の上に光る網を出現させる。
相手は一匹のようだし、これが掛かれば俺の調整で終わりか?
真人はそう思うが、狐はひょいっと簡単に横に跳びかわす。
そして、これが戦闘の始まりであった。
「ふん!」
ミントは、網をかわした狐に真っすぐ向かって行き右拳を突き出す。
狐は、また横に跳ねかわすが小さい。
ミントは、透かさず左回転して後ろ蹴りをする。
真人は、回し蹴りをすることに驚くのも忘れ“決まった!”と手を握り締めていた。
バッチン!
しかし、ミントの左足は狐が前に押し出した二本の木の棒に阻まれている。
止めたのか! それにあの棒。短いと思ったら二本を紐でつないでいてまるでヌンチャクじゃないか。
ミントが後ろに跳び距離を取り直すと、狐は二本の棒をくるくる回し最後片側の棒を脇に挟んで止めた。
真人の見立てどおり、ヌンチャクである。
「そうか。あのモンスター、誰かが作りやがったな」
西洋風の町がある物語なのに、中華風の技を使うモンスターに真人はイラっとする。
だが、まだ戦闘は終わっていない。
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