*8話 シビルの町*
叩き飛ばされた野犬は二、三回ころがったが、すぐに立ち上り反撃に出る。
真人は気づくも野犬の顔は手の届く距離まで接近していた。
ボン!
声すら出せない真人の間近で鈍い音がする。
それは、ミントが飛びかかってきた野犬を叩いた音で、真人の目にはプロボクサーも真っ青な右ストレートを放つ彼女の姿が映し出されていた。
バン! ザワザワ
叩かれた野犬は、先の木にぶつかり下の茂みに落ちる。
キュイン キュイン サワサワサワ
そして、残された野犬たちは鼻を鳴らすと草をかき分け離れて行った。
「終わったのか」
真人が溢すと、ミントが両腕を折り曲げ上腕二頭筋強調のポーズを決める。
「フン!」
力こぶは出ていないし、お前は中本ではない。何より、黒髪ストレートはもっと清楚であるべきだ。
四十代の真人は、満たされない偏見に混乱する。
「助かったわミント」
そんな真人を差し置いて、エレクトラはミントにお礼を言った。
このあと食事を済ませれば、いよいよ明日は異世界初の町に到着である。
「ここか。中世西洋風だってハルモニアさんは言ってたけど本当だな」
石で出来た橋を渡り、シビルの町と書かれたゲートを潜るとその街並みが三人の前に広がった。
「真人さん、お店もいろいろありそうですよ」
「ああ、昼過ぎに到着できてよかった。これで今日中に店が調べられる」
真人がまず注目したのは、住人と思われる買い物客たちである。
うさ耳、くま耳、なんてものはないようだ。それに、尻尾が生えているなどということもない。
これは、人とモンスターの区別がはっきりしている可能性が高いということである。モンスターのようなものが人と協力したり、また一緒に暮らすとなると、モンスターだから倒すという理論が破綻して敵と味方の理由が他にあるということになってしまう。
そして他にも真人は、武器屋や防具屋が見当たらないこと、食料、雑貨、衣服と生活用品ばかりが売られていることも確認した。
「とりあえず、宿を取ろう」
「そうですね真人さん。荷物も置けますし」
宿を押さえようと探すが、三人部屋などないしエレクトラも一緒でいいのか悩む。
「エレクトラ。二人部屋で、みんな一緒でもいいよね?」
お金が厳しいとはいえ、女の子二人連れなのに多くの人で雑魚寝をするような宿と言うわけにはいかない。なので、真人はここが落としどころだろうと思う。
「ええ、構いませんよ」
真人はホッとし、二人部屋を取ると部屋まで移動した。
「部屋は狭くないけど、やっぱりベッドは二つだね」
「ええ。それで真人さんはどっちを使いますか?」
それはどちらでもよかった真人も、確認しておかないとと思うことがあった。
「あのさエレクトラ。ミントと一緒でいいかな?」
「ええ? 真人さん、いつもミントと一緒じゃないですか」
真人は、まだ二日なのにいつもはないだろうと思いながら、ミントと一緒に寝ていたことは確かなので否定できなかった。しかしそれでも、他の女性の前で一緒に布団に入ることには抵抗がある。
「そうだ。野営したときに使うやつ、床に敷いて寝ることにするよ」
「はぁ、そうですか。ほんと、真人さんはミントに甘いですよね」
床で寝ると言う真人に、エレクトラは呆れるのであった。
町に繰り出し、遅い昼ご飯を食べようと三人は食堂に入った。
魚のフライにソーセージ……。
真人は、宿帳を記載したときと同じでメニューも読めるので安心する。
「エレクトラ、武器屋や薬草屋ってないの?」
「あると思いますけど普通の人は戦いませんし、勇者が冒険した混沌の時代もずっと前の話で伝説みたいなものですから」
二日泊まる余裕がない真人たちは、この後すぐに買い出しを始めた。
「真人さん、見てください。あの服かわいいですよ」
「うん」
「このヘアピン、ミントに似合うんじゃないですか? ずっと付けてるのに一種類じゃ寂しいですよ」
エレクトラが嬉しそうに話すので、真人は迷ってしまう。
五枚あった金貨を造形で三枚にしちゃったし、そこに前借りと給料を合わせて十三枚しかないのだからそうそう買うわけにはいかないよな。
宿代とご飯代を考えると十枚も使えないかな。
「もう、どうするんですか?」
やはり武器は売っていないし、加工するためのインゴットや鉱石などもない。
これから何かあったらミント一人で戦えるのか?
決して物価が安くない中、タオルや石鹸だけでなく運ぶための袋なども買わないといけないのにと真人は解決策を探す。
「生地を買って造形しよう」
真人は手招きし、近寄ったエレクトラに小声でそう囁いた。
するとエレクトラは「ほー」っという顔をして「やってみれば?」という素振りを見せた。
三人は、綿生地や麻生地を買うと造形を試すため宿屋に戻った。
「見てろよー」
真人は、生地を台の上に置くとそこに両手の平を浮かせ、撫でるようにその手を動かす。
すると、エレクトラの召喚とは違い弱く優しい光が生地を包み、手品のようにいつの間にか生地が下着に変わっていた。
「パンティー」
ミントが言うようにパンツである。
「あら。水色でレースも付いていて素敵ですけど小さくありません?」
たぶんこの世界の感覚では小さいということだろう。
エレクトラの指摘にそう思っていた真人も、パンツばかり作っていたわけではない。
その後、シャツや麻袋を作ることにも成功していたのだ。
「ふう。自分たちで加工した方が安くなりそうだね。じゃあ、今度こそ買い出しだ」
真人が確証を得る頃には、エレクトラは疲れ果て留守番をしたいと申し出るのであった。
真人は、ミントを連れて再度出かける。
市では下見も済ませていたので、生地以外に鍋などリサイクルできそうな物、石鹸や調味料など変換することに意味がなさそうな物と迷わず買い、すぐに荷物もそこそこになった。
「帰ろうかミント」
買い物も終わり市から宿に向かっていると、ミントは立ち止まり一軒のお店を覗く。
「花屋さん? いや、本屋さんかな」
お店の入り口付近には縛られた草が吊るされているが、中を覗くと棚に本が並んでいるので真人は何屋さんかと思う。
「看板掛かってないけど入ってみようか?」
真人がそう言うと、ミントが頷く。
「うわー、中にも草や枝があるね。瓶に入ってるものあるし漢方薬かな」
「いらっしゃい」
微動だにせず座っていた老人に声をかけられ真人は驚いた。
「おじゃましてます」
「……変な客だな」
老人が言うように、店に来た客がいうには微妙な言葉である。
「ええと、ここは漢方とか扱ってるんですか?」
「漢方? 薬草のことか?」
真人は、異世界だったことを思い出し、ここは薬屋ではないかと推測する。
「本も置いてあるので何屋さんかなと思いまして」
「ふむ。地元の人間じゃないのは見ればわかるが、お前さんのところの町にも薬屋ぐらいあるじゃろ。まあ、本を置いているのは珍しいかも知れんがの。それで本のことを言えば飾りじゃな」
「飾りですか?」
「薬の種類や効能から、調合の方法や採取すべき草木などが書かれた本まであるが、薬屋に来たら薬を買うじゃろ」
老人の言うことはもっともだが、なら本を置く必要あるのかというところである。
「お! この本、装丁がすごいな。ファンタジーっぽいですよ」
「それか? ファンタジーも何も誰も買わんわい」
老人はそう言うが、ファンタジー以前に買わないって話してただろうと、そろそろ突っ込みを入れたい真人は老人を見つめてしまう。
だが、この本が買われない理由は他にあった。
「なんじゃい! その本はな、危険な動物がいる場所や面倒な採取ポイントが書かれているあげく、調合に関しては特殊な技術がいる話がメインに載っとるんじゃ。魔法でも使えと言わんばかりで、マジファンタジー過ぎるじゃなからな」
ツンデレっぽい話し方をする老人にミントは違うと言う。
「調合や精製は魔法ではない」
真人は、今日も驚いた。
ミントが、悟ったように急に喋ることは今までにもあった。しかしこの話は、本の内容を理解している可能性があったからだ。
やはり、どこかの人を召喚しただけでは……。
「あの、この本いくらですか?」
真人は、金貨十枚だという本を頭を下げて半額まで値切り、手持ちの金貨五枚をすべて使って買う。
「ほらミント。大事に持っててよ」
「うん」
ミントが本を抱えると、二人は店を出た。
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