ダークファンタジーは萌と共に

深川 七草

第一章

*1話 スタンダード*

 ハルモニアは、第二の主人公とも言える人材の確保に成功する。

 坂上さかがみからは、本庁から出先機関まで赴いたと努力を主張されたが、それほどの仕事だったのかと疑問に思っていたがではある。

 その努力とはこうであった。


「よろしくお願いします」

 真人まさとは、丁寧に挨拶をした。

 四十歳になった彼は、いつものようにスタンプを集める話をしにきたつもりであった。もちろん、ここは職安なのだから名所や超人のスタンプの話ではなく、紹介された先で面接を受けた証を集めるという話である。

 しかし、今日はいつもと違い奥の部屋で面談をしていた。

「初めまして、坂上です。利根とね真人さんで間違いありませんね」

 真人は、真面目に就職活動をしている。しかし、白髪交じりの髪を七三分けにしメガネまでかけているコテコテの役人を前に、言いがかりでも付けられるのではないかと構えていた。

「今までは契約社員ばかりですか。体つきもガッシリしているし、短くしている髪も清潔感があって印象が悪いとは思えないんですけどね」

 企業の人事が見た目のことを言うのはタブーである。だが、支援する側として坂上は褒めているつもりなのだろうと真人は受け取った。

 真人も、少し毛量は減ってきているが染めてもいないことや、ひょろひょろで病弱に見えるなんてことはないだろうと思っていたのでこれまでの結果には納得していなかった。

 しかし、四十代に足を踏み込んだ自分を避ける企業側の考えを避難するつもりもない。

「普段はどうされているんですか? ご趣味などは?」

 真人にとってこういう世間話は辛いことだ。用がなければ出かけないし、そもそも金がないのだから。

「テレビを見たり、ゲームをやったりですかね」

 音楽鑑賞なんて答え突っ込まれるより、正直に言った方がマシと思った真人は繕うことはしなかった。

「まあ、そうですよね。いまどきってやつですかね」

 坂上がこう答えるのは、意外性がなかったからではなく事前に聞いていたからである。

「実は、ちょっと変わったと言いますか、難しいお仕事をお勧めしたいなと考えてまして」

「はぁ」

「勤務地も遠く、一段落つくまで家に帰れないんですよね」

「船にでも乗るんですか? 俺はカニよりマグロがいいんですけど」

 真人がふざけて答えると、坂上はもっとふざけた答えを言った。

「ゲームとかやられるんなら異世界転移って知ってますよね」

 真人はこの時点で、引き受けると答えるつもりであった。

 親切な説明に感銘を受けたからではなく、異世界転移をするお話の入り口は大体どうでもよい流れであるものが多いことを知っていたからである。

「俺が選ばれた理由って……」

「はい。一人暮らしをしていて定職にもつかず、騒ぎにならないからです」

 坂上は、はっきり言った。

「先方に引き継ぐ前にもうひとつ聞いておくことがございます。日給は書いてある通りですが、他にひとつリクエストにお答えできます」

「リクエストですか? 罠っぽいですね。何にしても転移した先のことがわからないと決められないのですが」

「なるほどですね。しかし、先方が引き継ぐ前に用意いたしますので先に決めていただく必要があるのです。当面の資金や衣服などは用意されているようですし、やっぱりあれじゃないですかね?」

「あれですか?」

「あれですね」

「じゃあそれで」

「ええと、もう少し詰めておきましょうか。若い方がいいですよね? 目や髪の色はどうしますか?」

「俺ぐらいになると、スタンダードがいいです。乳袋のあるブレザーや、プリーツの下から半ケツが見えるスカートを履いてるヒロインとかは勘弁です。あえて言うなら黒髪のストレートがいいぐらいですかね」

「わっかりました。伝えておきます」

 もう、嘘でも本当でもよかった真人は、契約書にサインするとアパートに帰り異世界へ行くための準備を始めた。

 ガスや電気を止める手続きをし、家賃も引き落とせるよう銀行の口座にお金を入れておく。

 今まで手紙なんて書いた記憶ないけど、旅に出るって書いて出しておくか。

 真人は、電話で細かいことを聞かれても答えられないと、親には手紙を送ることにした。


 転移前日。

 真人が家にいるとスマホが鳴った。

「最後の確認です」

「坂上さん、予定通りで大丈夫です」

「それでは明日、起きたら異世界という手筈で。荷物はリュックひとつでいいですね? あと、向こうじゃスマホつながらないんで」

 転移することが本当であるなら当たり前のような話ではあるが、坂上は立場として連絡が取れなくなると確認をしておく必要があった。






「ここが異世界?」

 畳に布団で寝ていた真人は、起きるとベッドの上にいた。

「そうです。あなたからは、異世界と呼ぶべき場所です」

 西洋絵画から飛び出てきたような人だ。

 目の前に立っていた女性は緑の髪に緑の目で、加えて背が高くグラマーなものだから真人はそう感じ驚いた。

「あなたは?」

「坂上さんから聞いていると思いますが、ハルモニアと申します」

 真人は聞いていなかった。ただ、この人が先方の人であることは間違いないとわかった。

「早速ですが、お仕事の説明をいたしますので準備ができましたらリビングへお願いいたします」

 彼女が部屋を出て行くと、真人は部屋を見渡す。

 木材むき出しの壁。机、椅子、今乗ってるベッド、これらもすべて木製である。

 とりあえず真人は、場違いな色を放つナイロン製のリュックから服を取り出すと着替え部屋を出ることにした。


「おお、広いな」

 リビングの天井は高く、横には上に行ける階段が見える構造であった。

「どうぞ。と、申しましてもあなたの家ですが」

 真人は、行ったことはないが金持ちのログハウスってこんな感じなんだろうとハルモニアに恨みを抱きそうであったが、自分の家と言われてひょっとしてと思う。

「ここが仕事をするための拠点になります」

 真人がやはりと思いながら椅子に座ると、大きなテーブルを挟んでハルモニアも椅子に座った。

「それでお仕事の内容なのですが、真人様には勇者様と戦うモンスターを操っていただきたいのです」

「モンスターを操る?」

「ここは森の中で近くに町はありませんが、街並みは中世西洋風であり勇者様も剣と盾を装備しております」

「ああ、魔王をやればいいんですね」

「違います」

 ハルモニアは即、否定した。

「あなたのお仕事は、勇者様が穏便に成長や活躍ができるように調整することです。……そうですね、モンスター、魔物、獣人、いろいろな呼ばれ方をされるものを操るので“キャストメーカー”と名付けましょう」

「キャストメーカーですか?」

「ええ、引き受けてもらえますよね」

 真人は、いま考えたんだろうと職名にドン引きをするも、契約してから来たのだから断る選択はないと思う。

「ハルモニアさん、勇者のことがよくわからないのですが」

「そちらのことはわたくしがお伝えしますので、その情報を元にモンスターを派遣していただければ問題はありません」

「あの、大前提の世界観がわからないのです。それから、ハルモニアさんはどういった方なのでしょうか?」

 四十年も生きている真人からすれば、細かい部分も気になるというわけだ。

「わかります。それがあなた様が選ばれた理由なのですから。わたくしは、世界に物語をもたらす女神なのです。しかし、常に新しい物語を提供することは困難。そこで、過去に使われた世界を再利用しようと考えたわけです」

「女神……ですか」

「そう仰らないでください。女神というのも物語の演出のようなものですので」

 ハルモニアは、面倒そうな肩書に続いてさらりと付け加える。

「すでに、この世界には勇者様を召喚してあります。しかし、敵になる者や仕掛けはほとんど使用済みなので、準備するためには物語を創造できる経験者が必要だったのです」

 魔王を倒す勇者や街づくりをするクエストなら若い者にやらせればいい。おじさんが悪を倒したり街づくりをしたらリアルの話になってしまう。

「俺がやるべき仕事とは、中の人なのですね」

 真人は、ただのおじさんが異世界に呼ばれた理由を理解してしまうのであった。

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