*2話 違うけど十七歳*

「真人様、契約の確認が済んだということでよろしいでしょうか?」

「はい」

 勇者側の都合もあると、ノルマを答えないハルモニアに真人は不安を抱く。しかし帰れるとも思えず、泊まり込みの日給ということ以外わからないままで返事をした。

 漁船に乗ることと変わらなかったんだと後悔したのである。

「それでは、坂上さんから聞いておりますリクエストにお答えします」

 あれの話である。

「失礼します」

 湯呑を二つ載せた盆を持つ女の子がリビングに入ってくる。

 長く赤い髪は波打ち、瞳も深い赤である。

 加えて、弧を描く上瞼が目じりに向け上がっていく様子は、気が強そうで色に合っていると真人は感動する。しかも、女神ほどではないがスタイルもよく、それでいて乳袋やはみパンなどもしていない落ち着いた服装は希望であるとも感じた。

 だが、真人は続けて思う。

 完璧だけど、リクエストは黒髪ストレートではなかったのかと?

 リクエストと違うと言えない真人は、もうひとつの気になった点を聞いた。

「えっと、随分若く見えますけど」

「初めまして。エレクトラ・キーン十七歳です」

 犯罪か?

 真人は思うが考えを改める。

 いや待てよ。アルバイトならあり得る。“あれ”とはアルバイトのことだったのではないかと。

 真人は、彼女がテーブルに置いてくれたお茶を一口してから確認した。

「ハルモニアさん。リクエストということですが、彼女はどのような仕事を」

「はい。真人様のスキルは“調整”と“造形”になります。調整はすでにいるモンスターの意識を変え支配下に置くことができ、造形は加工術になります」

 この時真人は、リクエストとは違い転移でスキルも付与されていると知る。

「ただ当然ですが、意識をいじるにはモンスターが、造形をするためには材料が必要です。そこで、召喚と捕縛のスキルを持つ彼女の登場となるわけです」

 ハルモニアは、エレクトラが召喚をして、真人が調整や造形をすることでモンスターのオーダーに応えられるシステムになっていると説明した。


「それじゃあ勇者様の方もありますので、そろそろお暇いたします」

 ログハウスから出て行こうとするハルモニアを真人は止めた。

「彼女の勤務時間など、労働条件の確認をしたいのですが」

 言わば店長のようなポジションなのだからと真人は考えたのだ。

「はぁ。住み込みなのですから、いつでも呼ばれたらよろしいかと」

 ハルモニアは、女神らしからぬ抜けた返事をしたかと思うと淡々と答えた。

「彼女も住み込みなんですか?」

「ええ、近くに町はないと話したではありませんか」

「いや、それでも労働条件はありますよね?」

「もちろん真人様と同じように、エレクトラさんにも契約はありますよ」

「では、」

「契約はそれぞれと交わすものですから、お話することはありません。ですが、真人様のアシストをすることが務めとなっておりますので、ご命令をされればよろしいかと思います」

 更に進み、ノブに手をかけるハルモニアに真人は粘る。

「では最後に。ハルモニアさんは?」

「わたくしは、勇者様、真人様、両方の案内役ですので、どちらとも行動を共にいたしません。ご連絡差し上げるだけです」

 そう告げてハルモニアは出て行く。

 真人は、一息つきそのドアを開けてみる。

 ハルモニアの姿はなく、ログハウスの前は庭のように少し開けた場所があるだけで聞いたとおり森しかなかった。

 実体はあったが、女神かはともかく特別な存在ではあるようだ。

 真人は、とりあえず仕事をやってみるしかないと思った。


「俺は利根真人、四十歳です。これからよろしくね」

 手を出して握手を求めたらセクハラだと言われそうだし、頭を下げても堅苦しいだけかと真人は迷う。

「はい。見た目から、もっと若いかと思ってました」

 エレクトラが微笑んだことで、真人は安心する。

「そう? いつも年上に見られてガッカリするんだけどな。そういえば君も住み込みだって聞いたけど?」

「はい。隣の部屋にいますので、いつでも呼んでください。あと、食材と薪は神殿から召喚するので心配ありませんよ。強いて言うなら大変なのは井戸での水汲みぐらいでしょうか」

「召喚?」

「はい。ハルモニア様が神殿に用意してくださるので、それを私が召喚することになっています」

「ふーん。神殿があるなんて、ハルモニアさんは本当に女神なんだね。ところでエレクトラさんは料理できるの? 俺はいっつもチン! だからさ」

「チン? ですか。得意ではありませんがやりますよ。それからエレクトラと呼び捨てで結構です」

「ああ、じゃあ俺も真人って……言いにくいか」

「いえ。よろしかったら真人さんと」

 真人は自分で振っておいて、顔が赤くなっていないかと動揺する。

「あーでも、エレクトラって、変わった名前だよね?」

「そうでしょうか?」

 エレクトラは首を捻る。

「異世界も国際化の波が押し寄せてるのかな。なんちゃって」

「異世界? ですか」

「え?」

「名前を聞いた時から思ってましたが、真人さんは外国の方なんですね」

 真人は、異世界に異世界という概念がないのならエレクトラの考え方は普通なんだろうと思った。つまり、エレクトラが自分と同じように転移された者ではないと理解したのだった。


「それじゃあ、少し試してみようか」

 まだ日も高く、二人きりでは間が持てない。真人は、仕事をやることにした。

「モンスターを召喚するんですよね?」

 エレクトラに聞き返され真人は考える。

 そうだな。ここでやって、家を泥だらけにされても困るもんな。先は森だし、広い庭を使わない手はないか。

「ごめん、ごめん。外に出ようか」

 しかし庭に出ても、何かに迷っている様子でエレクトラは召喚しようとしない。気になった真人は、黙って待っていられなかった。

「女神の神殿から食材を召喚するのと、モンスターを召喚するのって何か違うのかな?」

「そうじゃないんです。えっと、神殿には仕事の説明のとき行きましたし、食材も恐らく私の知っているものばかりです。だけど、モンスターってどんなんでしょうか」

 彼女は言い出せなかっただけで、最初からそこが問題であった。

「うーん」

 真人は、召喚に条件があるようだと思い当たる。

「モンスターを知らないってことは、前回の勇者がいた時代に生まれてなかったか、物心付く前に戦いが終わったってことだよね」

「そうですね。勇者様が活躍して世界を救ったとは言われてますけど。あっ! 物語とかは読んだことがあるので、モンスターが全くわからないとかじゃないんです」

 備えあれば憂いなしとは言ったものだ。

 真人は、坂上から異世界に行くと聞いてリュックに入れていた物を急いで取ってくる。

「本ですか?」

 エレクトラは、不思議そうに尋ねた。

「うん。分類するなら雑誌かな。ゲームとかアニメの情報が載ってるの」

「すごい、色がこんなについてるなんて」

「たぶんなんだけど、召喚するためにイメージしにくいってことだと思うんだよね」

「そうなんです!」

「じゃあ、まず王道のこれからいってみよう」

 真人は雑誌を開くと、水色のスライムを指差した。

「ええと、上の方がシュっとしてて、丸い目と大きな口ですね」

「そそ、ぴょんぴょん跳ねるの。体当たりで攻撃。強くなると回復使うやつとかいる」

「ぴょんぴょん跳ねるんですね」

「ぴょんぴょんって言ってもウサギみたいじゃなくて、体がぷにぷにしてて、それを波立たせて跳ねるの。強くなると敵を包んだりするやつもいる」

「ぷにぷにですね」

 真剣に言われ、脱線できない真人は話を進めることにした。

「じゃあ、やってみようか。気楽に気楽に」

「はい!」

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