*35話 開戦*

「真人さん。船が次々沈められているのに、気にもしないで直進してきますよ」

「ああ、エレクトラがいるんだろ」

「なるほど。クジラたちに打つ手がないと知っているから突っ込んできてるんですね」

 その後、翔王の軍勢は幾らも経たずに上陸を開始した。

 対して、それを後方で見ていた真人は苛立ちを隠せない。

「ミントが心配なのはわかりますけど、真人さんは足でまといなので行ってはいけませんよ」

「桜子わかってるって!」

「ほらほら、指揮官たる者どっしり構えてなくては。そろそろ私も行きますね」

「うん、頼んだよ。適当なところで引いてきてな」


 クジラたちは健闘したが、沈めることができたのは周囲の船だけであった。そのため、王国軍の主力は無事に上陸できていた。


 ピュンピュピュン!

 カンカン!


 建物に隠れるモンスターたちに、王国軍の弓はあまり役になっていない。

「うーむ」

「トムさん、感情的になってはいけません」

「そうですね、エレクトラさん。だけど奴ら、鉄の装備まで持っていて手ごわいですな」


 ウッ! グアー!


「どうした?」

「伏兵がいるようです」

「伏兵? モンスターが伏兵なんて使うのか?」

 兵の報告にトムが首を捻る。

 前のモンスターはなかなか倒せず、どこからか奇襲され時より兵が倒れる。

 意外な展開に、王国軍の士気は下がり始めていた。


「「王様!」」「「翔王!」」

「待たせたなぁ」

 動揺していた兵士たちの前に、翔が降臨する。


 シュパ! グサ!


 モンスターを一刀両断し、場を盛り上げる。


 ジュパ! シュパ! キン!!


「うん?」

「これ以上やらせない」

 陰から襲撃していたミントは飛び出し、黒い髪をなびかせると翔の剣を止めた。

 女の子? だと。

 翔は、クジラ同様彼女も操られているのではないかと考える。

「翔王!」

「トム隊長、手出し無用です」

 王国軍もモンスターたちも動かず、現場は一騎打ちの様相になった。

「はぁぁぁ」

 翔は止められた剣を払い、ミントを押し返す。

「手を抜いてると死ぬよ」

「大丈夫! 僕はチートだからね」

 ミントはそれでと言わんばかりに、左手に挟んだ手裏剣を投げる。

 翔は体を逸らし手裏剣を見送るが、その瞬時に地面を蹴り接近していたミントの右下から左上へ切り上げる刀に捕まる。

「ウーッ」

 鎧の左胸部に五センチほどの裂け目ができていくのを目の当たりにした翔は、驚きの表情を隠せなかった。

 早い! あと数ミリで胸が切られていた。

 そして続けて思う。

 多少傷つけてもしょうがないか……いや、殺してしまっても仕方がない。この子、今まで戦ってきたどの相手よりも間違いなく強い!!

 翔は、上段に構えた剣を思い切り振り下ろす。


 シャキン!


 ミントはまともに受けず、右に払い退ける。

 マジか! 受け止めないようにしようとするのはわかる。だけど、僕の力はチートだぞ。重さも早さも特別だ。なのにどうして受け流せるんだ?

 推し量れない力に翔は動揺する。

 その時、剣を振り下ろした腕がスパッと切られ血を噴き出した。

「ぐぁああああああああっ」

「翔王! うりゃ!」

 トムが短剣を抜き、ミントに襲い掛かるがひらりとかわされる。

「ヒール!」

 その隙に、知佳が翔に近寄り回復に入る。

「翔! しっかりして!!」

「手が、手がぁ!」

「大丈夫、つながってる。痛いのは神経がつながってるからよ」

「ハイ!」


 キン!


「エレクトラ? あなたが剣を使うなんて」

「うるさいミント!」


 キン! カン!


 距離を取ると弓、接近戦だと二人相手か。

 だけど、エレクトラは何でこんなに強いの?

 ミントは、トムとエレクトラを相手にしながら包囲されつつあった。


 ピュン! キン! キンキン!

 シャ!!


「ミント、ここまで見たいね」

「いや、さすがにこれはかすり傷」

 ミントの強がりかと思い、エレクトラが小さく笑ったときだった。

「……ぇ、何よそれ?」

 ミントの切り傷が回復し、元通りになったのだ。

「あなたのスキルって、怪力と自己回復なの?」

「さあね」

 ミントは反撃に出る。

 トムに手裏剣を投げ、反転するとそのままエレクトラの剣をはじく。

「ウッ!」

「エイ!」


 カラン!


 ミントは、刀を捻りエレクトラの戻ってきた剣を巻き上げるようにすると、そのまま回し叩き落す。

「ええぇい! ミントぉ!!」

「エレクトラさん!」


 グサ!


「ブヘッ!」

「トム!」「トムさん!」「……」

 剣を落としたエレクトラをかばおうと、反対側にいたトムがミントに突っ込んだのである。そしてミントは、そんなトムを容赦なく刺した。

 腕をつないでいる知佳はその場から動けず、エレクトラは剣を拾うと後ろに下がる。

「トム!」「トムさん!」「……」

「隊長!」「トム隊長!」

 翔たちばかりか周囲の兵たちも騒ぎ出すが、トムが動くことはなかった。


「あなたたち、何をボーっとしているの? トム隊長の仇を討つのよ」

「「「「「「おお!」」」」」」

 エレクトラは兵士を煽る。

「翔さん、大丈夫ですか? 戦えそうですか?」

「ああ、さっきは取り乱してごめん。エレクトラさん、僕もトムさんのために戦うよ」

 翔と違い、知佳は心配そうにする。

「でも、あの子強いよ。それにあれ、セーラー服でしょ?」

「うん。僕もそれで、転移者じゃないのかなと思ってたんだ。強いのはスキルのせいじゃないかな? ……だけど、強すぎるよな。どんなスキルなんだろ?」

「え? エレクトラさんがさっき、怪力と自己回復だとか言ってなかった?」

「そうなんですか? エレクトラさん」

「翔さん、それは私の勘違いです。だって、力があったり回復ができたとしても、剣術や回避力の高さが説明できません」

「そう、だよね。ハルモニアは、スキルは二つしか持てないって言ってたし」

「それで思い出したんです。あの子はわかりやすく言うと、ゾンビなんです」

「ゾンビ?」

「知っての通り、私は元召喚術士です。ゾンビやガーゴイルなどを呼び寄せることもありました。つまり、クジラやいま戦っているオークなどと同じように、死体を手に入れてモンスター化したものなんですよ」

 知佳は疑問に思う。

「そんなことできるのかな? ゾンビって、こうもっとドロドロしてない?」

「知佳さん、オークやリザードマンも強化されていますよね? あれと同じです。ゾンビを強化したんですよ」

「だから、切られても治るし、筋力の影響を受けない動きや力があるのかな?」

「そうです翔さん。転移者や普通の女の子では、あの動きは無理です」

 話を聞いた翔は、知佳の方を見て確かめる。

「僕もさっき、あまりの強さに彼女を殺す気でかかったんだよ。でも勝てなかった。迷ったら恐らく勝てないよ。知佳、相手はゾンビだ。僕たちの力であの世に送ってあげよう」

「うん、わかったよ。私も戦う。もう迷わない」

 三人は武器を構え、ミントへ立ち向かうと決めた。

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