*6話 貨幣*

「おはようエレクトラ。早いね」

 真人がリビングに入ると、卵を焼く匂いが広がっていた。

「おはようございます真人さん。もうできるので、座って待っててくださいね」

「おはようエレクたら」

「ミント、私の方がお姉さんなんだから“さん”を付けなさい。それからエレクトラですから」

「おはようございます、エレクトラさん」

 時間が止まったようにエレクトラの手が止まる。まだ拙い喋り方だったとはいえ、ミントが指摘した以上に丁寧な挨拶をしたからである。

 しかしエレクトラは、一呼吸置いて振り返ると微笑んで服装のことを褒めた。

「あら、可愛いお洋服ね」

 一方、真人もまた驚いていた。

 教えた以上のことを急にやることがあるんだよな。調整のスキルが、どこかで発動してるのかも知れない。

「エレクトラ、焦げるよ」

「あ、ええ。すいません真人さん」

 エレクトラは、並べていた三つの皿に目玉焼きを取り分ける。

「さあ、食べましょ」

 三人は、テーブルを囲んで食事を始めた。


「ベーコンもあるんだね」

「はい、真人さんが起きる前に召喚しておきました」

「本当にごめんね」

「いえいえ、女神様の用意されたものを召喚しているだけですから」

「そういえばこっちに来るとき、お金も多少用意されていると聞いたんだけど」

「はい、女神様より金貨五枚を預かっております」

 真人には金貨五枚の価値もわからなかったが、それよりも買い物できる町があるのかの方が問題であった。

「ここから町って近いのかな?」

「町へ行きたいのですか?」

「うん、そこそこ買い物ができるところ。ほら、タオルや石鹸の予備もないみたいだし、着替えとか枚数が足りないんだよね」

 エレクトラは、ふーんとばかりにミントの方を見た。

「いや、それもあるんだけどさ、お金は半分ずつ使うってことならいいだろ? もちろんミントの分は俺が払うから」

「いえ、別に生活に必要なものでしたらそこまで細かく考えなくてもよいのでは。それに私も預かっただけですし。ただ、」

「ただ?」

「お金の召喚は無理ですよ。あと、人を町から呼んだりするのも危険です」

 真人は、最初にスライムを召喚したときにグチョっとなったことを思い出す。

 ああ、それはリスキーだよな。

「じゃあさ、召喚じゃなくて俺が造形で作るっていうのは?」

「できるとは思いますが、材料が必要ですよね。金や銀をそう簡単に召喚できるとは思えませんが」

 確かに、それができれば召喚術士はお金持ちになってしまう。

「そっか、だから鉄の召喚も厳しそうにしてたんだね」

「ええ、あくまで呼び寄せるだけですので実物があって、知っている場所からじゃないと難しいみたいです」

 エレクトラはそのあと、金貨、銀貨、銅貨、補助貨幣などがあると説明する。真人はそこから、異世界でも価値感は変わらないのだと理解した。


「ごちそうさま」

 会話に入れなかったミントが先に食べ終わってしまう。

「水汲んでくる」

 そして、桶を持つと庭に出て行ってしまった。

「あら、ミント。世話になってる意識があるのかしらね」

「そうだね。ご飯を作ってもらって感謝してるんだよ」

 続けて真人は、ミントがいないうちにと思う。

「それで町が行けそうな範囲にあるのはわかったんだけどさ、先にお金の実物を見れればと思うんだけど」

「でしたら、金貨以外なら私物を持っていますので」

 エレクトラはそう言って、自分の部屋から何枚かの貨幣を持ってくる。

「あとこれが、女神様から預かった金貨です」

 真人は、金貨が思った以上に小さく薄いと思う。

 希少性を考えたらこんなもんかも知れないけど、これだと造形で何とかできそうなレベルじゃないな。

「試させてよ」

「いいですよ。私は片づけをしていますんで好きにしてください」

 難しそうでも一度やってみようと考えた真人は、銀貨や補助貨幣を借りることにした。


 食事が終わると、洗い物をしているエレクトラの横で真人は造形を試す。

 握って、変換をイメージ……。


「どうですか?」

「どうだった?」

 洗い物済ませたエレクトラが真人に聞くと、水汲みで経緯を知らないミントまでまねをして聞いた。

「ううう……ごめん。金貨、減っちゃった」

 真人は泣きそうになりながら、結果と推測を説明した。

「金貨には銀が含まれているので銀貨にはなる。だけど、同じように銅が混ざっている補助貨幣からは銅の量が少ないので銅貨は作れない。つまり、価値の高い貨幣から低い貨幣しか作れない」

「まあ、そうでしたか。でも、世の中そんなもんですよね」

 エレクトラは、金貨が減ったことを責めず諦め半分で納得する。

 そしてミントも、エレクトラが納得しているのでそんなもんだろうと思っている様子であった。

「それで、こんな結果を見せておいてなんだけど、鉄の召喚を試してもらってもいいかな?」

 エレクトラはハイハイと頷くと、ドアへと向かった。


 外へ出るとエレクトラは、スライムの時のように両手を前に構え召喚を始める。

 地面に光る二重の輪の様子も同じで、真人からは違いがあるのかわからない。


 フワーン


 何か出てくるが、あまりに小物ぶりなそれを見て真人は判断に困る。

 うまくいったのかな……。

 そして近寄り、それを拾い上げた。

「金具のようだね。錆を止めるために黒く塗ってるのかな」

 真人は金具をくるくる回して更に見るのだが、どこか見覚えのある形であった。

「大きさから見て、玄関ドアの取っ手かなこれ」

「そのようですね」

 考える間も見せずエレクトラは答える。

 真人も、間違いないだろうとわかってはいた。そしてそれが何かよりも、取っ手がなくなった家の住人が可哀そうだなと思っていた。


 これじゃあ、回数重ねても無理だよな……。

「真人さん、あの、水汲みのためにポンプを作られるというお話ですが、ポンプでしたらどこかに売っているかも知れません」

「ほんと!?」

 真人は、早く言ってよ~と思うが続きがある。

「ですが、ポンプを使っているのはお金持ちの家ばかりなんです。そもそも敷地内に井戸を持っている方なんてそうそういませんし」

「なるほど、仮に売っていても相当高いってことだね」

 召喚での材料集めが無理なだけでなく、売っていても高いと聞き他の手を考えなければならない状況であった。

 しかし真人は、別のところを深く考えていた。

 召喚されたものが“取っ手”だったことである。

 どこにあるのか、どのようなものか。

 想像のし易さがあるというより、リアルそのものであったからだ。

 スライムは雑誌を見せたとはいえ、ここが異世界ならどこかにいてもおかしくない。

 なら、ミントは?

 雑誌を見て、鬼をイメージしたのか? ゴーレムをイメージしたのか?

 しかし結果は、女の子であった。

 ひょっとして、ミントって本物の人なんじゃないだろうか?

「そうだ、天気もいいし洗濯でもしようか」

「そうですね。私も着替え、そんなに持っていませんし」

 暖かい日差しに、真人は洗濯をしようと誘うことで鉄の召喚を中止することにした。

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