*31話 寵愛*

「失礼いたします」

「おお、エレクトラ。そろそろ考えてくれたか?」

「ウイリアム様。その、勇者様にも伝えてはいるのですが、戦力が減ることを悩んでいるようなのです」

「なんと。そうか、わかったぞ」

「何がでございますか?」

「エレクトラは鈍いのう。勇者のやつもお前が可愛いから離れたくないのじゃ」

「まあ、ウイリアム様ったら」

「なあ。だから気にするな」

「はい、ウイリアム様。ですが、もう一つ気になることが」

「うむ、今度はなんじゃ?」

「わたくしを軟禁したニコラスさんのことです。このまま王様のお傍に置いていただいても、きっと嫌われたままで祝福してくださらないと思うのです」

「ふむ」

「それでなのですが、誤解を解く機会をくださらないでしょうか? わたくしのウイリアム様への気持ちを知れば納得していただけるはずです」


 騎士団長ニコラスとの面会を許されたエレクトラは団長室にいた。

「お久しぶりです、ニコラスさん」

「何だ、王様の命令だから話は聞くが」

「王様はわたくしを信じてくださいました。どうかニコラスさんもわたくしを信じてください」

「ただ信じろと言われてもな」

「ですが事の始まりは、マイケルさんからわたくしのことを聞いたからと仰いましたよね?」

「ああ」

「もともと騎士の方々を紹介してくださったのはマイケルさんですよ。紹介しておいて話していたから怪しいとは意味がわかりません」

「しかし、マイケルがそのような嘘をつく必要はないだろう」

「ありますとも!」

「ほう。それは?」

「ですから、その、特別な関係を求められたのです」

「まあ、男ならそういうこともあるだろうな」

「ひ、ひどいですわ。ニコラスさんは、そのようにお考えなのですか?」

「そうじゃない。求めるだけなら、まあ、あるだろうと」

「そんな! わたくしが、城から出られないだとか、俺は貴族だなどと言われ、どれだけ困ったと思っているのですか」

 困るニコラスにエレクトラは少し怒って見せ、そして口を一文字にすると視線を横にした。

「わかった。まだあの件は調査中だ。結論はもう少し待て」

 ニコラスはそう言うと、エレクトラを部屋から追い払った。


 エレクトラは軟禁されている部屋に戻ると、手紙をしたため知佳に渡した。

「いよいよね」

「はい。知佳さん頼みますね」

「エレクトラさんも気を付けてね」

 その夜。


 ドッカン!


 大きな爆発音に城内は混乱し、カチャカチャと兵士たちの鎧が擦れる音が聞こえる。


 バッタン!


「動くな!」

 ドアを蹴破り女性部屋に入ってきた兵士たちは、エレクトラを囲み槍を突き付ける。

「こっちへ来い!」

 エレクトラは、そのまま地下にある牢へ連れて行かれ閉じ込められるのであった。


 夜が明けると、エレクトラは二人の兵士に見張られながら団長部屋まで連れて行かれる。

「勇者翔と連れの魔法使い知佳が逃げたそうだ」

 ニコラスは立ったまま、エレクトラを直視し話し始めた。

「知佳が勇者の部屋を訪ねていた時、どちらかはわからんが壁を爆破し開けた穴から逃げたらしい」

「そうですか」

 エレクトラは、表情も崩さず淡々と答えた。

「置いて行かれて可哀そうだなお前は」

「いえ、違います。わたくしが断ったのです」

「ほう」

「前から、俺の力なら逃げられると勇者様は言っておりました。しかしわたくしが、国を敵にしてどこへ行くのかと止めていたのです」

「では、逃げられなかったのではなく逃げなかったと?」

「その通りです。わたくしは、王様とお話をさせていただいているので、もうちょっと待って欲しい。きっと、城から出られるからと伝えていたのですが、その、王様と会っていると話したら『もういい』と言われたのです」

「なるほど、見切りをつけられて置いて行かれたと申すのだな」

「恐らくそう思います。わたくしは、信じてくださった王様だけではなく、ここまで旅を一緒にしてくれた勇者様にも応えたかったのです。あいだを取り持つことができればみんなに祝ってもらえると思ったのに、こんなことになるなんて……」

「そうか、軟禁を解いてやることはできんが部屋には戻ってよい」

 ニコラスは、逃げなかったエレクトラの処分について悩むのであった。


 勇者の爆破騒動から一か月、カルデ城は平穏を取り戻していた。

「エレクトラさんは料理が上手ですね」

 料理を振舞われた騎士たちは上機嫌だ。

 あれからエレクトラは、城内に限り自由に動くことを許されていた。もちろん、王の寵愛を受けていたからではあるが、他に内通する者もいないのに部屋に閉じ込めていてもしょうがないだろうという建前のもとにであった。

「そんなことないですよ。お城にある材料はどれも質がよいですからきっとそのせいね」

 エレクトラはまだ正式な妾にはなっていなかったが、ドレスも宛がわれ髪を手入れする女中も部屋に出入りするなどしていた。

 そんな美しさに磨きをかけたエレクトラが賄いどころを回るのだから、騎士たちの顔もほころぶのである。


 ガチャン!


 慌てて入ってきた使いが食器を割ってしまう。

「おいおい。何やってるんだよ」

 騎士の一人が怒って見せるが、使者はそれどころではないと慌てたままだ。

「勇者が攻めてきました!」

「ああ?」

 騎士たちが顔を見合わせる。

「丘の上にあの勇者と魔法使いが兵を連れて陣を築いています!」

 使者の話が終わる頃、ニコラスも賄いどころに顔を出す。

「お前たち、戦の準備だ。町に入られる前に倒すぞ」

「「「「「おお!」」」」」

 騎士たちは、準備のために賄いどころを出て行ってしまった。

 部屋に戻ったエレクトラは、すぐに王に呼ばれる。

「お呼びでしょうか?」

「エレクトラ、勇者のやつ、お前を取り戻しにきたぞ」

「もう、ウイリアム様。兵士たちが戦の準備をしているのに、ご冗談を仰ってる場合ではありません」

「おうおう、済まない。だが心配はいらんぞ。ここにいれば安心だからな」

「はい、ウイリアム様」


 トントン!


「失礼します」

 戦が始まろうとしているにも関わらず、王は部屋でエレクトラと話をしていた。

「なんじゃ!」

 そんな王に宰相が、戦況を伝えに来たのである。

「丘の上に勇者の兵が結集しつつあります。町に被害を出さないため、こちらは騎士を先頭に総攻撃を開始する予定です」

「うむ、細かいことは任せる」

「ハハッ。それで是非、開戦前にひとことお言葉を頂きたく」

「ああ、わかった。そうじゃな。エレクトラ、戻ってて良いぞ」

「はい。わたくしも、みなさんのお力になれるようお手伝いをしてきますわ」

 エレクトラは、微笑むウイリアムに小さく手を振り部屋をあとにした。

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