第28話 サンクアール
サンクアールは以前、壁にもっとたくさんの入口があった。しかし現在南側に一か所を残し、あとは完全に封鎖されてしまっている。その入口も教会から派遣された兵がいて、許可された者以外の出入りを制限しているのであった。
「一体どうやって中に入るつもりですか」
春樹は何も聞かされていないのでシャーリー尋ねる。
「今は、アイさんが門兵を感染させてしまってるらしいわ。どうやら今日という日を選んだのは他の日は神様の感染者が門兵だったっていうのもあるみたいよ」
そしてそのままワゴン車はゲートの前へと進んだのだった。
「……話は聞いています。どうぞおはいりください」
小屋の中にいた兵はシャーリーたちの車を通した。兵がスイッチを押すと、ブザーが鳴り、黄色いランプが点灯し厚い鋼鉄の門が左右に開かれた。
そして一行はサンクアール内部へと侵入したのだった。
「久しぶりだな」
「あぁ……またこの中に入る日が来るとは思ってなかったぜ」
春樹の言葉にクレイが答える。
中の様子を言い表すならば、そこは戦争の跡地と言った感じであった。以前のロベルの兵とメイギス教徒との戦いを物語る傷跡があちこちに見受けられた。
銃撃や爆撃によっていたるところがボロボロになった建物が立ち並んでいる。そして案外六年という時間は風化を感じさせるには十分な時間のようだった。沿道の至る場所には植物が生え、遠方には野犬が駆ける姿が見えた。ここはもう人の支配する場所ではなくなっているのだ。
そこから更にワゴン車はサンクアールの中央辺りを目指し走っていった。
次第に皆の間に広がる緊張感。この道の先に一体何があるというのだろう。
「先生……一体どこまで行くんですか」
「あれ……遠くに見えるわ」
不安顔のリンファの質問にシャーリーが答える。
シャーリーの言葉に皆は体を乗り出して前方を見る。するとジェットコースターのレールがそびえ立っていた。
「エターナルランド……ですか」
「えぇ。あの中に来いと言われたの」
そこはかつて世界で平和の象徴といわれていた遊園地、エターナルランドであった。春樹も昔は家族と共に遊びに行った記憶がある。
門の前にたどり着くと一向は車を降りた。その時、近くに大型のバスが数台停まっているのが目に入った。それは六年間も放置されていたというよりも、真新しいもののように見える。そして、一台の真っ黒な大型バイクの姿もあった。
春樹達はそれに注目しながらも正面の門から内部へと入って行く。
かつての平和の象徴の場所も、今となっては完全な廃墟。春樹が跨いだものはよくみるとメリーゴーラウンドの馬の頭の一部だった。六年前、この中でも戦闘が行われたのだ。
「あのジェットコースターの場所まで来るように言われてるの」
シャーリーの言う通りに少し足を進めていくと、先頭を歩く春樹は足を止めた。
それに合わせて皆も足を止める。クレイが「どうかしたか?」と春樹に尋ねた。
「……誰かいるな。それも一人じゃない。沢山いる」
「……あのバスに乗ってきてた奴らか」
園内には多くの人間が間隔を開けて立ち、春樹達の方向を見ていた。
「あぁ。あれは全員アイの感染者か……」
すると、クレイが身構えてファイティングポーズを取った。
「わ、分かったぞ。やつら全員で俺達をぶちのめそうとしているんだな!?」
「いや、そういうわけじゃないはずだ。そんなことは無理だからな」
「……なんでだ?」
春樹はクレイに体を向けて答えた。
「アイが憑依できるのは同時に一人だけ。あの人たちは感染はしてるけど、きっと脅されてここにいるだけなんだ。あの人たちが一斉に攻撃を仕掛けてくるなんてことはないはずだ」
ロベルと違って、アイには人望がない。彼らは兵として、命をなげうってまでは働いてくれないはずだ。
すると「じゃあ、一体何のためにここにいるの?」とリンファが尋ねてきた。
「おそらくロベルの感染者が外から入ってこないか監視するためだろう」
皆がなるほどと納得する。これでロベルは少なくともエターナルランド内に味方を入れる事は出来ない。アイは追い詰められながらも案外考えて準備を進めてきたようだった。
しかし春樹は思う。一体三人をこうしてこの遊園地に隔離してアイは一体何がしたいのか。
進んでいくとアイの感染者たちが春樹達を見てきた。だが近づいてくる事も話しかけてくる事もなかった。おそらく完全に目として機能するようにそういう命令を受けているのだろう。
そして、ジェットコースターの付近までたどり着いた時だった。
「おい……あれはサニャじゃないか」
クレイの指す先を春樹は見た。するとコースターの柵の傍にサニャの姿があった。
「サニャ!」
サニャの元に一同は駆け寄った。
「あれ……みんな。ここは一体? なんで私いきなりこんなところに」
サニャは状況を理解していない。どうやら今しがたまでアイに憑依されていたようだった。
その時春樹は気付いた。
「なんだその服は……」
サニャはずっしりと重そうな、鉄で出来たチョッキのようなものを着ていた。
「え……? なんだろ……分かんないけど」
するとその時、春樹の携帯に電話が掛かってきたのだった。指示されスピーカーホンにする。
『よく来たわねみんな、かつての平和の象徴、エターナルランドへ』
それは小春の声であった。壁の外から掛けてきているらしい。
『そのサニャが着てる服には爆弾が組み込まれているわよ。サニャが粉々になるくらいの威力はある。そして基本的には、そちらで解除できないと思っていいわ。たとえ神の知識があったところで道具がなければ解体は不可能よ』
「そんな……爆弾なんて」
リンファとサニャは不安そうな目で見つめ合っていた。
「この悪魔め! なんでもいいからさっさとサニャを解放しやがれ!」
クレイは拳を握りしめて春樹の持つ携帯に向けて叫んだ。
『悪魔悪魔って……以前から思ってたけど、あんた達は何を言ってるのかしら。私はロベルとまったく同じ能力をもったただの人間よ。ロベルが貼ったレッテルにうまく乗せられちゃって、かわいそうな奴らね』
「な、なんだと!」
『それに、この街の現状は一体誰のせい? ロベルの方がよっぽど悪魔っぽい事してるように思えるけど。あんた達はこの壁の中出身なら神がやった事、知ってるんでしょ』
「黙れ! こんな事になっちまったのは神のせいじゃねぇ! ギノがウイルスを世界に拡散させようとしたせいだろうが!」
『ふん……問答はこのくらいにしておきましょうか。あんた達といくら話したところ無意味。堂々巡りだわ。ここにあんた達を呼んだのは他でもない。あんた達とゲームをするためよ』
その言葉を聞き、クレイ達は眉をひそめた。
「ゲーム……だと?」
『そう。目の前にあるコースター。その上を見なさい』
言われた通りに見上げる。すると建物の上にピエロの恰好をした男がいるようだった。
「あれは……誰だ?」
『紹介するわ。その男は、とあるサーカス団に属する男よ』
「サーカス……団?」
『さてゲームのルールは簡単。あのピエロをあんた達が捕まえられればサニャの爆弾は解除される。簡単に言えば鬼ごっこね。ちなみにこのゲームに参加できるのはロベル候補者だけ』
「……一体何でそんな事をするんだ」
『なぜって? ふふ……それはね、私はこういう人を手のひらの上で踊らせる事が大好きだからよ。特に自分の事を神様だとか思っているようなあんたみたいな奴を躍らせるのはとっても気持ちがいいことだわ』
何だか恍惚そうな声を上げるアイ。自身の身に危険が迫っている状況なのに、このようなゲームを提案するなんて。やはりなかなかにイカれた女である。
『ちなみにそのピエロには、あんた達に捕まれば人生を無茶苦茶にしてやると言ってあるわ。そいつの性格から考えても説得は無駄よ』
「人生が無茶苦茶に……ね。あの男には申し訳ないけど、世界が無茶苦茶になってサニャが死ぬよりはマシかな」
すると、ポールがそんな事を言い出した。皆が少し考えたあと、それに賛同する。
『さて、今遠隔操作で爆弾を作動させたわ。時間制限以内に解除しないとサニャは死ぬわよ』
すると、サニャの体にとりつけた服の胸の部分に数値が表示された。カウントダウンが進んでいく。
『具体的な解除の方法は、その男の背中の解除スイッチを押す事。簡単でしょ? まぁでも、ルールは簡単だけれど、あのピエロは普段からこういう場所を移動する事に特化している訓練を受けている。三人で向かっていっても、そいつを捕まえる事は不可能に近いでしょうね』
「な、なんだよそれ……最初から俺達の負け確定だっていうのかよ」
「いや、なるほどな……アイが結局何をしたいのか分かったよ」
「どういう事?」
春樹の発言にリンファが尋ねる。春樹はリンファに向けて解説を始めた。
「つまり、このゲームに勝つにはお前達の中の誰かが神に憑依されるしかないって事だ」
リンファは春樹の言いたい事が分からないようで首を傾げる。
「……そうなれば、神の候補者が一人減ってしまうわね。でも二人残る。ならまぁ現状とあんまり変わらない気もするけど。それが悪魔の目的ってこと?」
「……いや、今この場には神の感染者は一人もいないし、やっても来れない。つまり神は神自身が直接他の感染してない二人に感染させるしかない」
「それって……つまり、感染をさせた者が神の本体……」
「……そうだ。そして周囲にはアイの目が数多く存在している。見逃す可能性は低いだろう」
つまり周囲の感染者は、ロベル感染者の侵入の監視だけでなく、三人の中で行われる感染の監視も兼ねているということのようだ。
『そういうこと。サニャを助けたいならロベルは自身の正体をさらけ出すしかないのよ!』
「なんだよそれ……結局ゲームなんて名ばかりじゃねーかよ!」
クレイの呟きにアイが『ふふん』と得意げに笑う。
『そうね。前も言った通り最初からロベルの正体を晒せと言ってもあんたらは話には乗ってこなかったでしょう。でも、サニャの体が目の前で無残に爆発四散される運命が迫る今、それでもロベル、そしてあんた達は黙ってそのままでいられるのかしら?』
「くっ……やはり悪魔じゃないの!」
リンファが叫ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます