第18話 修学旅行の終了
春樹達はトキンにある空港に降り立ち手荷物受取場を出た後、とんでもない事件が起こった事を知らされることになった。なんとA班の飛行機の操縦士が暴走し、近くの飛行場へ緊急着陸したらしい。
本来はここからすぐバスでの移動予定となっていたが、とりあえず事実確認のため、B班は空港に留まる事となった。
皆、知り合いがいる生徒達は携帯でA班の連中と連絡を取り合っていた。
テレビの機能が備わった携帯を持つ生徒には皆が集まっていた。
ポールの携帯にはその機能があり、春樹は隣に立ってそれを見せてもらった。
『証言によると、機長であるミワン・モサルト容疑者は突如副機長を機内に持ち込んだ改造スタンガンで襲い、機体を急下降させたということです。警察での取り調べにミワン容疑者は「朝からの記憶がない、スタンガンなど持ち込んだ記憶もない」と答えている模様です』
すると映像が切り替わった。A班の生徒が事件当時の様子を携帯か何かで撮影していたらしく、機体が激しく揺れパニックに陥る生徒達の姿が映し出されていた。
「うわあ……やべぇなこりゃ」
春樹の反対側に立ち呟くクレイ。春樹もその様子を見て息を呑む。
なんとかロベルが飛行機に乗っていたA班の女子生徒に憑依にして全員生還出来たらしいが、きっと彼等の精神的ショックは大きなものだっただろう。
「A班はマジカンナに帰るらしいぜ。俺達はどうなるんだ?」
そんな声が周囲から聞こえてくる。
A班の皆が助かって良かったとは思う一方、果たして修学旅行は続行されるのだろうか。皆、それが一つの懸念になっているようだった。
そんな中、春樹は、周りの者達とはまったく別の懸念を抱いていた。
機長本人には意識がなかったらしいのに、何故だか計画的に行われた犯行。
嫌な予感がする。まさか……いやしかしそんなことが……。
その時、春樹の携帯が振動し春樹はその画面を見た。するとシャーリーからの電話だったようだ。春樹はポールとクレイの元を離れて電話に出る。
『春樹君これって……。ちょっと話がしたいんだけど』
後方を振り向くと、そこにはシャーリーの姿があった。春樹にアイコンタクトを送っている。
二人はバラバラにその場を離れて、空港の屋上で落ち合った。まぁこんな状況で他の生徒達がここまでやってくるという事はないだろう。
「春樹君……この事件、どう思う?」
シャーリーは屋上の端までたどり着くと、踵を返して話を振ってきた。
「たぶん、アイがやったんだと思います。操縦士は計画的な犯行にも関わらずそれをやった記憶がないらしいですから。宗教とかお金とか、それっぽい別の動機もなかったみたいですし」
「や、やっぱりそうだよねぇ。でも……アイさんしばらくは事件なんて起こさないって言ってたけど」
春樹は自分の甘さを猛省した。自身の目頭を指先で押さえる。
「……あいつの言葉なんて、信じるべきではなかったのかもしれませんね。アイは僕達の敵なんですから。本当の事を話すなんて思う方が間抜けだったのかもしれません」
「敵って、そんな……」
シャーリーは春樹の言葉に戸惑いを感じているようだった。
「先生、前も言いましたけどあいつは小春を人質にとって神に自分を感染させようとしてるような奴なんですよ。どこに信じる道理があるっていうんですか」
「それは……そうなんだけど……」
シャーリーは建物の端まで歩き、金網に手をついて思いっきり頭を俯かせてため息をついた。
「でも、それにしたってこれって一体どういう状況なの。アイさんは私達に頼らないと事件を起こせないんじゃなかったの? 憑依の時のオーラを神様に見られたらマズかったんでしょ」
「まぁ……それに関しては見られる直前に憑依をやめてしまえばいい話ですけど。でも、感染させた人の顔を見られる事もあいつは避けていましたね。顔に紋章が出るらしいですから」
「そうよね……今回の事件、神様が解決したってニュースで言ってるし、アイさんは神様に自分の感染者、つまりあの機長の顔を見られてしまったんじゃ……」
「まぁ……そういう事になるでしょうね。アイの存在は、きっと神にバレてしまった」
「いきなりどうして……あんなに小春さんの姿を人前に晒さないようにしてたのに」
「……それは、もしかしたら、今回の事件で神を特定出来る算段だったからかもしれません」
「え……」
シャーリーは春樹の言葉に言葉を失う。
「そもそも、あいつが小春の顔を人前に出さなかったのは、自身の存在が知られてしまえば、神に警戒されてしまいその後の特定活動に支障をきたすからでした。今回の事件で神が誰なのか分かってしまえば、もう特定活動なんてする必要がなくなる。別にアイは自身の存在が神にバレたとしても問題ないはずです」
「つ、つまり……アイさんは既に神様の正体を知ってしまったってこと?」
「そうですね……そうかもしれません」
だとしたら当然、かなりマズい事態という事になる。春樹の額から汗がにじみ出てくる。
「でも……そうだとしてアイさんは一体なんで今回の事件だけで神様を特定出来ちゃったの」
「それは……」
春樹は自身のアゴに手を当てて一考した。
「もしかしたら、アイは僕達に偽りの情報を与えていたのかもしれません」
シャーリーは金網から離れ、春樹に体を向けてきた。
「偽り……?」
「あいつは自分の能力について色々と話していましたが、それは感染主自身にしか分からないものが多くありました。何か能力に嘘を混ぜていても僕達には確かめようがありません」
「それって一体どんな……」
「……それは今のところ分かりません。でも、どういう方法かは謎ですが、もしかしたらアイは何かしらの方法で、僕達二年生の中に神がいる事が分かっていたのかもしれません」
「二年生に? なぜそう思うの?」
「それが分かってさえいれば、今回の事件で確実に神を特定出来たからです」
「え、えっと……その特定って一体どうやって?」
春樹は自分の中にある考えを整理し、解説をする事にした。
「まず、考えてみたんですが、A班が乗る飛行機には三人の神の候補者が乗っていました」
「へぇ……よくそんなの覚えてるわね」
「えぇ、まぁ同じ寮生で同じ学年の奴のことですからね。ちなみにアイが顔に紋章を確認した一人はその候補から外しています。それで三人です」
「そうなんだ……感染者は神様じゃないものね」
「はい。そして仮にまずその三人の中に神がいた場合、A班の乗る飛行機で事件を起こし、神のオーラを目撃すれば、誰が神の本体か分かってしまうと思います。前回の事件と同じ要領でオーラの測定距離と、客席の名簿を照らし合わせればいいんです。名簿ならば、機長に憑依すればどうにかして手に入れられるでしょうし、近距離なのでその精度も高いでしょうからね」
それに、あのような事件が起こっている状況になれば乗客はみな、自分の席から離れる事は出来ないだろう。指定された席に皆がいたと思って間違いない。
「そっか……。でも、その三人の中にいない場合も考えられるわけだよね」
「えぇ。しかし残りのB班、つまりこの飛行場にいるメンバーの中にはたった一人……サニャしか神の候補者はいませんでした」
他のメンバー、ポール、クレイ、リンファは感染者なので候補から外してある。これもアイが確認した事だ。
「A班の乗る飛行機に神がいなかった場合、その時点で神はサニャに確定してしまう訳です」
測定距離の精度は遠ければ落ちてしまうが、一人しかいないならばそんなもの関係ない。
「はぁ、なるほど……」
シャーリーは今春樹から言われた事を頭の中で整理しているようだった。
「でも、本当に絶対そうだと言えるのかな……もしかしたら、まだ分かってない可能性もあるんじゃ……」
「まぁ、確かに……。何を隠していたのか。本当に二年生に神がいると分かっていたのか、全部推測ですからね」
もしかしたらアイは二年生にいるという確信もないのに、賭けでやったということもあるかもしれない。そして結局それが外れてアイは現在パニック状態、なんて事もあるかもしれない。
しばしの沈黙が訪れる。春樹にはロベル以外にも、もう一つ不安材料があった。それは小春の事だ。アイが他の者に感染者を広げた今、小春はどういう状態にあるのだろう。
「これ以上の事はここで考えていても仕方ないですね。判断材料が少なすぎます。こうなったら直接本人に聞いてみましょう。先生の自宅に電話してみます。小春の事も気になりますし」
「そ、そうね」
春樹はポケットから携帯を取り出しシャーリーの自宅の固定電話に電話を掛けた。アイは基本的に電話に出ないが、シャーリーと春樹の電話番号ならば出るように言ってある。
しかし、何コールしても繋がることはなかった。
「くそ……出ないな。一体どうなってるんだ」
アイは他の者に憑依していて、今小春は小春なのだろうか? だから電話に出ないのか?
いやしかし、小春にも春樹の電話番号から掛かってきたら電話を取るようには言ってあるのは同じだった。だとしたら一体なぜ小春は電話に出ないのか。
春樹はこの状況に不安と苛立ちを覚えていた。何もせずにはいられない。
「先生、自宅の鍵貸してください」
春樹は電話を切ると、シャーリーに向けて言った。
「えっ……鍵?」
「ちょっと僕はこれからマジカンナに帰ることにします」
「えぇっ……で、でも、さっき来たばっかりだっていうのに……修学旅行はどうするの?」
「そんな事より小春の状態が心配です!」
春樹はシャーリーから鍵を受け取ると、すぐに下階の出発エリアに向かい航空券を購入した。そしてその四十分後には飛行機に乗りマジカンナまでトンボ帰りしてしまったのだった。
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