第19話 完全敗北
飛行機から降り、再びシャーリーの家に電話を掛けようかと携帯の電源を入れると、留守電が入っているようだった。すぐにそれを聞いてみる。
『こちらサンジナ警察署のマッカーと申します。春樹櫻井君の携帯でよろしいでしょうか。今、妹さんの小春さんを保護しましたのでこちらの番号まで折り返しご連絡をお願いします』
「小春を保護……?」
それを聞き、すぐに春樹は電話を掛け直した。するとどうやら小春は警察に保護されたあと検査入院をすることになり、現在大学病院にいるとの事だった。春樹は空港からタクシーに乗り、その病院まで駆けつけた。
病院に入り、電話で聞いた個室の前に行くとその部屋の前にはスーツ姿の男が立っていた。
「あぁ、もしかして春樹櫻井君ですか」
「はい、そうですけど」
「私はサンジナ警察署のマッカーです。」
そう言ってマッカーは警察手帳を春樹に提示してきた。
「あぁ、お電話をくれた方でしたか。この度は小春がお世話になってしまったようで……」
「いえいえ、妹さんが帰ってきて本当に良かったですね」
「はい」
「少し彼女からはお話は聞きましたが、どうも記憶が混乱されているようで……今はあまり無理にこれまでの事を聞き出さないほうがいいかもしれないですね」
「そう……ですか」
とは言っても、春樹は既に今までの事情を知っているのだが。
「私はとりあえず警備のために数日はここにいるつもりです。小春さんは中にいるので、どうぞお入りになってください」
そう言われ部屋の中に入ると、十畳ほどの個室の中に小春が一人、ベッドに横になっていた。
「あ、お兄ちゃん!」
春樹の姿に小春が顔を向けた。
「小春……良かった。無事だったか」
春樹は小春の手をとって掴んだ。
「うん……特になんともないよ。でも一応検査したほうがいいって言われて……」
「そうか……だけど、いいのか、人前に出てきて」
小春はアイに『外に出れば殺す』と脅されていたはずだが。
「う、うん……部屋のテーブルの上に、もう外に出て行っていいってメッセージが残されてたから。まぁ、これまで何してたかは誰にも喋るなとも書かれてたけど」
「そうか……」
「ねぇお兄ちゃん、これってどういうことなの? あれだけ外に出るなって言われてたのに」
小春自身、一体何が起こっているのか分かっていないようだった。
「実はとある事件が起こってな。その時、神の前にアイは自身の感染者の顔を晒してしまったみたいなんだ。もうアイの存在は神に知られてしまった。だからお前の存在を隠しておく理由もなくなったんだろう」
このタイミングで小春が開放されるという事は、あの事件はアイが起こしたという事も、存在がバレたという事も確定的だと言っていいだろう。
「つまり、アイが単独でそんな事件を起こしたって事なの?」
「あぁ……俺もいきなりで驚いたよ」
「そ、そうなんだ……それって、神様とアイは今どうなってるの?」
「……それについてはまだよく分からない。まぁ、今はとりあえずお前が戻ってきただけでも良かったよ」
「そうだね……それにしても……」
その時、急に小春は頭をガクンと垂れてしまった。
「こんなに早く駆けつけてくるなんて、やっぱりお兄ちゃんは妹想いなのね」
そして顔を上げた小春は頭を傾げて満面の笑みを春樹に向けてきた。どうやら、それはもう小春ではなくなくなってしまっているらしかった。
「アイか……」
アイは「はぁ……」と急にどうでもよくなった様子で、頭の後ろで手を組んでベッドに横たわってしまった。
「お前……もしかして神の特定は終わったって事なのか」
「ん……? えぇ、その通りよ。どうしてそんな事が分かったの」
やはりそうなのか。春樹にはその予想はついていたが、改めて言われて衝撃を受ける。
「……お前の存在が神にバレてしまったら、お前は警戒されてしまい特定活動は難しくなる。こんな事件を起こせたのは、この一回でお前が確実に神を特定出来ると踏んだからだ」
「そうね……その通りだわ」
アイは自身の爪を眺めながらいった。
「……一体どうやった。お前、俺達に何を隠している」
「隠してる?」
アイは視線を春樹へと向ける。
「恍けるな。二年生の中に神がいるという事が分からないと、お前は今回の事件を起こさなかったはずだ。どうしてそんな事が分かった。俺達が知る情報では、この時点で二年生にターゲットを絞る事は出来なかったはずだ。何かお前は俺達の知らない能力でも隠し持ってるんじゃないのか」
「あらあら、やっぱりあんたは恐ろしいほど察しがいいのね。そうね……まぁいいでしょう。教えてあげるわ」
アイは上体を起こして、ベッドから足を降ろしてそれを組んだ。
「憑依のオーラを見た時、本体までの距離しか分からないと言っていたけど、実は方向も分かるのよ。ただし、地表に対して垂直方向だけだけど」
確か、春樹は以前、方向までは分からないのかと尋ねた事があった。しかしアイはそんなものは分からないと言っていた。そこがアイのついた嘘だったという事か。
そういえば……。春樹はその時のアイの反応に軽い違和感を覚えていた事を思い出す。そこをもっと疑いを持っていれば……。しかし、そんな事をいくら後悔しても後の祭りである。
「簡単に言えば、オーラは憑依された人の体から円盤状に見えるものなの。それで、ロベルがその時、どのあたりの高さにいるかが分かったわ」
寮は階層ごとに学年が別れている。今は一階が二年生、二階が三年生、三階が一年生だ。
「……それで二年生にいると断定していた訳か」
アイは元々もう春樹達と事件なんか起こすつもりもなく、前々からこういう機会を伺っていたという事なのか。あの三人で遊びに行ったりした日々も、全部春樹達の視線を反らさせるためであり、全部嘘だったというのか。
「お前は……俺達を騙したんだな」
春樹は眉をひそめ、拳をにぎりしめ、責めるような目をアイに向ける。
「はは、そうだけど。だから何だっていうの? 私達は最初から敵同士だったでしょ? これは私とあんた達の騙し合いの戦いでもあったのよ。そして私はそれに勝った。それだけの事」
そう言われて春樹は黙り込む。確かにそうだ。春樹だってアイを睡眠薬で眠らせ、罠にはめようとしていた。アイの事を言えたものではないかもしれない。そして、アイにその上をいかれた形だ。騙すつもりが騙されていた。これは春樹の完全敗北と言っていいだろう。
「くッ……」
春樹はいやらしい目つきを向けてくるアイを無視するようにして傍にあった丸椅子に座った。
ここで感情的になっても仕方がない。ふぅと息を吐き、心を落ち着かせる。もうこうなってしまったからには、今の状況を整理しその先の事を考えるべきだ。
アイ曰く、アイはロベルの本体が誰かという事を知ってしまったらしい。それに比べてロベルはアイという別の感染主が存在しているという事くらいしか分かっていないだろう。
これはロベルが圧倒的に不利な状況である。もう勝負はついてしまったと言ってもいいのではないか。
これからどうなる。やはりロベルはアイに感染されてその力を封じられてしまうのか。そうなればこの世界は混沌へ陥ってしまう。
「ところで、神の正体、知りたい?」
「えっ……」
そのアイの言葉に春樹はハッとして顔を上げた。
「そんな事、教えてくれるのか」
「えぇ、私からの大サービスよ」
それは敵に塩を送るという事になってはしまわないのか。しかしもうアイは勝利を確信しているからこそ余裕ぶっているのかもしれない。
しかし、教えてくれるというのに、それを知る事に躊躇している自分がいる事に春樹は気が付いた。恐れているのかもしれなかった。これまでロベルの事を本当の神だと思っていたのに、それが人間で、しかも同い年の身近な存在と分かってしまえば……春樹はその人物の事を神として見続けることが出来るだろうか。
だが、そんな事を言っている場合ではないのかもしれない。今は何よりロベルの安全を考えなくてはならない。アイからロベルを守るためには当然知っておいたほうがいいだろう。もう今更それは難しい事なのかもしれないが。
「あぁ……教えてくれ」
春樹は結構な間を開けたあと、結局アイに尋ねる事にした。
「そう。どうやら神の正体は、サニャ・マスカトーレみたいよ」
「……!」
春樹はそれを聞き、さらなる衝撃を覚える。
「ま、まさか……サニャが」
ロベルの候補の中でも、一番春樹に関わりのある人物がロベルの正体だったなんて。
サニャの姿を思い出す。そういえば以前春樹は映画に誘われて断ってしまった。その時の彼女の様子はかなり緊張した様子で、神としての威厳など微塵も感じ取る事は出来なかった。
春樹には違和感しか覚えられなかった。サニャがロベルなんて信じられない。
アイは春樹を再び騙そうとしているのか? しかし、今更何のために。
無理やりサニャがロベルだと考えてみるならば、世界中の人間の経験を読み取っているという事はその中には大女優や、スパイなんかもいる事だろう。つまりサニャは普段、無垢な少女らしき演技をしているだけ、という事なのだろうか。
「ふふ、こうなれば、あとは隙を見て奴に私を感染させるだけだわ」
春樹はその言葉に、何とか頭を切り替えてアイを睨み付けた。
「そう簡単にはいかせないぞ……」
「あら、まさか妨害するつもりなの? 分かってないようなら言っておくけど、小春は元の生活に戻れたとはいえ、この体はいつでも私が支配し、自殺させる事が出来るのよ。あんたには何も出来やしないわ。小春を犠牲にしていいなら話は別かもしれないけどね」
そう言うと、アイは声高らかに笑い出した。
「くっ……!」
アイは春樹がそんな事出来るわけないと知っているのだ。なんという奴だろう。ロベルの正体を教えたのはサービスなんかではなく、春樹に対する嫌がらせだったのかもしれない。
春樹はこのまま指をくわえてロベルがアイにやられるのを見ているしかないのだろうか。
◇
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