第6話 神は身近にいる…?
「という事はぁ」
そこで、いきなりなんだか小春の声のトーンがねっとりとしたもの変わってしまった。
「私のいう事を聞くってことでいいのかしら? お兄ちゃん」
語尾にハートマークがつきそうなくらいにワザとらしい笑顔を向けてくるアイ。
春樹は頭の上に乗せた手をどかし、少し脱力して目を瞑って答えた。
「分かったよ……。お前の言う通りにしよう」
「そう。なら、これからあんた達には私の指示に、なんでも従ってもらうわよ」
アイは春樹のアゴを指先で撫でてきた。春樹は邪魔そうにその手を払いのける。
「わ、私も……?」
アイの発言にこれまで空気と化していたシャーリーがハッとしたような声を上げる。
「当然でしょ。何のためにあんたをここまで呼んだと思ってるの? 大事な教え子がどうなってもいいのかしら?」
アイはシャーリーを冷めた目で見る。春樹も同じような目をシャーリーに向けていた。
二人の視線を受け、シャーリーは「あ、あぅ……」と諦めるように下を向いた。
春樹はシャーリーの行動が読めなかったので不安だった。小春はバドミントン部でシャーリーはその顧問。そこまで情のある繋がりかと言われたら怪しい気もするのだが小春のためにアイの言うことを聞くらしい。あの学校に入っている以上シャーリーはロベル教徒という事で間違いないはずだが。大した信心はないという事か。人の命令には逆らえない性格なのかもしれない。まぁ、変に頑固者でこれを断り、小春が殺されるような事がなくて春樹にとって都合が良かったというべきか。
春樹は話を進めるためアイに目を向けた。
「ところで、お前は神をどうやって特定するつもりなんだ。今まで誰にもそのしっぽさえ掴めていないはずだけど」
もし先ほどのアイの言葉が正しく、ロベルの分身が人を操っているならば、ロベル本体は何もせず、ただ日常生活を送っているだけでいい。それでは分身と本体との繋がりなんて端から見ても絶対に分からない。その特定なんて不可能のように思えるが。
「そうね……確かに、普通に考えれば本体の居場所なんてわからない。でも実はもうかなり特定は進んでいるわ」
「え……」
「ロベルはね、あんた達の学校の中にいるはずよ」
シャーリーが「えぇっ!?」と声を上げる。春樹は黙ってはいたが衝撃を覚えていた。
「う、嘘よね……神様がうちの学校に? ってことは学生なの?」
「えぇ、おそらく。そして更に言うなら、その学校に住んでいる。つまり寮生のはずよ」
「寮生……だと」
寮生なんて、春樹にとってあまりにも身近な存在である。本当にアイが言うようにロベルが寮生ならばその人数はその時点で百人程度に絞れてしまう。寮生はオリエ―テンションなどで、春樹には皆見知った顔ぶれだ。その中にロベルがいるというのか。
春樹は気付けば数歩後方に下がり、シャーリーの胸によってその体を止められた。
「さ、櫻井くん、大丈夫?」
眩暈がしそうな事態。春樹は「え、えぇ」と自身の頭を抑えながらもなんとか返事をする。
「しかし……ちょっと、おかしくないかそんなの」
「……? どうしてかしら」
「いくらなんでも神が若すぎる。神がこの世に現れたのは十年前だ。今十八歳だとしても、神は八歳でこの世に顕現を始めた事になってしまうぞ」
ロベルのやる事は常に鮮やかでスマートでそして思慮深いものだったはずだ。とてもじゃないがそんな子供がやってきた事だとは思い難い。
「確かにそうね。でも、感染主は憑依する事で、その感染した者の記憶や技能を読み取る事が出来る。言ってしまえば、大人一人感染させるだけで、大人になっただけの人生経験を積む事が出来るのよ。もはや本体の年齢なんて関係ないわ」
「そう……なのか」
感染によって、急激にその感染した対象の経験を吸収し成長する。だとすれば、全世界の三割にも自身を感染させているロベルの精神は今どんな状態になっているのか。人間だとしても、本当に神に近い悟りを開いているのかもしれない。
「それで……結局どうやってうちの学校の寮生だという所まで特定出来たんだ?」
そういえば結果だけを聞いて衝撃を受けていたが、その肝心の方法を聞いていなかった。
アイは「それはね……」と呟き小春の片方の目を人差し指で、触れそうな距離で差した。
「私にはロベルに憑依されてる者を見れば、その人物の周りにオーラが見える」
「オーラ……?」
「そう。そしてオーラを見ればその憑依されている者から本体までの距離が大体分かるの」
ロベルのオーラなんて春樹には初耳だった。いや、下手すればロベルとアイ以外でこの事を知ったのは春樹とシャーリーが初めてなのではないか。
「このオーラは神が憑依している時にしか見る事が出来ないもの。だから、なかなか見掛ける機会はないってことね」
憑依している時にしか見えない。つまり感染しているだけでは距離は分からないという事か。
「距離か。分かるのはそれだけか? 例えば神がいる方角までは分かったりはしないのか」
春樹はふと思った事を尋ねる。
「え? ……えぇ、まぁ」
するとアイは視線を落とし、少し間を開けて返事をした。
「分かるのは距離だけよ。遠いと精度は低くて、近いと精度は高くなるわ」
春樹はなんだかその態度に軽い違和感を覚えたが、話が先に進んでしまい、流してしまった。
「そうか……。なら、場合によっては数度神が降りてる場面を目撃すれば、神本体の場所が特定出来てしまうな」
「そうね」
「え、え……っと、ちょっと待って」
その時、シャーリーが話についていけないとばかりに二人の会話に入ってきた。
「何度かって、本当にそれだけで特定出来るものなの?」
春樹はシャーリーに分かりやすく説明する事にした。
「えぇ。こいつの話によれば、そのオーラの見えた憑依者を中心とし、オーラで分かった測定距離を半径とする円上に神がいるという事になります」
シャーリーは「あぁ……」とつぶやき、頭の上にその図を思い浮かべているようだ。
「何度か別の場所で神が降りた者を目撃し、円を地図上に書き込んでいけば、その円同士が重なった場所に神はいるはずです」
シャーリーは上に目を向けながら「……なるほど」と納得したようだった。
「でも、それは本当に『場合によっては』です。神が移動しないと仮定した場合です。もし神が常に世界中移動するような生活を送っていたら特定はなかなか難しいでしょうね」
それでも渡航データを調べじわじわと候補を絞っていく事は可能ではありそうだが。
「まぁ、実際、今回がその『場合によっては』に近い感じだったわ。なんせロベルは昼夜問わずあんた達の学校の中いるみたいだから」
「……昼も夜も学校にいるのは寮生くらいしかいない。だからそこまで特定したってことか」
「そうよ。でも、ここから先の特定は難しかった。私には学校内部の情報が掴めないからね」
「それで内部事情を知る俺達に手伝えと言ってきてるわけか……」
「えぇ」
春樹には大分事態が掴めてきたように思えた。アイの目的、動機、感染主の特定方法……。
そこでふと春樹に一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっと待てよ。別に俺達を使わなくても誰かに感染すれば寮内に侵入出来るじゃないか」
その発言にシャーリーは「え……?」と疑問の声を上げる。
「お前が憑依した場面は神に見られてはいけないという事はわかる。お前が逆に神に特定されかねないからな。しかし憑依しなくても、感染させた人物を脅して操る事は出来るだろう? だとしたらこんな回りくどく俺達を脅す必要はあったのか? 感染した者を脅せばいいのに」
憑依している時間に感染者の意識はなくなるのかもしれないが、メモを残すなり、動画を残すなりすればいくらでもメッセージを伝えることは出来るはずである。
シャーリーも「た、確かに……」と春樹に同意する。
まぁ、そう簡単にロベルが特定されても春樹は困るのだが。しかし単純に疑問だった。
二人の視線はアイへと集まる。
「そういう訳にもいかないのよ。そんな事したら、私までの距離は分からなくても、私の存在がロベルにバレてしまうから」
「バレる……? なんで」
「なぜなら感染してる人間は、この目で見れば分かるからよ」
「……そんな事も分かるのか」
この世の誰がロベルに感染しているのか、それを端から見たり、血液検査をするなどして判別する方法を人類は今のところ見いだせていなかった。憑依されて驚異的な能力を発揮したり、そのロベルにあなたは感染したと宣言されたり、記憶がない間にロベルによって行動させられたりして、感染していると分かるのだ。
「……それは一体どうやって判別するんだ?」
アイはスカートのポケットから小さな折り畳み式の鏡を取り出すと、それを開き小春の顔を覗き込んだ。
「私には感染者の顔に紋章が浮かび上がって見えるわ。幾何学的な形をしたタトゥーのようなものと言った方がいいかしら」
今、アイの目には小春の顔にその紋章が見えているという事なのか。春樹にはそんなものいくら凝視したところで全然分からないが。それは当然ロベルからも見えてしまうのだろう。
「私という別の感染主が存在しているという事自体知られてはマズい事なのよ」
その発言から察するに、まだロベルはアイという別の感染主の存在を知らないらしい。
「もし知られればロベルに警戒されて、いろんな道が閉ざされてしまうからね。だから私の感染者は今のところこれ以上増やせないし、こうやって姿を隠しているというわけ」
小春にずっと憑依して潜伏していたのはそういう理由があったからなのか。
「……ちなみに、神の本体にさっきお前が言ってた紋章は顔に浮かんでいるものなのか?」
「あぁ……私の本体の顔に紋章は浮かんでないから、それはないと思うわ」
「そうか……」
感染主の見た目は感染主から見ても普通の人間と変わらないということか。
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