第5話 春樹は見捨てない
「アイ……? 感染主? 一体何をいってる。神ではないのか……?」
春樹の頭にいくつもの疑問符が浮かび上がる。シャーリーも遅れてその場に立ち上がる。
アイと名乗った人物は「はぁ……」とあきれるように息をついた。
「神……神、神、神! 世界中みんなそればかり。ほんっと気持ち悪いからこれから先、アレをその名で呼ぶのはやめなさい」
「な……」
その言葉に春樹は相手がどんな存在かも分からないというのにカチンと来てしまった。
「なんなんだお前は! 神をアレ呼ばわりだと?」
アイは右手のひらを上に向けて春樹の怒りを鼻で笑い飛ばすかのようにして話を続けた。
「あのね、あれが神だなんて勘違いも甚だしいわ。あれはただの人間。私と同じ能力を持ってるだけのね」
春樹はその言葉にたじろいだ。目の前の存在は一体何を言っているのだろう。
「あんた達は全員騙されてるのよ。あの世紀の詐欺師にね」
「ば、馬鹿な! そんな事、あるわけが……!」
春樹は言われた言葉を薙ぎ払うように手で空を斬った。
「そういう事言うわりには随分視線が泳いでるみたいだけど?」
「そ、それは……」
「小春の記憶によると、あんたは随分頭がいいらしいわね。だから本当は理解出来てるんでしょ? 目の前にその証拠があるんですもの」
春樹はその言葉に何も言い返せなくなってしまった。
春樹の常識が壊れていく。ロベルが特殊能力を持っているだけの人間? そんなのはメイギス教が信じているだけの都合のよい戯言ではなかったのか。ロベルはこの世界が始まる前から存在する絶対者ではなかったのか。
だが、目の前の人物はどうやらロベルと同じことが出来てしまっているようだ。小春の体に憑依し、その記憶も読み取っているらしい。
いや、しかし本当にそうだろうか。実は目の前の存在はやはりロベルで春樹の信心を試しているというのはどうだろう。しかし春樹が知っているロベルはそんな事はしそうにはない。 では小春が演技をしているとか? しかしここまでの演技が出来るほど小春は器用な人間ではないはずだ。小春はたまにイタズラめいた事をする事もある。しかしこんな数日間行方をくらまして多くの人間を心配させてまでそんな事をやるような人間ではないはずだ。
信じたいわけではないが、冷静になって考えれば考えるほどに目の前の人物が真実を言っているように春樹には思えてきた。もうそれを前提として話を進めるしかないのかもしれない。
「……つまり、ただの人間であるお前の本体がどこか他の場所にいるということなのか」
「えぇその通り。天界でも地獄の奥底でもなく、あんたと同じこの地球上のどこかにいるわ」
どうやらその具体的な位置は言わないらしい。それも当然か。
「……じゃあなんだ。そのお前の本体は今、操縦席にでも乗って小春を動かしてるのか」
「いいえ。まぁ言ってしまえば、ここにいる私は本体と情報を共有している分身のようなもの。例え本体が寝ていても私は憑依した体を動かし続けることが出来るわ」
「なんだそれは……えらく便利そうだな」
「まぁ、おそらく憑依した先の人間の脳を利用するからそんな事が出来るんでしょうね」
これまでロベルはこの世に現れてから二四時間まったく休む事なく世界中に出現している。そんな事が出来る人間はいないというのが、ロベルは人間ではないという一つの根拠になっていたのだが……確かにそういう仕組みであれば、人間にでも神のように振る舞う事が可能なのかもしれない。
「……仮にだ。お前が本当に神と同じ力を持つ人間だとしよう」
「あら、まだ認めてないの? 案外頭が固いのね」
「……そうだとしたらお前は一体何が目的で俺達をこの場に呼んだ」
「ん? そうね、それは……」
アイは口角を上げて歯を見せ、春樹の問いに答えた。
「私の目的はロベル本体を特定し、私を感染させること。あんた達をここに呼んだのは、その手伝いをしてもらうためよ」
「私を……感染?」
ロベルの本体にアイを感染させる、そんな事が出来るというのか。
「一体何のためにそんな事を……」
するとアイはペロリと舌なめずりをして、自身の頬に手を当て恍惚そうな顔をして言った。
「私を感染させれば脅す事が出来る。意のままに操る事が出来る。あんな偉そうにしてる奴を手のひらの上で転がせるなんて、それってとっても気持ちよさそうだと思わない?」
思わず「は?」と声を上げる。なんなんだその動機は。春樹には理解が及ばなかった。
「わ、わけがわからない。神を操って一体何をさせるつもりだ」
「んー? むしろとりあえず何もさせないようにするわよ。ロベルの支配を終わらせるの」
「ば、馬鹿な! お前は神がいなければこの世界がどうなるのか分かって言ってるのか!」
「えぇ、それはもちろん。この世界は混沌と化すでしょうね」
アイは即答する。口では言うが、本当に想像が出来ているのだろうか。
「分かってるならなぜだ! そんな事して何になる!」
「私はそんな世界をロベルに見せてあげたいのよ。自分の無力さに嘆いてもらいたいの」
なんだこいつは。春樹は目の前の存在の悪意に驚かされる。ただそんな嫌がらせのために、個人的な趣味趣向のためにこの世界を崩壊させようというのか。
春樹は考えた。アイはそんな無茶苦茶な事をいうが、それは現実的な話なのだろうか。まず、ロベル本体を特定するという事が出来るものなのだろうか。
例えばメイギス教は同じように、これまでロベルを特定し、倒そうとしてきた。しかし、それは結局あてずっぽうにしかすぎず、その正体の尻尾すら掴めていないようだった。
しかしロベルと同じ能力も持つアイならば、その特性も全て知っている。その歯牙が届いてしまっても不思議はない。本当にアイはロベルに自身を感染させてしまうかもしれない。
なんという危険人物だろう。核ミサイルのスイッチを持っている方が数段安全と言える。
「ふ、ふざけるな! 誰がお前なんかの手伝いなんて!」
すると、アイは小春のこめかみに銃を構えるように人差し指を当てた。
「あら、いいのかしら。私に従わなければあんたの大好きな妹、殺すわよ」
その言葉に春樹は口ごもる。
「分かるわよね。私には憑依してる人物を自殺させるなんて容易いことよ。これまでロベルがやってきたようにね」
確かにロベルはロベルの基準で、この世にいる争いを引き起こす者を自殺させてきた。
「くそっ! この俺に神に立てつけというのか!」
「……だからあんなの神じゃないって言ってるでしょ」
春樹は片手で自身の顔を覆い隠す。
「そんな間違った事、俺にはできない……」
「何が間違いで何が正解かなんて、私にはそんな事どうでもいい事だわ。今あるのは、あんたが私のいう事を聞くか、小春が死ぬか、そのどちらかよ」
春樹は指の隙間からアイを睨み付けた。話にならない。何なんだこのイカれた存在は。なんでよりによってこんな奴がこんな能力を身につけてしまったのだ。仮に春樹のような人間が同じ能力を身につければ嬉々としてロベルの活動を手伝うというのに。
春樹は床を見つめ考えを巡らせた。一体どうすればいい。このままこんな奴の言いなりになっていいのか。ロベルに背き世界を混沌に陥れる手助けをしてしまっていいのか。
いや、そんなわけがない。春樹は首元のペンダントを握りしめる。
例えロベルがアイの言うように人間であったとしても、あの時の恩が変わるわけではない。それを仇で返すわけにはいかないのだ。
春樹は顔を上げるとアイを真っすぐに見つめた。
「そろそろ覚悟を決めたのかしら?」
「小春に戻せるのか? 小春と話がしたい。変わってくれ」
アイがロベルと同じ能力者なのであれば、すぐに憑依を解く事が出来るはず。小春本人に戻る事が出来るはずだ。
「ま、いいでしょう。でもいつでも私が小春の目からあんたを見てるってこと忘れないでね」
するとその直後、アイはガクリと頭を垂れてしまった。
頭を上げると明らかにその目つきが柔らかなものへと変わっていた。
「う……? あれ、お兄ちゃん……? 先生も」
「小春!」「小春さん」
春樹は小春の体を抱きしめた。
「きゃっ! ちょ、ちょっとお兄ちゃん、どうしたの?」
体を離し、小春を見つめる。なんだかキョトンとした様子だ。
「ここは……?」
小春は周囲を確認している。どうやら状況が掴めていないらしい。
「……何も覚えてないのか」
「う、うん。一体何がなんだか……」
「そうか……。なら順を追って話そう」
春樹は小春にこれまでの事を話した。どうやら小春は自身が行方不明になってしまった事すら知らないようだった。ずっとアイに意識を奪われていた状態にあったようだ。
「そ、そんなことが……」
小春は絶望するように下を向く。
「あいつはお前の中に入り込み、いつでも命を奪える状態にあるんだ……」
だが、小春は顔を上げ、自身の胸に手を当てて訴えてきた。
「わ、私の為にお兄ちゃんが神様に逆らう必用なんてないよ! だ、だから!」
春樹は再び小春の肩を再び掴み、まっすぐにその目を見つめた。
「馬鹿な事を言うな。お前のことは見捨てない。絶対にだ」
「でも……」
「心配するな。俺が必ずお前を救ってみせる」
「お兄ちゃん……」
春樹は小春の頭にポンと手を置いて髪を少しくしゃらせた。小春は頭を少し伏せる。
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