第34話 ロベル
それから十分後、シャーリーとポールは意識を回復させたサニャをコースターの上から何とか下ろし、さらに怪我をしているクレイをジェットコースターの柵内から車がやってこれそうな道路まで運び出した。
「いてて……すまんな、みんな……迷惑かけちまって」
「ううん。全然大丈夫だよ」
クレイの言葉にサニャが答える。クレイはさすがにいつもの元気がなくなっている様子だ。
「じゃあ、みんなはここで待ってて。私は車に乗って戻ってくるから」
「えぇ、よろしくお願いします」
返事をするポールも先のアイの感染者との戦闘で全身傷だらけになっていた。
シャーリーはワゴン車をここまで持ってきたあと皆を乗せて壁の外に脱出するつもりである。
アイはエターナルランドに誰かを入れるなとは言っていたが、出るなとは言っていない。何よりアイはここでの目的は既に終えたはず。もうシャーリーたちは自由にしてもかまわないだろうという判断だった。
そしてシャーリーが三人をその場に残して歩き出そうとすると、ちょうどその時、前方から誰かがやってきていた。
「ん……? あれは」
眉をひそめ、その姿を確かめる。するとどうやらそれは春樹のようだった。
春樹は四人の前まで来ると、無言で立ち止まった。
「無事だったのね春樹君! 急にいなくなっちゃって。今までどこで何してたの?」
「いえ、ちょっと……アイに会いにいきまして」
「アイさんに……?」
春樹の言葉にシャーリーは少し首を傾げた。
「えっと……でも、アイさんは今神様のあとを追ってる最中のはずじゃ」
「えぇ、その通りよ」
その時、サニャがどこか冷たい口調でそう言った。シャーリーは振り向いて彼女を見る。
「サニャさん……いえ、あなたはアイさん?」
「そう。実は今も追いかけている途中……というよりたった今追い詰めたって感じかしら」
「えっと……一体二人は何を言ってるんだい?」
ポールは困惑した顔をアイへと向ける。
「実は、ロベルの正体が分かったのさ」
その時シャーリーは気付いた。春樹のロベルに対する呼称が変わってしまっている事に。
「えっと……神様の正体はリンファさんだったんでしょ? 今さら何を言ってるの」
「それは違います」
断言する春樹にシャーリーは「え……」と困惑の声をあげる。
「ロベルは逃げてなんかいなかったんです。こちら側に残っていたんです」
「残ってる……? そ、そんなの一体誰が……」
「そうですね……まぁ、とは言っても先生も、ポールもサニャもロベルじゃないのは確定的。残ったのは一人しかいないんですけどね」
春樹はゆっくりと腕を上げ、とある人物に指先を向けた。
「クレイ。お前だ。お前がこの世界を牛耳っているロベルの正体だ」
その言葉に地べたに座るクレイは「は……?」と意外そうな顔をした。
「い、一体何を言い出すんだ春樹君」
春樹の言葉に反論を始めたのはクレイ自身ではなくポールだった。
「クレイ君が神なんてありえないよ。だって、僕は確かにリンファさんから感染したんだよ」
「えぇ。確かに私の目にはそう見えたわね」
それはアイも認める事のようだった。
「だったらなんでそんなワケの分からないことを言うんだ。当然分かってるんだろ二人とも。感染は神自身か、神が憑依した者にしか出来ないってこと。クレイ君はその時怪我をしてしまって遠くで横になっていた。彼が神なんてどうやったら思えるんだ」
確かにポールの言う通りだとシャーリーは考える。しかし、それと同時に、ポールからは妙な必死さが伝わってきた。そしてなぜかクレイは妙に冷静そうな顔つきで虚空を見つめていた。
「なら、言ってしまおう。お前に行われた感染は、実は偽装が施された感染だったんだよ」
「偽装……?」
春樹のその言葉にポールの顔色が強張った。
「その偽装によってアイの目は誤魔化された。そしてアイはロベルの正体をリンファだと思い込み、時間稼ぎに振り回されてしまったということさ」
「はは……まさか、その偽装って以前僕達がやっていた感染者の血を顔に塗るってやつのことを言ってるのかい? でも、そんなものを顔に塗るなんて皆が見てる前で出来るわけがないじゃないか! それに僕はその後神に憑依されて超人的な身体能力を手にいれた。それは間違いない事実のはずだ」
ポールのいうことにシャーリーはやはり説得力を感じる。しかし春樹は変わらぬ冷静な様子で話を続けた。
「いや、それとは違う。また別のトリックだ」
「へ、へぇ……そうか。そんな事が出来る方法があればぜひ教えてもらいたいものだね」
「そうだな……じゃあ最初に感染の条件について確認しておこう」
そういうと春樹はアイに顔を向けた。
「まず、ポールも言ってた通り、人に感染させる事が出来るのは感染主の意識を宿すものだけ。そうだよな」
「えぇ、その通り。具体的にいえば、感染主本体か、感染主に憑依された者のどちらかね」
ロベルはこれまで、誰かしらに憑依してその感染を拡大させてきた。それは世間に広まっている情報通りだった。
「そして感染方法は、まず体のどこかしらの部分に意識を集中させる事らしい。これによって、そこにある血液に感染効力が付与される。で、その血液を感染させたい人間の体内に入れることで感染は完了する」
春樹はツラツラと止まる事なく話を続ける。
「ここで、忘れてはならない条件は、その感染能力が付与された血液は保持が全然出来ないってことだ。空気に触れたら駄目になるどころの問題ではなくて、憑依者、もしくは本体の体から離れてしまったらすぐに感染の効力が無くなってしまうらしい。この条件がなければ、神に感染させるための武器なんかも作れたりもしたんだろうけど、教会がそれをしなかったって事はそれは間違いない事なんだろう」
「そ、そうだよ! 春樹君、自分で言ってて気付かないのかい? その条件ならクレイ君が神なんてやっぱりありえないじゃないか! クレイ君が感染した時、僕は遠くにいた。怪我をしてうずくまっていたんだからね!」
「確かにそうだな……一見その条件では、感染させる事は不可能に思える。でも、考えを変えてみれば、遠く離れていても、感染主の体から血液が離れなければ感染の効力は失われないってことにならないか」
すると、ポールは目を見開いて黙り込んだ。
「え……っと、何を言ってるの春樹君。遠く離れているのに体から血液が離れないなんて」
シャーリーは眉をひそめながら春樹に問いかける。シャーリーには春樹が矛盾している事を言っているようにしか思えなかった。
「……ひとつ確認したい事がある」
春樹はクレイの包帯が巻かれた足に視線を向けた。
「その足、どうなってる? なぜ包帯の巻き方が変わってしまっている」
春樹の言葉に場の空気が凍り付いた。
「え……」
シャーリーはいまだに春樹が言っている事を理解出来ない。クレイの足が何だというのか。
確かに気付けばいつの間にか、包帯の巻き方が変わってしまっている事にシャーリーは気付いた。けがをした左足は靴を脱いでしまっていて、足全体を布が巻くような形になっている。
「しかし、お前もよくやるよな……相当な覚悟が出来ないとそんな事出来ない」
春樹はどんどん何かを前提にして話を進めてしまっている。もしかしてシャーリー以外の人間はもう全員分かっているという事なのか。
「は、春樹君……いい加減ちゃんと教えてよ。さっきから君が何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど……」
シャーリーは考える事を放棄して尋ねた。春樹の考えはいつも先に行き過ぎてついていけない。自分で考えるよりもさっさと聞いてしまった方がいいだろう。
すると春樹はクレイに目を向けた。
「先生……こいつは切り落としたんですよ。自分の足の一部を」
「え……えぇっ!?」
シャーリーは驚愕の声を上げたあと、青い顔をしてクレイを見る。
「う、嘘でしょクレイくん……そんな事……」
改めるようにしてシャーリーはクレイの足へと目を向ける。
「あの時、ジェットコースターのレールから落ちたのもワザとだったんですよ。思えば、柱に当たっただけだったのに、あんな切り傷が出来るのは不自然だった。落ちた瞬間にクレイは持っていた小型の刃物で自分の足を傷つけた。そして傷の手当てが終わったあと、僕達がいなくなったあとに、自分で包帯を解き感染効力を足の一部に付加させたあと、その部分を刃物で切り落とした」
つまり、新しく包帯を巻きなおした部分にその切り落とした部分があるということか。
「そのあとはリンファとポールがあのピエロを追う間、どさくさに紛れてリンファにその足の一部を渡していた。リンファは自分が神だと宣言したあと、手の中に隠し持っていたその肉片に針を刺して感染効力が残っている血液を手に入れ、そしてポールに感染させた……」
「うッ……」
シャーリーはその様子を想像して口を手で押さえた。自分が知らぬ間に、そんなえげつない事が生徒達の間で行われていたのか。そんな計画を考え実行した者もいれば、そんな計画に気付きそれを暴く者もいる。この子供達の考えは何てぶっ飛んでいるのだろう。
「どうなんだクレイ。違うっていうなら、その布をとってそれを証明してくれないか」
クレイは春樹の言葉にその場でしばらく頷いていた。
「は、春樹君……ちょっと待ってくれないか!」
「待つ? 一体何を待つっていうんだ。アイ本体が見つかって殺されるまで待てって事か」
「それは……」
「ポール、もういい」
その時クレイはポールに呼びかけ、その場にすっと立ち上がったのだった。
そして顔を上げ、色々なものを内面に含んだような笑みをふと零す。
「……本当、指を斬り落とすと中々血が止まらなくて困ったよ」
「って事は……や、やっぱりあなたが……か、神様……」
シャーリーはクレイから一歩距離を開けた。すると、クレイは自身の胸に手を当て、冷たい無機質な表情をシャーリーに向けてきた。
「そうだ。確かに私がロベルだ」
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