第35話 死んでもらう

 いつもの熱い男らしい姿はどこに行ってしまったのか。それとも、あれは普段から本性を隠すための偽装だったということなのか。シャーリーは衝撃の顔を浮かべその場で固まっていた。


「まさか、このトリックまでもが見破られてしまうとはな……さすがと言ったところか」


 クレイは両手の平を上に向けて目を瞑り、かぶりを振った。


「しかしだ……」


 そして目を開くと今度は鋭い視線を春樹へと向けた。


「一体どういうつもりだ春樹。ここで私の正体を暴くなど、これは決して褒められた事ではないぞ。お前は私の敬虔な信徒ではなかったのか? このトリックを暴きだしたのはそこの悪魔ではなくお前だろう。まさか脅されたからこんな事をした、とは言わせんぞ」


 春樹はクレイの視線に怖気づいた様子は全くなかった。ただ真っすぐに視線を返している。


「あぁ、そうだ。俺はもうお前の信徒でいるつもりはない」


「……そうか。それはなげ悲しいことだな。ふふ、だがそれで……お前達二人は私の正体を暴いたところで一体どうするつもりだ」


「そんなの決まってるじゃない。私はあんたに私を感染させる。それだけよ!」


 サニャに憑依したアイがクレイに向かってズンズンと進んでいくと、


「結局それか……」


 ポールがその前に立ちはだかった。その顔には何の迷いも見えない。どうやら再びロベルが憑依したらしい。


「ふふ、私の正体はバレてしまったかもしれない。だからと言ってまだ私のほうが負けと確定したわけではないぞ。お前の本体も私の兵がもうすぐ見つけるはずだからな……!」


 アイとポールはにらみ合い、対峙した。


「そうね……もうあとはゴリ押しで、この戦いに勝つしかない」


「どちらの本体に辿りつくのが先か……」


「これで本当の決着をつけてやるわ!」


 次の瞬間、アイとポールの二人は走り寄り激しい攻防を始めたのだった。


 ダメージの溜まったポールと、華奢な体のサニャ。一体勝機はどちらにあるのか。


 ポールはサニャの体を蹴り飛ばして、それに追い打ちをかけるように移動してしまった。


 様々なアトラクションの上を跳びまわりながら二人の戦いは続いていく。


 そして春樹とクレイ、シャーリーの三人がその場に残されたのだった。春樹とクレイは強く視線をぶつけ合っていたが、急にクレイだけが弛緩するように「ふぅ」と一度ため息をついた。


「まったく……春樹、お前は一体どうしてしまったのだ。なぜ奴に味方をする」


「それは……」


 春樹はその質問に、一瞬観覧者の上で戦うアイへと目を向けた様子だった。


 すると、春樹のアイを見る視線に何かをクレイは感じとったようだった。


「ん……? ははは! まさかお前、あいつに惚れているのか!? 会った事もない、顔すら知らない奴にか!?」


 クレイは顔面を半分隠すようにして笑いをこらえている。


「……まぁ、確かに、あいつが理由の一つである事は間違いない。でも、それだけじゃない」


「ふん……なんだ、その理由は。言ってみろ」


「俺は……マルコ司祭に話を聞いたんだ。この街が作られた理由をな」


「マルコ司祭……?」


 その名にクレイは片眉をピクリと上げる。すると春樹はシャーリーに顔を向けた。


「先生にも話してあげますよ。そいつがここにいる住民に、この世界に何をしたのか……」


 それから春樹の口から語られた話はもちろんこの街の出身者ではないシャーリーにとっても衝撃的な話であった。


「そ、そんな事をクレイ君が……?」


 シャーリーは嘘でしょ? という視線をクレイに送るが、クレイはシャーリーと目を合わせる事もなく、否定もしなかった。


「一体なんで……そんなことをしたの……」


 シャーリーの質問にクレイはしばしの沈黙のあと口を開いた。


「……仕方なかったのだ。この世界から争いを無くすためには……」


 クレイは遠い目をして語り始めた。


「この私が世界に降臨する前の事を思い出してみろ。世界は混沌に満ちていた。人々はみなバラバラに、そして利己的に動き醜い争いに明け暮れていたではないか。私はこの力を手に入れたとき、自分の使命に気付いたのだ。この力で人類を導き、世界から争いを無くしていかなければならないと!」


 春樹を見ると一体何を考えているのか、黙ってクレイの言葉に耳を貸していた。


「そのキーとなるのは宗教だった。宗教は人を導くチカラがある。だが、信じている神が違うという理由で人々は争う事もある。ならば、この世界から争いをなくすためには私自身が唯一の神となり、他の神を全て滅ぼしてしまえばいい」


「……そのために、自分の事を信じる人達を大量に殺したっていうの」


「そうだ。あの事件が起こった事で、多くの人々はメイギスを悪だと定め、ロベルを正義と謳うようになった。世界は今、心を一つにし、争いのほとんどは消えつつある。この先に私の求める完璧な未来があるのだ」


「完全……」


「ちなみにだ、お前を生かしておいたのにはちゃんとした意味がある」


 するとそこでクレイは春樹に目を向けた。


「なに……?」


「私のチカラは完璧ではない。同時に一人しか操ることが出来ないのだからな。たったそれだけの能力で世界を統治しようと思えば、どうしてもこの能力関係なしに私に従うもの、私の考えに賛同する者が必要となる。マルコのように脅して人を動かすことも出来るが、それは一時的なものだ。いつ反旗を翻すか分からん」


 確かに、マルコは既に反旗を翻したと言ってもいいかもしれない。


「お前は免疫者で、自分の意思で行動している事が証明された存在。人を信頼させるにも都合がいい。そして頭の回転が速く弁が立つ。私はお前をいずれこの世界を統治するメンバーの一人に育て上げる予定だった」


「俺が……世界を統治?」


「あぁ、そうだ。確かに私はお前の親を殺した。しかしそれはこの世界の未来において重要なファクターだったのだ」


「ファクター……」


 つまり自身に恩を着せるために、春樹を追い詰め、そして救ったという事らしい。


「お前にあの事件の全容と、私の正体を知られてしまったのは予定外だったが、まぁ、考えてみればそれも悪いことではないかもしれない」


 そういってクレイは春樹に近づき、手を差し伸べてきた。


「春樹、この事実を乗り越えてみせろ。それを知り、なお私についてくるならば、お前はこの世界の大きな柱となれる。私と共に完全なる世界を気付いていこう。そうであれば、これまでの愚行は全て水に流す事にする。まず、手始めに私と協力してあの悪魔を倒すのだ」


 クレイのその誘いに、春樹はしばらくの間、顔を伏せて黙っていた。しかしついに口を開く。


「……俺は今まで、お前が言うそんな争いのない世界が正しいと、ずっとそう思ってきた。盲信してきた」


 春樹は懐から何かを取り出した。


「でもな……」


 それはどうやら、短剣だったようだった。鞘から剣を引き抜き、柄を力強く握りしめ、そしてクレイに向かって近づいていく。その姿にクレイは後ろへ一歩下がった。


「な、なんだ? お前、そんなものをどこで……一体何をするつもりだ」


「お前には、ここで死んでもらう」


「なっ……! なんだと!」


 春樹は駆け寄り、横に斬りつけた。クレイは咄嗟に後退しながら片腕を上げガードする。


「うぐっ!」


 クレイは足の怪我のせいかバランスを崩して後ろに倒れてしまった。そしてよく見ると、斬られた部分の服が破れ、そこから血が滲んできていた。


「ク、クソッ! 馬鹿なことを!」


 クレイは山岳のような地形をした場所で戦うポールを見た。しかし彼はアイの相手をしている。こちらに応援を呼ぼうとしても、防がれてしまうだろう。


 すると次にクレイはシャーリーに目を向けてきた。


「シャーリー・ブラウン!」


「え……」


 今まで蚊帳の外にいるような感覚だったのに、名を呼ばれてシャーリーは肩をビクつかせた。


「私を助けろ! 春樹を止めろぉッ!」


「えぇっ!?」


 その言葉にシャーリーは慌てふためいた。一体どうすればいい。


 今まで、シャーリーはどちらに味方するとも言えない中途半端な判断と行動ばかりをとってきた。流れに流されるままに生きてきた。そしてそれは結局、今も変わらないようだった。


「わ、私は……」


 クレイもアイも春樹も他の生徒も皆、明確な意思を持って動いているのに。自分には何の信念もない。その事を今になって痛感するばかりであった。これまでシャーリーはずっとこの戦いに巻き込まれながらも傍観者に近い立場にいた。それが今自分の選択によって世界が大きく変わってしまうかもしれないなんて。シャーリーにとってはそれは荷が重すぎる選択だった。


「ちっ! この役立たずが!」


 手をわたわたと動かすだけでその場から動こうとしないシャーリーにクレイは見切りをつけたようだった。クレイは何とか一人その場から立ち上がり、左足を引きづるようにして、春樹から逃げていった。


 どうやら、このエターナルランドのメインキャラクターのアトラクションの一つの中に逃げ込んで行ってしまったようだった。


「待て……!」


 春樹は当然のごとくそれを追いかけていく。


「一体……どうしたら……」


 シャーリーはその場で、自分の肩を抱くようにして体を震わせていた。


 そして自身の人生をふと振り返る。思えば大学を選んだ時も、教師という職業を選んだ時も、親の勧めに乗っかっただけであった。


 何か一つでも、自分の意思で成し遂げた事があっただろうか。何かひとつでも自身が生きた証拠をこの世に残せた事があっただろうか。


 このままでいいのだろうか。ここで一人震えていて、子供達にばかりこの世界の行方を委ねてしまって。


 そうだ、このままじゃいけないという想いをシャーリーは以前から抱えていたのだ。考えてみれば、これはそんな優柔不断な自分を変える絶好のチャンスなのではないか。その分、プレッシャーは大きいかもしれないが、でも、それでも……


 シャーリーは目を瞑り、自身の心に尋ねた。自分自身がどうしたいのか。


「わ、私は……!」


 そして目を開くとエターナルランドの中に配置された、アイの感染者たちに目を向けた。


 ◇

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