第36話 シャーリーの決心

 クレイが逃げ込んだアトラクションは、数人で乗り込むモノレールのような乗り物でコースを周回していくというものであった。春樹も昔家族で乗った記憶がある。コースは結構高低差があり、そして内部にはミニチュアの建物や、キャタクタ―なども配置されてあり、人は隠れやすい。


 春樹は短剣を握りしめ、薄暗いアトラクションの中、気を引き締めながら足を進めていった。


 どんどん上へと坂を上っていく。すると、コースの奥からクレイの声が聞こえてきた。


「この愚か者がぁ! この私に刃を向けるなど! お前は何も分かっていない! 自分の親が殺されたくらいで天秤に掛けられるような問題ではないだろがぁッ! 私が死ねばこの世界全体がこの街のようになってしまうのだぞぉッ!」


「……それは違う」


 春樹はぼそりとクレイに届かない程度の声量で呟き、声がするコースの奥へと進んでいく。


 さらに進んでいくと、何やらガシャンガシャンと物音が聞こえてきた。


「なんだ……?」


 一体クレイは何をやっている。春樹は警戒を強めながら音のほうへと進んだ。


 すると奥に開口がある部屋に辿りついた。そしてその開口部の前にはクレイの姿があった。クレイは何やら、両手を上に上げて、棒のようなものを掴んでいる。


「ははは、さよならだ春樹」


 そしてなんとクレイはその開口部から飛び降りたのだった。


「なっ……!」


 思わず春樹はその開口部に駆け寄る。すると、どうやらクレイは天井部から遠方の手すりに結ばれたロープに棒を掛けて滑るようにして降りていったようだった。


 春樹もその姿を追おうと周囲に目を向ける。しかし、クレイが使っているような棒は見当たらない。開口部から真下を見ると、同じようなものが地面に散らばっていた。どうやらさっきの音はあれらが落下する音のようだった。クレイが春樹に追われないように落としたのだ。


 いつの間にこんなに上ったのか、高さは十m以上はあり、ここから飛び降りる事は出来ない。春樹は再び来た道を戻ってクレイを追うしかなさそうだ。


 ちッと舌打ちする。だが、こんな事は悪あがきにしかすぎないように春樹には思えた。


 下までたどり着いたクレイを見ると足を引きずり、春樹から離れていく。エターナルランドの外へと向かっていく。


「もう、こんな鬼ごっこはさっさと終わらせよう……」


 春樹はそう言って踵を返そうとした。しかし、その時だった。


「ん……」


 何かモーター音のようなもの聞こえてきていた。


「あれは……バイク」


 どうやらエターナルランドの外に停めてあった黒いバイクのようだった。そしてその運転している者の服装には見覚えがあった。春樹の学校の制服だ。


「まさか……リンファか!?」


 マズい。クレイを連れ去りにきたのか。またカーチェイスになれば、逃げられる可能性は十分にある。バイクの方が細い路地に入るなどして、逃げるには有利なはずだ。


「くそっ!」


 春樹は今度こそ踵を返してコースの入口に向かって走りだした。


 しかし春樹は感覚で分かってしまった。これは駄目かもしれない。二人が近づいていくスピードからして春樹は間に合わせることが出来なさそうだ。


「ここまで来て、結局逃してしまうのか!」


 アイは殺され、世界はクレイの思うままになってしまうというのか。


 ◇


 前方から走ってくるバイク。クレイはそれに近づく。そしてチラリと後方を振り向いた。


 春樹はまだあのアトラクションの中。ここまでくるのにはまだ時間が掛かりそうだ。


「ははは! 勝った! 逃げ勝ちというやつだ! 春樹……馬鹿な奴め。私の言う取りしていてばこれから先、世界を統治するメンバーの一人になれたというのに」


 クレイは考える。これからのことを。クレイがロベルの正体だと分かっている人間は、今のところごく少数。おそらく、ポールやリンファ、サニャなども含め、今この壁の中にいる人間を一掃すれば秘密が外に漏れる事はない。


 アイ本体も、もういつ発見されてもおかしくない。見つければ私兵に憑依しすぐさま殺す。これで何事もなくこれまでどうり、クレイは自分の想う、理想へと世界を導いていけるはずだ。


 そして再び、前方に頭を向ける。すると、そこには一人の女が立ちはだかっていたのだった。


「ん……?」


 それはよく見るとシャーリーのようだった。


「……シャーリー・ブラウンか。そんなところで何をしている?」


 するとシャーリーは両手を広げて、クレイに向かって叫んだ。


「わ、私はあなたをここから先には行かせない!」


 クレイはその様子に一瞬あっけにとられた。間抜け教師が何を言い出すのか。


「はは! 今更私に立てつこうというのか!?」


「そ、そうよ! 私は決めたの! 自分の意思でそうすると!」


「ふん……だが、いくら私が怪我をしているとはいえ、お前一人に私を止められるか?」


 こちらにはリンファもいる。女一人のシャーリーではどうしようもないだろう。


「決意したところで出来ない事などごまんとあるのだ。怪我をしたくなければそこをどけ!」


 しかし、その時横道から一人の男が現れた。どうやらそれはアイの感染者のようだった。


 まさかアイが憑依しているのか? しかしアイはサニャの体を使って今もクレイに憑依されたポールと交戦中のはずだ。どうやらその感染者は自分の意思でここにやってきたらしい。


 そして、それは一人では終わらなかった。更にぞろぞろと人々が現れ、リンファとクレイを近づけさせんとその間に割って入ったのだった。


 感染者達は瓦礫を手に持ちバイクに向けている。それに当たればリンファもただでは済まない。リンファは「くッ!」と声を上げ、バイクの速度を落としてついには止まってしまった。


 その様子にクレイは激高するように叫んだ。


「何をしているんだお前達ぃ! この状況が、私が誰か分かっていないのかぁ!」


「……皆分かってるわ。彼らには私が全てを話したから。そしたら私に味方してくれるって言ってくれたの!」


 シャーリーは強い視線をクレイに向け続ける。


「だ、だったら私の言うことを聞かないか! なぜあの悪魔の味方をする! この世界の平和を脅かしているのはアイのほうだという事がなぜ分からない!」


 しかし、クレイが叫び、いくら論そうとしても彼らはそこから動こうとはしなかった。


「これでお前も分かっただろ」


 するとその時、後方からそんな声が聞こえた。クレイは振り返る。ついに春樹がその場に追いついてきたのだった。


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