第37話 答え

「は、春樹ぃ……!」


 クレイのもとまでたどり着いた春樹。クレイは若干怯えるようにして春樹の顔を見てきた。


「みんなお前の進む先にある理想の世界なんて求めてないんだ」


「ば、馬鹿な事をいうな! 見ろこの街の惨状を! 私の存在なくして平和はありえない! 世界は混沌に陥ってしまうのだぞ!」


「……それも結局お前のせいだろ」


「なに……?」


「俺は正直、これまでお前に洗脳されていた。根本的な事まで考えずに、お前の教えに従って行動してきたよ。でもやっと今、自分自身で考え、そして答えを導きだしたんだ」


「答え……だと」


「考えてもみろ、お前が現れる前、世界は全てがこんな状況だったか? そんなわけがない。確かにお前は世界に完璧に近い平和をもたらしたかもしれない。でも、それはただ頭ごなしに上から押さえつけたからみんな争わなかっただけだったんだ。だからいつしか人々は相手の痛みすらも忘れてしまっていた。お前が締め付けた反動でこの街はこうなってしまっただけだ」


「そ、それは……」


「人は争う事はあっても、その痛みを知る事で成長し自分で前に進むことが出来る」


 そして春樹はクレイに人差し指を向けた。


「それが俺が出した答えだ。だから……この世界にお前なんて必要ないんだよ」


 皆が春樹に同意するうようにクレイを見る。


「う……うぐぅ……」


 すると、クレイはその場に膝をついてしまった。今、状況的にも精神的にも完全に勝負は決したようだった。


 だが、それはあくまでここでの話。春樹は鞘から短剣を引き抜いてクレイに近づいていった。


「ちょ、ちょっと待って春樹君! 何をしようとしているの!」


 その姿を見たシャーリーが立ちふさがって春樹を止める。


「何って、そいつを殺すんですよ」


「なっ……! 駄目よ春樹君! 何もそこまでしなくても!」


「何を甘い事言ってるんですか。感染主の能力の恐ろしさは先生だって知っているでしょう。この壁の外はこいつの感染者だらけなんです。少しでも隙を見せれば僕たちは殺され、再びこいつによる支配が始まってしまうんですよ」


「そ、それは……」


 シャーリーは春樹に論されてしまい、下を向いてしまう。春樹はその姿を横に避けてクレイの目の前へと立った。 クレイは下を向いたまま動かない。覚悟しているということか。


 ならばと春樹は短剣を振り上げた。


「待ちなさい春樹」


 しかしその時、春樹の後方から声が聞こえた。


 振り向くとそこにはサニャが立っていた。アイとポールは戦っていたはずだが、アイのほうが勝ったのか。さすがにポールの体は連戦に続く連戦に耐え切れなかったということらしい。


「アイか。ついに、ここまでロベルを追い込んだぞ。俺達が協力したおかげでな」


 アイは「そうね」と返事をしながら春樹の肩を抑える。


「……なぜ止めるんだ? お前もこいつに復讐をしたかったはずだろ」


「……確かにね。でも春樹、考えてみて。殺してしまったんじゃ、そこで終わっちゃってつまらないと思わない?」


「え……」


 するとアイは何だか恍惚そうな表情で自身の頬を抑えて言ったのだった。


「私はね、人を手のひらの上で転がす事が大好きなの。だから私はそいつに私を感染させたい。そしていつまでもいつまでも監視して、嫌がらせして、その反応を楽しみたいのよ」


 その言葉を聞き、少ししたあと春樹は、ふっと表情を緩めた。


「はは……確かにそれも悪くないな」


 そして短剣を鞘に納め、アイの方を見たのだった。


「まったく、お前の性格の悪さには敵わないよ」


「褒めるられるほどじゃないわ」


 そしてアイはクレイに自身を感染させた。そして腰を曲げ口角を上げクレイの耳元で囁く。


「これから先、あんたが憑依能力を使った瞬間、私はあんたを自決させる事にするわ」


「そんな……馬鹿な……」


 クレイは呆然とした顔で地面を見つめていた。クレイの能力はこれで完璧に封印されたと言っていいだろう。アイとロベルの戦いは永遠に、そして完全に決着がついたといえた。




 それから春樹はアイの感染者達を集め、事件の全貌や、アイの存在、ロベルの正体など他言はしないように釘を刺した。そんな話が露見すれば、一気に世界は混乱に陥ってしまうからだ。まぁ彼らはアイに常に監視されている状態にあるので問題はないだろう。


 そのあとクレイやポール、その他戦闘で怪我をした者などを病院に運び、とりあえずの事態は収拾したといえた。


 春樹はマルコの元に出向いて、報告をしておいた。彼はいきさつを聞くと涙を流して喜んだ。そしてロベル教を辞めてメイギスに祈りを捧げながら妻と共に余生を送る事を決めたらしい。


 ◇

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