第3話 行方不明になった妹

 月曜、食堂での夕食が終わり、男子寮に帰ろうと外にある屋根つきの通路を歩いていると、


「あ、春樹ぃ」


 春樹は声を掛けられて後ろを振り向いた。そこにいたのは黒髪でサイドテールの女、リンファ・スーだった。身長は高く、顔も性格もなんだかさばさばしている感じだろうか。


 そしてリンファの後ろにはサニャ・マスカトーレがいた。サニャは金髪でふわふわのロングヘアーだ。性格もなんだかふわふわしていて、一人で放っておくのは何だか不安になるようなイメージだ。実際今もリンファの影に隠れるようにして半身を出し春樹を見ている。


「どうかしたのか二人とも」


「ほら、サニャ、何か言いたい事があるんじゃなかったの」


 春樹が尋ねると、リンファが後ろのサニャを前に押し出してきた。サニャはしばらくもじもじと体を動かしたあと、


「あ、あの、実は映画の試写会当たったんだけど……良かったら私と一緒に行きませんか!」


 背中からチケットを取り出し、顔を紅潮させて頭を下げ春樹に差し出してきた。


「え……。あ、あぁ……誘ってくれてありがとう。でもごめん。その日は小春と用事があるんだった。他の奴を誘ってくれないか」


 少しの間春樹はどう返事を返そうか悩んだが、結局出した答えはそれだった。


 サニャはやっと顔を上げて春樹を見た。さきほどまで赤かった顔が青ざめている。


「そ、そっか……そうだよね。小春ちゃんと約束あるなら仕方ないよね……」


 次の瞬間、サニャは踵を返して逃げるように走り去っていってしまった。


「あっ! ちょっとサニャ!」


 リンファが呼びかけるがサニャは止まらない。女子寮に向かって行ったようだ。


 リンファは振り向きジトっとした目を春樹に向けた。


「もう……まったく、春樹ってば女の子の気持ち、全然考えてないんだから」


「いや……でも小春だって女の子だろ。本当に約束があるんだよ」


「女の子って言ってもそれはあんたの妹でしょ、このシスコン!」


 リンファは怒鳴ったあと春樹の元を立ち去っていった。


「なんだよ……」


 春樹にだって、これがデートの誘いだって事くらい馬鹿ではないのだから分かっている。サニャの気持ちなんてモロバレだ。しかし、別に春樹はサニャに興味があるという訳ではないのだから仕方がない。リンファも少しは男の子の気持ちというものを考えてほしいものである。


 ◇


 そして土曜日、春樹は小春との約束通りスイーツの食べ放題に出掛ける事となったのだった。


 小春櫻井コハル・サクライは春樹の年子の妹で、同じ学園の女子寮に住んでいる。


 なぜスイーツ食べ放題なんかに行くのかというと、小春にせがまれたからである。ちなみに代金は全て春樹もちだ。しかし、小春は春樹にとって唯一残された肉親であり、目に入れても痛くない存在である。むしろ定期的にこうやって何かを奢る事が春樹の楽しみなのだった。


 思えば数年前までは小春は、両親を失い、ふさぎ込んでいたが、今は明るく元気で、むしろ生意気なくらいだ。そうなれたのもロベルが作り上げているこの平和のおかげなのだろう。


 そんな事を思いながら、しばらく校門前で待っていたのだったが。小春はなかなかその場に現れなかった。もう約束の時間は過ぎてしまっているのだが。電話を掛けてみても繋がらない。


 春樹はそれからも待ち続けた。しかし一時間が過ぎても小春はそこに現れなかったのだった。


 春樹は心配に想い、女子寮にいるはずのリンファに電話を掛けてみる事にした。


『小春ちゃん? 分かった。ちょっと部屋尋ねてみる。待ってて』


 しかし再び掛かってきた電話で春樹は小春が部屋に不在との連絡を受けた。


 それから春樹はクレイとポールにも連絡を取って校門まで来てもらう事にした。


 まだその場にやってくるかもしれないという可能性を考慮してポールを一応その場に残す。そして他の三人は小春の捜索に出ることにした。


 春樹は集合場所を間違ったのかとも思い、目的地であったケーキ屋まで出向いてみることにした。しかし、その中にも周辺にも小春の姿は見当たらない。


 ならばと公園やゲームセンター、商店街などをクレイ、そしてリンファと手分けして探してみたが結局小春が見つかることはなかったのだった。


 結局、門限を過ぎても寮に帰宅しなかった。春樹は寮長に連絡を入れ、次の日には警察に捜索願いを出す事になってしまった。


 そしてその日も、その次の日も小春は見つからず、連絡が来る事もなかった。


 ◇


 小春が行方不明になってから四日目の夜。


 春樹は男子寮のロビーにあるソファーに座り足を小刻みに震わせていた。


 小春の携帯の電源は落とされているようだ。警察の話によれば、電源が入っていればその位置を特定出来るらしいのだが……。


 そのうち連絡が来るかもしれないと、何度も自身の携帯の画面をチェックしてしまう。


 こんな時、両親がいないというのはやはり心細いものである。しかし弱気になっていては駄目だ。自分がしっかりしていなくてどうするのだ。春樹は自身に喝を入れた。


 そんな事を考えていると、春樹は「よぉ」と声を掛けられた。やってきたのはクレイだ。


「……クレイ」


 クレイは自動販売機でコーヒーを二つ買いその一つを春樹の前にあるテーブルへと置いた。


「……ありがとう」


 春樹の対面へと座るクレイ。そして缶コーヒーのタブを倒して蓋を開ける。


「小春ちゃん、どこいんだろーなぁ」


 春樹は「さぁ……」とぼそりと返事をする。


「行方不明者の発見とかも十年前に比べたら劇的に減ったらしいってのになぁ」


 春樹もコーヒーの缶を開けひとくち口に含んだあと「そうだな」と低いトーンでつぶやく。


 クレイの言う通り、この世界の行方不明者というのは劇的に減っている。元々この国には年間八万人ほどの失踪者がいたらしいが、それが現在では五千人を割る程度にまで減ったのだから、それは極めて大きな変化と言っていいだろう。


 行方不明者が減った理由、それは『神の目』が存在するからだ。


 ロベルは憑依している時にしか人間を思い通りに動かせないが、憑依していない時でも感染している人間の目や耳からの情報は常に取り入れているらしかった。世界中に感染者の分だけ監視カメラがあるようなものという事になる。


「俺だって感染者だからな。当然小春の失踪の件も神は知っているはずだよな」


 クレイはロベルに感染している。ついでに言えばリンファもポールもそうらしい。


「そうだな……それにも関わらず何も神からの連絡がないという事は、神の目にも未だに小春の姿を取らえきれていにということになる。だとしたら小春は今……」」


 春樹は虚空を見つめながら小春の悲惨な末路を想像した。


「……あまんし悪い方向ばかりに考えねーようにしろよ。そのうちひょっこり帰ってくっかもしんねーしな」


「そうだといいけどな……」


 ◇


 その次の日、ポストに入っていた送り主不明の封筒を部屋で開けて、春樹は衝撃を受けた。


「な、なんだこれは……!」


 なんと、小春が目隠しをされて椅子に縛り付けられている写真が入っていたのだ。


 封筒の中には便箋も入っていた。手早くそれを開き、春樹はその内容を確認した。


『明日、九月二四日の午後一時、下記の住所のホテルへと一人で来い。さもないと小春櫻井の命はない。もちろんこれは他言無用だ』


 春樹の全身から冷や汗が噴き出す。やはり小春は事件に巻き込まれている。誰かに監禁されているような状態にあるようだ。


 最悪の事態……いや、一応小春は生きているようだからその一歩手前と言った感じだろうか。


「どうする……誰かに相談するべきか……」


 これは春樹一人で抱え込めるような問題ではない。犯人が何人いるかも不明な事だし。


 しかし、誰かに相談した事が犯人にバレてしまえば小春は文面通り殺されてしまうかもしれない。かといって春樹が一人で出向けば春樹自身が危険に晒されるだろう。これは非常に難しい問題である。


「というか、なぜ俺なんだ……」


 春樹に来いと言っているだけ。身代金か何かの要求があるわけでもない。


「俺が教会の関係者……未来の幹部候補だからか……」


 普通に考えればそうなってしまう。つまり相手はメイギス教の信徒である可能性が高い。


「くそ……つまり俺のせいだっていうのか」


 春樹は自責の念に捕らわれた。小春は春樹のせいでこんな目にあっているのかもしれない。だとしたら自身の身を危険にさらしても小春を救いに行くしかないだろう。誰かに相談してこれ以上小春を危険な目に合わさせるわけにはいかない。


「神よ……どうか僕達に救いを」


 春樹は呟き自身の首に下げた八面体のペンダントを握りしめた。


 しかし今回の事件においてロベルが助けてくれる可能性は低い。なぜならばロベルの感染者が事件に関わる者の中にいないからだ。当然犯人は感染していないだろう。小春も感染していない。そして春樹は免疫者だ。感染したくても出来ない。


 春樹はこれまでにないほどにロベルの血を宿す事が出来ない自身の体を憎んだ。だからこそ教会で説得力のある存在として重宝されているというのはあるのだが。


 ◇

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