第10話 事件を起こす
そしてその次の日の土曜日。ついに事件を起こす当日となってしまった。
その日の夕方春樹は親戚の家に行くいう方便で寮に外泊届を出しシャーリーの家に向かった。
「ちゃんと録画ボタンは押してきたでしょうね」
シャーリーの部屋で、やはりふんぞり返っていたアイに春樹は監視カメラの事を確認される。
「あぁ、動作は何度も確認した。間違いなく録画してきたよ」
現在、春樹の部屋のパソコンでは寮の共有廊下の様子が録画されている。事件を起こすのは夜中の予定ではあるが、事件の時だけ撮影していても、誰がどこにいるか分からないので、長時間の録画が必要なのである。
「そう、ならいいわ」
しばらくして午後七時頃になると、シャーリーが三人分の料理を作ってくれた。
アイはパクパクと出されたオムライスを口に頬張っている。
「ふむ……今日の料理は五十点ね」
そしてゴクリと飲み込むとそんな感想を述べた。
「そ、そう」
そう言われてシャーリーは苦笑いだ。
「……五十点て、百点満点でか?」
「えぇ」
「普通においしいですよ先生。こんな奴の評価なんて真に受けなくていいです」
「あ、ありがとう春樹君」
そこからもまだまだ夜中になるまで時間はあり、なぜだか三人でトランプをしながら時間を潰す事になった。
春樹はアイのカードを取りながらふと我に返る。一体自分は何をしているのだろう。ロベルに感染させようと目論み、妹を誘拐しそして監禁し続けている相手と呑気に遊ぶなど。
なぜかアイはやたらと運がなく、連戦連敗を重ねていった。すると何だかアイは激しい苛立ちを覚えたようだった。
「な、何よこんなカードくらいでムキになっちゃって!」
アイは余ったカードを机の上に叩きつける。
「……ムキになってるのはどっちだよ」
「ふん、もういいわよこんなくだらないゲーム。あんたら二人やればいいじゃない」
アイはそっぽ向いてベッドに横になってしまった。
「自分からやろうと言っておいて、何なんだ……」
仕方ないので、本当に春樹はシャーリーと二人でカードをする事にした。
時間は過ぎていき、ついに時刻は午前一時手前になった。計画の開始時刻のはずだ。
そしてその時には、アイはベッドの上で仰向けになってすやすやと眠っていた。
二人はその姿をベッド前に立って見下ろす。
「寝てるわね……」
寝息の感じからして、寝たふりとかではなさそうだ。
「まったく……これから事件を起こすっていうのに緊張感のない奴だ」
しかもその首謀者はアイだというのに。
「やっぱり、小春さんは毎日十二時前に寝てるから、その生活が体に染みついているのかも」
春樹はシャーリーのその言葉に違和感を覚えた。小春が寝てる?
「えっと……先生、もしかして、普段アイは小春のまま寝てたんですか?」
「え? えぇまぁ。確かに考えてみればアイさんの寝てるとこは初めて見たかも」
春樹はその言葉に唖然とした。
「ちょ、ちょっと先生! なんでそういう事教えてくれないんですか」
そしてアイを起こさないよう、小声でシャーリーを咎めた。
「え……ご、ごめんなさい」
それから春樹は、念には念をという事で、アイに話を聞かれないようベランダに出て二人で話をする事にした。十月の夜ともなれば少し肌寒いものである。
「で、先生、毎日小春は僕と電話したあと、アイに憑依される事なくそのまま次の日の朝目覚めるまで寝ていたんですね?」
「え、えぇそうよ。毎朝目覚めた時、いつも小春さんだったわ。でもそれが重要な事なの?」
春樹は手すりに肘をつき、顔を半分隠して、思い起こす。
「……最初から何かおかしいとは思ってたんです。アイが僕と小春のために毎日電話する時間を作るなんて……きっとそれは、優しさとかじゃなく、小春になったまま寝るためのアリバイ作りだったのではないでしょうか」
「アリバイ作り……? そ、そうなの?」
シャーリーはあごを抑え、眉をひそめ「うーん」と考え込む。
「つまり……アイさんは、憑依したままじゃ寝る事が出来ないってことかな」
「……何を言ってるんですか先生、今アイは現に寝てるじゃないですか」
「あ……そっか」
「それに小春は僕達とあのホテルで合うまで、意識がまったくないようでした。つまり、それまでずっと二十四時間アイは小春に憑依したままだったという事です。それまでは毎夜憑依したまま寝ていたのでしょう。それが、この家に来てから、眠る時は小春に戻るようになった」
しかも、こんなごまかしをするという事は、これは春樹達に悟られてはいけないという自覚があるのではないか。
「つまり……どういうことなの? アイさんはなんでわざわざそんな事を……」
春樹はその時、頭の中に一つのアイディアが浮かんだ。
「これは……もしかしたら、アイの本体にたどり着くきっかけになるかもしれませんよ」
「え……」
部屋に戻るとアイはまだ爆睡中であった。
「それにしても、かわいい寝顔ね……世界を混沌に陥れようとしてるなんて考えられない」
「可愛いのは小春ですよ。アイの本体は、たぶん汚らしい顔をしたおっさんです」
「え……な、なんでそんな事が分かるの」
「根拠はないです」
「……っていうか、自分の妹を恥ずかし気もなくかわいいとか言うのね」
「何か問題でも?」
「い、いえ……」
それにしても、計画では午前一時にここを発つつもりが、もう十分程が過ぎてしまっている。
「アイさん、このまま寝かせておけばいいんじゃ……」
すると、シャーリーがそんな事を言い出す。
「そういう訳にもいきませんよ。今日で一人でも神の候補を減らせなければ小春は殺されてしまうんですから」
春樹はアイの肩を掴んで揺らし「おい起きろ」と声を掛ける。だが、起きる気配はない。
「おーきーろーっての」
春樹は、アイの頬を掴んで上に持ち上げてみた。
「いひゃひゃひゃ! にゃにすんのよ!」
アイは跳び起きて、春樹の手を払いのけた。以前から知りたかった事だったが、どうやら痛みは感じるらしい。
「お前の計画だろうが。きちんとしろよ」
アイは自分が寝てしまっていた事に少し驚いた様子で周囲を一瞬見回す。しかし、すぐに冷静を装うようにしてベッドから足を降ろして腕を組んだ。
「ふん、もうそんな時間? 分かってるわよ。さっさと行きましょう」
◇
それから三人はシャーリーの車に乗り込み、十五分ほどで学校敷地の前にまでたどり着いた。
そこは閑静な住宅街。夜中ではあるが、街頭のおかげで十分に視界は確保出来る。
春樹は周囲に誰もいない事を確認するとリュックを抱えて車の外へと出た。
「じゃ、よろしく」
アイはいつもと変わらない様子。
「き、気を付けてね春樹君」
それに比べてシャーリーはこれから死刑台に上がる者を見送るかのようだった。
車から少し離れ、下見で決めていた住宅と住宅の隙間に入ると春樹はリュックを降ろして中から変装グッズを取り出した。黒いマントを羽織って顔にはガスマスクをつける。
これで包丁を持って感染者の前に現れば間違いなくロベルは事件と認識するはず。ロベルはその人物に憑依するはずである。誰かを傷つける必要もない。
そしてそのまま春樹は建物の隙間に居続けて誰かが目の前の道にやってくるのを待った。
今の時刻は午前二時前ではあるが、しばらく待てば誰かしらこの道を通るはずである。そしてその人物が感染者である可能性は三割程度。いずれ感染者はこの場にやってくるはずだ。
そして五分ほど経過すると、最初の通行人が現れた。
「あれはどうだ……?」
春樹はイヤホンをし、携帯電話の通話でアイと繋がったままの状態にある。
『違うわね。感染者じゃないわ』
当然、その人物が感染者かどうかを判断するのはアイだ。アイは数十m離れた位置に停めてあるシャーリーの車から双眼鏡で、通行人の顔に紋章が入っているかどうかを確認している。
ちなみに作戦を立てるときに聞いた話だが、オーラの観測は映像で見る事が出来ず、アイはこうして現地にやってくるしかないらしい。
そのまま待機を続け、数人の非感染者が通過していく。
『来たわ、あれは感染者よ』
そして二十分程が経ったときだった。ついにアイが感染者を発見したようだった。鼓動が高鳴る。春樹は建物の影から顔を出して、その姿を覗き込んだ。すると、なんとそこに現れたのは春樹の見知った男だった。
「え……あれは……」
それは春樹と同じ寮生だったのである。名前は忘れたが、三年生だ。寮には門限というものがあるのに、抜け出してきたのか。私服を来てビニール袋を手に提げている。
『は、春樹君一体どうする。うちの生徒よ』
どうやらシャーリーもそれに気づいたらしかった。ちなみにシャーリーの携帯はスピーカーホン状態にある。
『生徒相手にナイフで追い回すなんてさすがにちょっと気が引けるんだけど……』
「それは……」
『別に誰だっていいじゃない。さっさとやりなさい。こんな夜中に出歩いてるのが悪いのよ』
アイはこちらの事情なんてどうでもいいらしく、そう命令してくる。
「……しかたない。先生、彼で作戦を遂行する事にします」
「そ、そんな……」
「別に彼を刺そうってわけじゃないんです。脅すだけです」
そうだ、正直アイの発言にも納得出来る部分はあった。規則を破ってこんな夜中に出歩いている方が悪いのだ。寮に嘘の届を出してここにいる春樹自身もどうかと思うが。
春樹は建物の影から三年生の前に姿を現した。彼は春樹の姿を見て目を大きく見開いた。
「な、なんだお前?」
ナイフを腰から提げた鞘から引き抜き、マントの外へと出す。
「ひッ!?」
そして春樹はナイフを振り上げたまま、三年生の方へと近づいていった。
「く、来るなぁッ!」
すると三年生は踵を帰して走り去って行ってしまった。
『よし……これであいつはロベルに憑依されるはず!』
そうアイは言う。しかし、しばらく待っても三年生は戻っては来なかった。
春樹はその場でしばらく立ち尽くす。まだ来ない。まだ来ない。
そしてなんとそのまま五分程が経過してしまった。
「……どういう事だ。戻ってこないぞ」
『そうね……随分と憑依に時間が掛かるわね』
「どこかで起こってる別の事件を解決するのに時間が掛かってるって事か。神は同時に一人にしか憑依出来ないんだろ」
『うーん……それにしても五分は……。って!』
「どうした?」
『後ろ! あんたの後ろから憑依者が現れたわ!』
「え……?」
春樹はアイに言われて後ろを振り向いた。
すると確かに、スーツを着た男が春樹に向かって全速力で駆けてきているようだった。
「そっちかよ!?」
『オーラを確認したわ! もう逃げていいわよ! 予定の場所で落ち合いましょう!』
「わ、分かった!」
その場から移動を始めるシャーリーの車。
「神よ……お許しを」
春樹は脇に抱えていた小型の消火器のホースをマントの隙間から出した。そしてレバーを引く。すると、ボシュー! とロベルの憑依者に向かって消火剤がすごい勢いで噴出された。
「む……!?」
ロベルは両手で顔を隠して立ち止まる。どうやら効果はあったようだった。こちらがガスマスクをつけているために有害ガスが発射された可能性を考慮したのだろう。
当たりが白色に包まれると春樹は横道に入っていった。道中で変装グッズを脱ぎ捨てていく。そしてそこからいくつか角を曲がり、反対側の道路へと抜けたのだった。
すまし顔で歩いていると、後方からシャーリーの車がやってきた。そして春樹の横で停車し、春樹は後部座席に乗り込んだ。車はその場から走り出す。
「よくやったわね」
隣に座るアイが横から春樹に声を掛けてきた。
「はぁ……こんなの心臓に悪いぞ……なんとか捕まりはしなかったけど」
春樹は前の座席のシートに頭を当てる。
そして三人はシャーリーの家へと戻って行ったのだった。
その道中春樹は一つ気になる事を一人頭の中で反芻していた。
なぜあの三年生にロベルは憑依しなかったのか。アイは確かに彼を感染者と言ったはずだが。しばらく考えてみたが、その時の春樹には結局分からなかった。
◇
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