第9話 下準備
次の日の日曜、春樹は電車に乗りシャーリーの住まうマンションを訪ねた。女教師の家を一人で尋ねる男子生徒。端から見れば何か問題視されそうな気もする。
「あ、いらっしゃーい」
シャーリーは春樹を少し困った笑顔で出迎えた。
「狭いけど我慢してね」
シャーリーの部屋は三階にあり、間取りは1K。まぁ、一人で暮らす分には十分な広さであろう。三人が入ると少々手狭に感じてしまうが。
ベッドの上にアイは座っていた。昨晩電話した時は小春だったはずだが、目つきを見ただけでそれがアイだと分かってしまう。アイは腕と足を組んでニヤリと笑った。
「よく来たわね春樹、まぁ、ゆっくりしていきなさい」
「こ、ここは私の家だからねー! ちょっと待ってて、今お茶でも出すから」
アイはベッドの上に座ったまま。二人はその前に置かれた円卓の前に座り、これからの事について話し合いが始まった。
「ところであんた、パソコンは持ってるの?」
そう春樹はアイに尋ねられる。
「え? あぁ、ノートパソコンなら寮にあるけど」
「そう。じゃあ問題ないわね」
するとアイはおそらくシャーリーのものであろうノートパソコンを机の上に開いた。画面には監視カメラの販売ページが表示されている。
「軽く調べた結果、監視カメラはデータを常に電波で送信し続けるタイプのものがあるみたいだからそれを使う事にするわ。その電波を春樹の部屋で受信し、その春樹のノートパソコンで録画しておく事にするわ」
そんなものがあるのかと、春樹は感心すると同時に少し恐ろしくなる。監視カメラというよりもこれは隠しカメラではないのか。どうやらACアダプタに偽装するタイプのようだった。
「取り付ける場所は共用廊下が一番いいわね。そこさえ見れれば寮生がどの部屋にいるのか一目瞭然のはず。このカメラはコンセントに差し込んで電力を配給するタイプのものだけれどなんとかなるかしら?」
「まぁ……何とかしてみせるさ」
小春の命が掛かっているのならば、何を言われてもやるしかないだろう。
「そう。女子寮の方はシャーリーがやれば問題ないわよね」
女子寮は男子禁制であり、確かに春樹は入れない。今度はシャーリーに視線が送られる。
「わ、私……普段寮になんて入らないだけどなぁ……」
「……そのくらいなんとでもなるでしょう、先生なんですから」
春樹の言葉に「はい……」と頭を低くするシャーリー。もはや教師としての威厳も何もない。
「あ、あのう、ちなみにこのカメラって私が購入する事になちゃうのかなぁ……」
シャーリーは気まずそうに上目遣いでアイに目を向けて言う。
「……いっとくけど私にはお金なんてないわよ」
「……神と同じ力を持っているのにか」
憑依の能力を使えば、人から金を巻き上げることくらい朝飯前のように思えるが。
「しょうがないでしょ。ロベルの目に触れないためには自由に行動出来ないんだから。一人に感染させたら、その人物を外に出さずに生活させる必要があるのよ。今の小春みたいにね」
なるほど、同じ能力ながらもロベルとアイでは随分条件が違うようだ。
春樹は軽くため息をつくとシャーリーに目を向けた。
「俺が半分負担しますよ。講演でたまにバイト代もらってますからお金はありますので」
「ほ、本当? 助かるなぁ」
シャーリーは肩をなで下ろす。そんなに生活に困窮しているのだろうか。
「じゃあ監視の件はそういう事で話を進めてもらうわ。次に事件を起こす事についてだけど」
「まぁ、それについては昨日話したとおり、一番重要なのは憑依したロベルからいかにして逃げ切るかで……」
そうしてそれからも作戦会議は進んでいった。
そして、会議の最後、アイはとんでもない事を言い始めた。
「……ところで、この作戦で一定の成果が出せなくても小春は殺すわよ」
「は……? な、なんだと」
「そうしないとあんたは出来る限りサボろうとするでしょ? そんな事分かってるんだから」
確かに、あえて失敗するなんて事も考えていたが。
「……一定の成果なんて、そんなあやふやな物一体どうやって判断するんだ」
「まぁ、それは神の候補を一人でも減らす事かしらね? それが最低ラインよ」
春樹はアイを睨み付けたが、だからといってどうにかなるという話でもなかった。
完全にロベルに不利な結果を残さなければ小春は殺されてしまうという事なのか。
◇
そしてそれから四日後、シャーリーの元にネットで注文した隠しカメラが届いたらしい。女子寮と男子寮、各階に取り付けるので合計で六台。結構な金額になってしまった。
そのうち三台を春樹はシャーリーから受け取り、作戦の下準備が始まった。
その日の夜中になると春樹は部屋から共用廊下へと出た。人の姿はない。今がチャンスだ。
廊下の端にあるコンセントへと取り付ける。結構自然だ。監視カメラだとバレることはないだろう。春樹は一階~三階まで同じものを取り付けると自室まで戻った。
受信機をノートパソコンに取り付けて、専用ソフトでその映像を確認してみる。
「うん……ちゃんと映ってるな」
画面には三つのウインドウが開き、各階の廊下の映像が映し出されている。
これからシャーリーがカメラを取り付ければ、女子寮も覗けてしまうのか。なんだか春樹は妙な背徳感に襲われた。
◇
次の日、春樹はバドミントン部の部活が終わったあと、その部室へと向かった。アイ抜きでシャーリーと話し合うためである。
「はぁ……どんどんヤバイ事に足を突っ込んでる気がするわぁ」
シャーリーは額に手を当ててため息をつく。シャーリーは女子寮の共同廊下への監視カメラの取付けを終え、寮の名簿も手に入れたらしかった。
「……しかし、これはまだ下準備にすぎません。本番はこの先ですよ。僕たちは神が憑依するほどの事件を起こさなければならないんですから」
「そうね……神様に捕まらなければいいんだけど」
ロベルに捕まったとしても、アイの事を明かす事は出来ない。おそらくこれまでの事をペラペラと話してしまえば、小春の命はないだろう。捕まればただの犯罪者として扱われることになる。それはそれでマズい事だ。本気でロベルからは逃れる必要がある。
「ところで、アイさんを特定する方法、何か思いついた?」
するとその時、シャーリーがそんな話を始めた。
「そうですね……正直、まだ何もいい案は思いついてません。とりあえず今回はアイのいう通りに事件を起こすしかないでしょうね」
「でも……そんな事したら、神が特定されちゃうんじゃ」
「まぁ、一度や二度やったところで特定される事はありませんよ。その円状には複数の寮生がいる事になるはずなので」
「そっか……」
シャーリーは春樹の言葉に一応納得した様子だった。とはいっても、何かしらの方法を早めに考え付かなければならない事は間違いない。その糸口が早く見つかればいいのだが。
実は何か、アイは自分でも気づかないうちに、何かヒントを残しているかもしれない。
春樹はシャーリーにアイの普段の行動を尋ねてみる事にした。
「ところで先生、アイは普段家で何をしてるんですか?」
「え? うーん、まぁテレビ見たりネットサーフィンしたり、ゲームしたり……」
それはまさしく引きこもりの生活と言えた。春樹にはちょっと考えられないものだ。
「ネットサーフィン……ですか。それって、アイがどんなサイト見てるか履歴とか見れますか。もちろんアイ本人にはバレないように」
「まぁ……それは出来ない事もないかも……」
そして夜、春樹にメールが送られてきた。それはアイのネットの閲覧履歴のリンク集だった。
アイはどうやらゴスロリ系のファッションのサイトを好んで閲覧しているようだった。こんな服装を普段着ているという事なのか。なんだかイメージは合っているが。
そして動画サイトで曲を聞いたり、漫画や小説なども閲覧していた。
それらはどうやらリザリアの国内のコンテンツが多いようであった。
これはアイはリザリアの国民ということなのだろうか。しかし、わざとこんなサイトを見ているという可能性もある。小春の記憶に影響されて見ているだけかもしれない。
今の時点では何とも言えない感じであった。
◇
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