第8話 やってみせる

 寮へと帰宅し、夜になると春樹の携帯にさっそくシャーリーからの電話がかかってきた。


『さ、櫻井くん……』


 シャーリーは何だか思いつめたような声色だった。


「どうかしたんですか。……もしかしてアイが何かやらかしたとか……」


『いえ……そういう訳じゃないけど……』


 まぁ、すでにアイは小春の誘拐という大罪をやらかしてはいるのだが。


『わ、私、さすがにマズいと思って……このままアイさんの言う通りにするなんて』


 完全に流されるままだと思っていたのだが。シャーリーにも思う部分があるらしい。


 その時春樹の耳に通話の向こうから車の通過するような音が聞こえた。


「……今、出先ですか?」


『えぇ……アイさんにアイス買ってこいって言われて……。さすがにこんな事アイさんの前では話せないわよ』


「……そうですね」


 どうやらシャーリーはアイにアゴで使われているらしい。それにしても憑依した状態でもそんな欲求が出てくるのか。


「確かに、とんでもないことに巻き込まれてしまったとは思います。あのアイの言葉を信じるなら、僕達があいつの言いなりになっていれば、いずれ神にたどり着いてしまうでしょう」


 一度事件を起こし、オーラと監視カメラの情報を照らし合わせればそれだけで二十人程度にロベル本体の候補は絞られてしまうかもしれない。次に、また別の場所で事件を起こせば更に女子寮と男子寮のどちらにロベルがいるかくらいは分かってしまうだろう。そこからは学年ごとの移動中にやれば更に三分の一に、そして個人が動いた時にやれば……。やはりあと数回の事件でロベルは完全に特定されてしまいそうである。


『……もし神様が力を失ったらこの世界は無茶苦茶になっちゃうわ。そりゃあ小春さんは春樹君にとって大事な妹だと思うし、私にとっても大事な教え子ではあるんだけど……』


 つまり、シャーリーは小春には悪いが、見捨てたらどうだと打診したいようだ。


 しかし春樹にはその選択肢はなかった。両親を失ってしまってから、春樹にとって小春はそれ以外の全てと天秤に掛けれるほどに大切な存在なのだから。


 ここでシャーリーに暴走させて、小春を窮地に立たせる訳にはいかない。ならば何とかしてシャーリーを説得するしかないだろう。


「先生、小春を見捨てたって、神にアイという敵が存在するという事くらいしか知らせることが出来ません。僕達だってアイの事は何も分からないんですから。たったそれだけのために小春を犠牲にしていいんですか」


『そ、それは……』


「それにそんな事をしてもまたアイは他の人間を使って誰かを脅すだけなんじゃないですか」


『そうかもしれないけど……』


 春樹の言葉にシャーリーは黙り込んでしまった。


「安心してください先生。とは言っても俺はあいつに屈するつもりなんてありませんから」


『え……?』


「神には色々と弱点があるという事を僕達は知ってしまいました。でも、これは逆にいえば、同じ能力者であるアイの弱点を掴んだって事でもあるんですよ」


『ま、まぁ、確かに……』


「僕はこれからアイに協力をするフリをして、その裏ではあいつの本体に近づいていこうと思います。そして最終的にはアイの本体を特定し、神の前に差し出すつもりです」


 そう、それがアイに脅された瞬間から春樹が考え始めた計画、残された希望の道だった。


『そ、そんなこと……出来るの?』


「……やります。やってみせます。ですから先生はそのままアイの世話をしていてください。あんな奴と一緒に暮らすなんて居心地は悪いかもしれませんけど」


 シャーリーはしばらく悩んだようだが、何とか納得した様子だった。


『わ、分かったわ。春樹君がそういうなら……しばらくはこのままでいてみようと思う』


 そして二人は通話を終えた。なんとか説得は出来た。これでシャーリーは極端な行動に移る事はないだろう。


 春樹はそこで一人、コブシを握りしめ、決意をした目で言い放った。


「そうだアイ……調子に乗ってられるのも今の内。気付いた時に追い詰められているのはお前のほうだ……必ずお前の正体を暴き出してやるからな……!」


 ◇


 その日のさらにおそい時間、二十三時半ごろだった。再びシャーリーからの電話が掛かってきた。今度は家の固定電話からだった。


『お兄ちゃん……』


 どうやら電話を掛けてきたのはシャーリーでもアイでもないようだった。


「小春……なのか?」


『寝る前くらいは代わってあげるってアイに言われて』


「え……そう……なのか?」


『うん、一日一回お兄ちゃんと電話していいんだって』


 なんだそれは。春樹は耳を疑った。あの最悪な性格のアイがそんな譲歩をするものだろうか。


『そ、それは良かったな』


 春樹は何だか疑問に思いながらも、小春としばらく話をする事にした。小春を不安にさせないように、なるべく日常的で楽しい話をした。


『ふぁーあ。じゃあ、また明日ねお兄ちゃん』


「あぁ、おやすみ」


 十二時手前には通話を終わらせる。小春は夜に弱く、それ以上は起きていられないのだ。


 それにしても、春樹は小春に色々と安心させる話をさせてやりたかったが、アイにはこの話は筒抜けのはず。春樹がやろうとしている事を伝えることは出来なかった。


 ◇

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