第30話 神の正体

「うッ……」


 ポールは一瞬頭を垂れる。そして顔を上げると迷いない様子でピエロを見上げたのだった。


 するとアイが大声で笑い始めた。


『ははは! 確かに今! ポールの顔にロベルの紋章が浮き出たわ!』


 そしてポールはコースターの支柱をするするとよじ登っていく。そして、レールの上に立つと全力でピエロに向かって駆けだした。先ほどまで、高所の恐怖で震えていた人物とは思えない。そうだ、もうその中身は完全に別人に変わってしまっているのだ。


 ピエロはその姿を見て逃げ出す。しかしさすがの彼もロベルの能力には勝てないようだった。ピエロがジャンプした先には一瞬にしてポールは先回りしていた。


「これで終わりです」


 そしてポールはピエロの背中にタッチし、時限爆弾のカウントをストップさせたのだった。


「う、うぅ……」


 するとピエロ男は絶望した様子でその場に膝をついた。一体彼はこれからアイに何をされてしまうのか。単純にかわいそうな男である。


『さて……と。茶番はこれにて終了ね』


 タッチを終えたポールはコースターからひょいひょいとジャンプして降り、リンファの元まで駆け寄った。


『リンファからポールに感染した。これはもうリンファがロベルという事で間違いない』


「リンファさんが……神様……」


 春樹の隣に立つシャーリーが、呆然とした表情で呟く。


 春樹も目の前の光景が信じられなかった。その正体が信じられないといよりもロベルが一度見捨てたはずのサニャのために正体を明かしてしまった事にやはり違和感を覚えてしまう。本当にロベルはそれで良かったのか。


 だが、どう考えても、やはりアイが言うように、リンファからポールに感染してしまったのならば、リンファがロベルとしか考えられない。春樹はもう目の前の光景を素直に受け止めるしかないのかもしれなかった。


 ならばこれでこの戦いはどうなってしまうのか。


 アイはどんどん今も追い詰められてはいるが、その正体はまだ確定したわけではない。


 それに比べロベルは完全に正体が突き止められ、周囲をアイの感染者に囲まれ、ボディガードと呼べるのはポール一人だけ。これでははっきり言って、ロベルは負けがほとんど確定されたと言っていいのではないか。


『さてと、じゃあそろそろこの戦いに決着をつけましょうか』


 するとアイとの通話が切れてしまった。そして絶望していたピエロがふと何事もないように立ち上がり、コースターから降り、ポールとリンファの元に近づいていった。


「わくわくするわね、こうやって直接対決するのは初めてだわ」


 今まで一言も喋らなかったピエロがいきなりそんな事を言い出す。どうやらアイに憑依されてしまっているらしい。


 ロベルの前で憑依した姿を晒したということは当然アイのオーラがロベルに観測されてしまっているという事になる。これでアイの距離が測定されてしまったのは二回目。アイの候補はかなり絞られてしまったはず。だが、どうやらそれを覚悟で姿を現したという事なのだろう。自分にロベルが辿りついてしまう前にここで決着をつけるつもりなのだ。


「いくわよッ!」


 アイはリンファに向かって風のような速さで走り寄っていった。しかしその前に当然のごとくポールが立ちはだかる。アイとロベル、二人の憑依者同士の戦いが始まったのだ。


「はっ!」


 アイがポールの頭に向かって拳を突き出す。しかしそれをポールは最低限の動きでかわしローキックを放つ。アイはそれをジャンプしてかわすとそのままポールを飛び越えようとした。しかし空中に浮かぶ足をポールは手で掴む。そのままアイはバランスを失い地面に叩きつけられてしまった。


「くッ……!」


 両手を地面につきショックを吸収するアイ。


 そのままポールはアイをリンファの逆側へと投げ飛ばす。アイは空中で一回転したあと、その勢いを反動にするようにして再びポールへと飛びかかる。


 これが感染主同士の戦いなのか。春樹は端から見ていてその動きを目で追うのがやっとであった。もはやそこに手出し出来るわけもない。ただただその光景を前に圧倒されていた。


 しかし、どうやらその戦いはアイの劣勢らしかった。アイの打撃はことごとく外しているように思えるが、ポールの攻撃は時折ダメージが入っている。


 なぜ同じ感染主どうしの戦いで強さに差が出てしまうのか。ポールははっきり言って別に鍛えているわけではなく、ピエロは普段から体を使う仕事をしている。フィジカル的に見ればピエロの方がかなり優勢であるように思えるのだが。


 春樹は思う。それは感染させた人間の数の差だろう。ロベルは何億という人間に自身を感染させ、その経験を読み取っている。その感染させた人間の中には軍人や格闘家だっているだろう。いくらフィジカルに差があったとしても、やはりその経験の差は大きいのだ。


 アイは一瞬のスキを突かれて腹を思い切り蹴とばされてしまった。そのまま後方へ勢いよく吹き飛ばされてしまう。立ち上がる様子はない。まさかこれで勝負はついてしまったのか。


 そう思った時だった。いきなり園内にいた別の感染者がリンファに向けて走り寄っていったのだ。その前にポールが立ちふさがる。そしてまた激しい攻防が始まった。


「こっちはたくさんストックがいるのよ! たった一つの体でいつまで持つのかしら!?」


 そうだ、アイはおそらく戦闘能力に差があるという事は最初から想像がついていたのだろう。ここまで沢山の感染者を周辺に用意していたのはそういう理由もあったのかもしれない。


 いくらロベルが強いとは言っても、確かにポールひとりの体では全員に勝ち抜く事は難しそうだ。これはやはりアイの方が有利と言える。


 どんどんその場に積み上がっていく戦いに敗れたアイの感染者。しかし時折ポールにもダメージが入りだした。これはポールが膝をつくのも時間の問題か。


 しかし、春樹がそう思った時、急にアイが攻撃の手を止めた。


「む……!? あれは……車……!?」


 そんな事を言うが、春樹には周辺を見渡してもそんな車の姿など見えない。どうやらアイは他の感染者の目でそれを目撃しているらしかった。


 しばらくして、春樹の耳に何か走行音ようなものが聞こえてきた。


「まさか……神の私兵なの!?」


 それはセダン型の車でアイの感染者たちにかまうことなく春樹達に向かって突っ込んできた。


 感染者達は叫び声を上げながら左右に道を開けていく。そして車はリンファの前に止まった。


「乗ってください! 神!」


 ロベルの私兵らしい、運転手が窓から顔を出して声を上げる。


 そしてリンファは「えぇ」と返事をしてドアを開け、後部座席へと乗り込んだ。


「ま、待ちなさい!」


 アイはそれを阻止しようとするが、しかしやはりポールがその前へと立ち塞がる。


「くッ……どきなさいよ!」


 しかし簡単にポールが通すわけもなく。結局車はターンして急発進してしまった。

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