第31話 気づき
「う……一体どうなったんだ」
その瞬間、もう不要と判断したのか、ポールの憑依が解けてしまったようだった。
「ふ、ふざけるな! ロベルめ! サニャがどうなってもいいっていうのね!」
アイはサニャの元へと向かい、その体を抱えた。
「えッ!?」
「お、おい!」
そしてアイは春樹の呼びかけにも応じず、ジェットコースターの上まで担いでいってしまったのだった。首根っこを掴んで片腕で空ちゅうに吊るされるサニャ。
「ひ、ひいいい! や、やめて! 助けて! お願い!」
サニャはやっとその時自分が危険な立場にいる事に気付いたようだった。甲高い叫び声を上げている。当然そんな声など聴く耳を持たない様子のアイはポールの方を見下ろして言う。
「聞こえてるんでしょ! 車を止めなさい! さもないとこいつをここから落とすわよ!」
しかし、一向に車は止まる気配はない。スピードを落とさずランドの外に向けて走っていく。
「こ、このぉッ!」
その様子にアイはサニャを持つ腕を振り下ろした。
「いやぁぁぁッ!」
「や、やめろ!」「やめてアイさん!」「やめるんだ!」
皆が叫ぶ。しかし、結局、その手からサニャが振り下ろされることはなかった。
「くそッ!」
アイはサニャを持ち上げて、コースの上に下ろした。そしてレールに拳を叩きつける。
「このまま逃げられれば私は自分の居場所を晒しただけじゃない!」
サニャはぐったりとしてしまっている。どうやら恐怖のあまり意識を失ってしまったようだ。
すると、アイはサニャのポケットをまさぐり始めた。取り出したのは何かの鍵だったようだ。そしてアイはコースの上からランド出口方面に向けて思いっきり投げた。
チリリンとキーホルダーとの衝突音を辺りに響かせ、孤を描きながら飛んでいく鍵。いったいアイは何がしたいのか。
「う……」
次の瞬間アイが憑依していた男が頭を押さえだした。そして遠方でジャンプして鍵をつかみ取った感染者の姿が見えた。その感染者はさらに遠くへ鍵を投げる。
どうやらアイは憑依する者をどんどん切り替えて、鍵を運んでいるらしい。なるほど、確かにその方法ならば、走って運ぶよりもよっぽど早い。そして、あれはおそらくランドの外に停めてあった何かしらの乗物のキーだろう。アイはそれでリンファを追おうとしているのだ。
そして、乗物の音が過ぎ去っていったあと、まるで嵐が去っていったようにその場所に静寂が訪れたのだった。
「これは……一体どうなってしまうの」
シャーリーは呆然と立ち尽くし、リンファが逃げて行った先を見つめた。
「分かりません……今はアイも神もどちらも追い詰められている状況というべきでしょうか」
「そっか……」
「しかし……」
春樹は地面を見てアゴに手を当てて考えた。
「どうかしたの……?」
「いえ……神は自分の正体を晒してまでサニャを救ったはずなのに、今度は簡単に見捨てたなと思いまして……」
「まぁ……それは確かに」
春樹でさえアイはサニャを本当に殺してしまうのではないかと思った。あれは見殺しにしたと言ってもいいだろう。
一体どうなっている。春樹はますます当惑した。サニャを簡単に見捨てたり、命がけで救ったり、なぜこうもロベルは行動に一貫性がないのだろうか。
「でも結局、アイさんはサニャさんを殺さなかった。それでよかったんじゃないかな」
シャーリーはサニャを救うため。コースターに向かって駆けよっていってしまった。
シャーリーはそこで話を終えてしまったようだったが、春樹は思考を止めなかった。
そうだ、ロベルがそんな矛盾した行動を取るとは春樹にはあまり思えなかった。だとしたら無茶苦茶なようで実は何か、これまでのロベルの行動に全て一貫性があるとしたら……?
考えてみると、さっきロベルがサニャを見捨てたのは、言ってしまえばアイの憑依を目撃してから、そのオーラによる距離測定が終わってからだ。つまり、ロベルはサニャなんて最初からどうでもよく、オーラの目撃のためだけに利用した?
しかし、その測定は確かに出来たかもしれないが、ロベルは今そのせいでやるかやられるかのピンチにまで追いやられている。サニャが見捨てる前提のどうでもいい存在ならば、こんな所までそもそもやってくる必要があったのだろうか。最初から見捨てて、じっくりと私兵を使いアイの候補者に感染をさせていけばよかったように思えるのだが。
何だろう。これはつまり、ロベルは余裕ぶってここまで来てしまったが、予想外に失敗して追い詰められているとかそういう事なのだろうか。
いや……。春樹は更に考え直す。ロベルはそんな浅はかな行動に出る存在ではない。
そうだ、思えば前回、ロベルはアイに追い詰められているようで、逆にアイを大きく不利にしてみせた。もしこれがロベルの失敗ではないとしたならば……。
「はッ……!」
その瞬間、春樹の頭に電撃が走った。一つの仮説を思いついてしまったのだ。
「まさか、そんな事が可能だとしたら……。いや、でも……そんな事をしてまで神は……」
◇
そのあと、春樹はとある方法にてその真偽について確かめた。
アイは一瞬春樹の前にいる感染者に憑依してきたが、ぶちキレて、車のカーチェイスに戻ってしまった。
「……やはりそうなのか。これで確定だ。これは神の仕掛けた罠……アイはまたそれにかかろうとしている」
本当にロベルの周到ぶりには驚かされる。春樹がこの事に気付いたのは奇跡と言っていいかもしれない。
春樹は「でも……」とつぶやき、天を仰いだ。
「こんな事が分かったからって、一体なんだっていうんだ……?」
このままではアイはロベルに殺されるだろう。それは時間の問題だ。
なら、アイにこの事を報告する?
しかしそんなこと、許されるわけがない。そんなことをしてしまえば逆にロベルがピンチに追いやられてしまうのだから。
「そうだ……このままでいいはずだ。俺は何もする必要はない。それにアイを神の前に暴く。それが俺のずっと前からの目標だったじゃないか……」
春樹はなにやらぶつぶつと呟きながら遊園地を離れ、崩壊した街並みを彷徨い始めた。
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