第32話 真相
どれ程の距離を歩いたのだろう。春樹は前方に光が灯っている建物がある事に気付いた。
「あれは……」
サンクアールは立ち入りが禁止されているはずなのに。なぜあんな所に光が灯っているのか。
春樹はまるで電灯に集まる虫のようにその光のもとへと進んでいった。
そこは一つの小さな教会だった。聖堂に掲げられている十字架を見て春樹は衝撃を覚えた。
「これは……メイギス教……?」
十字架はメイギス教のシンボルである。ロベル教の聖地だったはずのサンクアールにこんな建物が建てられているなんて。一体これはどういう事なのだろう。メイギス教徒はこんな場所で活動を続けていたという事なのか。
観音開きになっていた正面の扉を開き、春樹はそのまま聖堂内部へと入っていった。
するとその聖堂の奥に一人の髪の白い老人らしき人物の姿があった。両ひざをつき、胸の前で手を合わせて、祈りを捧げている。
その人物に近づいていき、春樹はその人物が見知った人物だと気づき再び衝撃を受けた。
「マルコ司祭……?」
マルコは声で気付いたようで、振り向いて春樹の方を見た。
「春樹君……!? な、なぜこんな場所に」
「そ、それはこちらのセリフです! こんな所で何をしているんですか!」
春樹は教会の奥を見上げる。そこにはメイギス教の主、メイギスの像が掲げられていた。
「メイギス教の神に向かってなぜロベル教の司祭が祈りを捧げているんですか!」
マルコは目を伏せていたが、しばらくすると仕方ないとばかりに口を開いた。
「……春樹君、あなたは私がかつてメイギス教徒だったという事を知ってはいますか」
「えぇ……しかし、ロベルの出現によって改宗したのでしょう? そしてあなたがメイギス教を弾圧していったはずです」
マルコは立ち上がると、春樹の元へと歩みよった。
「そうですね……実はあなたにはこの事をいつか話したいとは思っていました。これは運命か、その時が来てしまったのかもしれませんね。ならば洗いざらい全てを話す事にしましょう。立ち話もなんです、そこに掛けてください」
マルコは礼拝堂内に並ぶ木製の長椅子に目を向けた。二人は横に並んで座ることになった。
「単刀直入に言いましょう。私はロベルに脅されていた……ロベルの傀儡なのです」
「え……」
「ロベルの名が世界にまだ広まっていないころ、ある日突然私の妻が豹変しました。つまり私の妻にロベルは憑依してきたのです。ロベルは自身の能力の解説を終えると私を脅してきました。『この女を殺されたくなければ、私の指示に従え』と」
「そんなことが……」
「それ以降私はロベルにロベル教である事を強いられてきました。しかし心の内では改宗などしてはいなかった。私は最初から、そしてこれから先も永遠にメイギス教徒なのです」
それはこれまで春樹がアイにやられていた事だった。マルコはまさに春樹と同じような状態にあったというわけだ。
「しかし……だとすれば、こんな事を僕に話してしまうというのはやはりマズい事なのではなしですか」
「そうですね……しかし私はそろそろその脅しからも解放されるのです」
「そう、なんですか?」
「はい、実は私の妻はもう病気で先は長くありません。このタイミングで春樹君がここに現れたのは、やはり何かの運命なのかもしれませんね」
「じゃあ、司祭が今までやってきた行動は……」
「ロベルに命令された事をそのまま実行してきただけです」
「そんな……人々にロベル教の正しさを説き、教会に訪れる者を感染させて行った事も」
「はい」
「メイギス教を弾圧していった事も……」
「そうです」
「じゃ、じゃあ先日僕に話してくれた話はどうなんですか。司祭はロベルがこの世界においていかに重要かを説いてくれたじゃありませんか!」
「あぁいう悩み相談が来る事は、ロベルの想定の一つでした。私はロベルが書いた対応マニュアル通りの回答をしただけです」
「マ、マニュアルって、そんな……あれが……」
あれがきっかけで春樹はロベルの重要性を再確認し、アイを追い詰める事を決心したというのに。あれはロベル自身が事務的に用意していた言葉だったというのか。
春樹がその事実に頭を当惑させていると、
「実は……君に話さなくてはならない事はそれだけではないのです。これから先の話は君にとってはとてもショッキングな話かもしれませんが……」
マルコはそんな事を言い出した。
既に春樹はハンマーで殴られたような衝撃を覚えているのに。これ以上何があるというのか。
「私は君に懺悔がしたいのです。私が犯した罪を君に告白したいのです」
「罪……? な、何を言っているんですか」
「私がこれから話すのはこのサンクアールの暴徒化事件に関するお話です」
それは春樹の人生が一変することになった、春樹の親が死に、そして春樹がロベルを信仰する事になった事件だ。しかしそんな話は当事者である春樹は既に知っている事のはずだが。
「あの日、メイギス教徒がサンクアールに進行しました。そして、神の憑依を無効化するウイルスを次々に人々に打ち込んでいきました」
マルコは二人の認識を確かめるように話を進めていく。
「そして、ウイルスを打ち込まれた人間は、何をしても、どんな犯罪を犯しても本当に神が憑依しない事が分かり、メイギス教徒の先導もあって暴徒化し、ロベルに背くことになった。そしてロベルは軍を出動させて、その暴徒達を鎮圧させた。これが今、世間一般に知られているこのサンクアールのエピソードです」
「はい……そうですね」
「しかし、実際のところは違う」
「それは……僕も知っています。あれは暴動の鎮圧というよりも、ウイルスに感染した者の掃討作戦だったんですよね」
マルコは何も言葉を返さない。やはりそれは言いづらい事実だったのだろう。
「しかし……それでも僕はやはり神はやるべき事をやったのかと納得しているんです。その事で家族を殺された人……なんていうのも中にはいるかもしれませんが」
「違いますよ。私が持っている秘密はそんなものではありません」
春樹が言った事実でも知らないものからすれば衝撃の事実のはずだが。これ以上に一体何があるというのか。
「……じゃあ一体何なのですか」
春樹が促すと、マルコは一度肺に空気をため込むようにして言葉を続けた。
「実は……神の憑依を無効化するウイルスなど、存在しなかったのです」
「え……」
春樹は言われた事の意味が一瞬分からず惚けた顔をする。いや分かりたくなんてなかったのかもしれない。春樹の頭が回りだす。存在しなかった? しかしそれはおかしいのではないか。
「で、でもあのウイルスに感染した者は確かに犯罪を犯しても、暴動を起こしても、神に憑依させられる事はなかったはずです! それはウイルスが存在した何よりの証拠なのでは……」
春樹の突っ込みにマルコはかぶりを振って答える。
「それは、ただ単にロベルが何もしなかったというだけのことです。感染者が何か事件を起こしても、神が憑依しなければ、ウイルスが存在しているかのように感じられる。皆にそれを信じ込ませるのは簡単なことだったのです」
ロベルは何か事件が発生しても、それをあえて見逃したというのか。たとえ、人が死傷するような事件であっても。
「まぁ、ロベルが感染する仕組みすら分かっていない今の人類に、そんな都合のいいウイルスを作ることなどそもそも出来はしないのですよ」
「な、なぜ……神はそんなメイギス教の嘘に加担するような真似を……」
「ここまで話せば頭のいいあなたならば分かっても良さそうですが……あなたは本当にこれまで心からロベルを信じてきたのですね」
マルコはふぅとため息をついた後話を続けた。
「そうではありません。神がメイギス教徒の手伝いをしたわけではない。あの事件を起こした存在こそがロベル。実は事件の首謀者であるギノの正体はロベルだったのです」
春樹は自分の中にある固定概念にどんどん亀裂が入っていっている事に自分で気が付いた。
「そしてそれに従ったのはメイギス教徒ではなく、私のようにロベルによって脅された者達でした。いや、実はそもそもこのサンクアールは、平和の象徴のために作られたものではない。元々その暴徒化事件を起こすためだけに作られた都市だったのです」
春樹は席を立つと、マルコに体を向けた状態で数歩後退した。
「な……なんなんですかそれは……。も、もしそんな事が本当だとしたら、神は何のためにそんな事を……こんな大がかりな都市まで作ってそんな大量に人が死ぬ事件を起こして、一体何がしたかったんですか……」
「それは……その事件のあとに何が起こったかを考えれば答えは出ます。あの事件で人々はロベルがこの世からいなくなればどういう状況になるのかを理解しました。そしてそれと同時に、そんなロベルを敵視し、無効化しようとするメイギス教を悪と認定したのです」
確かに、メイギス教はその事件をきっかけに世間のイメージを一変した。
「このサンクアールは、神がいる安全な世界を世界にアピールするための都市ではなく、神がいなくなった時の恐怖を世界に植えつけるための都市だった。最終的に放射性物質をばら撒いたのもロベル。それはこの都市を半永久的に悲惨な状態のまま保存しておくためです」
春樹は動悸の止まらない自身の心臓を押さえつけた。
「そして現在もロベルは自身の正しさ知らしめるためメイギス教を踏み台にしてる。メイギス教徒を名乗るギノという裏の自分にロベル教徒を攻撃させる事によって」
「う、嘘だ……」
「つまり、これはマッチポンプ。全てはロベルの作ったシナリオだったのです」
「嘘だ嘘だ! そんなの嘘に決まっている!」
春樹はぎゅっと目を瞑り、頭を抱えた。
「残念ながら、これがこの世界の事実です。私がずっと心に秘めていたことなのです」
「神は……僕を助けてくれたんじゃなかったんですか……」
「そもそもそんな事件が起こらなければ春樹君は命の危機に瀕することはなかったでしょう。あなたのご両親が殺されることもありませんでした」
春樹は脱力し、その場に膝をついた。そしてしばらくの間、ひび割れた教会の床のコンクリートを見下ろしていた。
まさか親の仇だと思って敵視していたギノが最大の恩人だったはずのロベルだったなんて。
全てをひっくり返された気分だった。価値観を粉々に砕かれた気分だった。
頭の中がグルグルとシャッフルされている。考えも視点さえも定まらない。
「アイ……」
しかし、ふとぽつりと春樹の口からこぼれたのはそんな言葉だった。発言したあとで、春樹は自分が何を言ったのかに気付いた。
「……アイが殺される……」
そして、春樹の頭はアイを基準として、アイを中心として新たな構造に切り替わっていった。視点が再び定まっていく。
「アイ……?」
マルコが首を軽く傾げながら、春樹に尋ねてきた。
「アイは……神と同じ能力を持つもの。神に対抗できる唯一の存在なんです」
「なんと……まさかそのような存在が」
「でもあいつは今、神に……ロベルに殺されかけているんです」
「それは……なんとかする事は出来ないのですか」
「……出来ます」
春樹は顔を上げ、マルコの目を強い目で見つめた。
「僕ならあいつを助けることが出来ます」
そして踏みしめるようにしてその場に立ち上がった。踵を返し、聖堂の外へと目を向ける。
そして足を一歩踏み出そうとしたその時だった。
「待ちなさい」
すると、マルコに春樹は呼び止められてしまった。
「これを……」
そしてマルコは自身の懐をまさぐり、何かを取り出した。
それは鞘に納められた短剣のようだった。マルコは白く輝く刃をチラりと見せてきた。
「それは剣……ですか」
「はい。これはいつかロベルに反旗を翻すという決意のために私が常日頃持ち歩いていたものです。ですが君のような若い世代に托すことにします。出来ればこれでロベルに一矢を報ってやってください」
春樹はその短剣を受け取るとそれを握りしめた。
「……分かりました。受け取っておきます」
教会を出ると、春樹はエターナルランドに向かってガタガタになった道路を走り始めた。
早く、早く戻らなければ。アイは自身のオーラを二度もロベルに見せてしまい、現在その本体の候補はかなり減ってしまっているはず。いつロベルがアイの本体に辿りついてしまっても不思議はない。
◇
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