第29話 ピエロを追え

 そして三人はお互いの顔を伺った。


「一体どうする?」


「……判断するのはやっぱり僕達じゃない。神からの連絡を待とう」


 するとその時、ロベルからリンファに電話が掛かってきたようだった。


『三人とも、ここまで巻き込んでしまい申し訳ありません。確かに、あの男を捕まえる事はなかなか難し事かもしれませんね。しかしながら私の正体にはこの世界の命運が掛かっています。簡単にその正体を明かすわけにはいきません』


「では……一体どうすればいいんですか。今更サニャを見捨てろっていうんですか……」


 クレイがそう不安そうに、そして少し不満そうに口を挟む。


『安心してください。私ももちろんサニャを救いたいとも思っているのです。だからこそ、あなた達に頼みたい。あの男を捕まえてください。難しいとは言いましたが、三人で力を合わせれば、絶対に捕まえられない相手でもないはずです。まだ時間はあります。その先の事を考えるのは、それを試してみてからでも遅くはないはずです』


 通話を終わらせると三人は目を合わせた。


「神の言う通りだ。とりあえず、やるだけの事はやってみよう。みんなで奴を捕まえよう!」


「そうね。そう簡単に悪魔の言いなりになってたまるもんですか!」


 しかし、ポールだけはなぜかあまり乗り気ではなさそうだった。


「どうしたポール」


「いや……僕は高い所が苦手なんだ。でも頑張るよ。世界の命運がかかってるんだもんね」


 そして三人、春樹とシャーリーもジェットコースターの元へと近づいていった。


「おい! お前! 俺達の行動にはサニャの命が! いやそれだけじゃない。この世界の命運が掛かってるんだ! どうか捕まってくれ!」


 柵の前からクレイが上を見上げピエロに呼びかける。しかし何の反応もない。


「ちッ……やっぱりだんまりかよ。ならしょうがねぇ、どうにかして力づくで捕まえんぞ!」


「なら挟み撃ちにしよう。三人ばらけて左右から追い詰めていくんだ」


 ポールの言葉に三人は別の場所からコースの柵内へと入っていった。


 ポ-ルは階段を駆け上がり、正規の搭乗口からレールへと降り立つ。あとの二人は地面に近く、登れそうなところから登っていった。春樹はその様子を心配そうに柵外から見つめる。


 ピエロは複雑にレール同士が絡み合った造形の位置にカエルのような恰好をして座っている。


「ひ、ひいい」


 ポールは乗り口付近でもう根を上げそうになっている。あれではほとんど役に立ちそうにない。とは言っても他の二人ももちろん、その動きはぎこちない。やはりあんな場所で素人がいきなり動き回るなんて無理である。


 そしてそこから十分ほどでリンファとクレイの二人がピエロの座る左右へと位置した。


 ここまでピエロは動いていない。二人は四つん這いのようにしてそこまでやってきたが、クレイがその場に立ち上がった。


「リンファ、ポールは無理そうだ。俺達二人でやるしかねぇ」


「えぇ……そうね」


 言われてリンファも立ち上がる。危険ではあるが立って移動しなければスピードが出せないと判断したのだろう。


「行くぞ!」


 そして二人は一気にピエロに向けてレールの上を走りだしたのだった。


 しかし、二人がピエロの元にたどり着き、その体に手を伸ばした瞬間だった。


「な、なに!」


 ピエロはその場からジャンプした。そして数m離れたレールへと飛び移ったのだった。


 やはりピエロの身体能力は大したものだった。片手だけでレールに捕まっている。


「く、くそ! なんて奴だ」


 ピエロはひょいとレールの上へと登った。リンファがコースを確認する。


「あそこまで行くにはかなり迂回しなきゃならないわ……」


「待て。そんなことして、またたどり着いた瞬間に、飛び移られたらどうするんだ。あいつはまた同じような場所で俺達を待ち構えるに決まっている」


「それは……そうだけど……」


「……俺はここから奴を追うぞ。サニャのため……神のためだ」


「ちょ、ちょっと何言ってるのよ! 無茶に決まってるわ!」


 その姿を見た春樹も「やめろ! 危険だ!」と声を掛ける。あれは訓練された人間だからこそできる芸当のはずだ。


 しかし、クレイは言う事を聞かず、狭いレール上で助走をつける。そして端まで行くと飛び立ったのだった。


 手を伸ばすクレイ。しかしいまいちレールを掴み切れずそのまま下に落ちていってしまった。


「クレイッ!」「あぁッ!」「クレイ君!」


「うわあああああ!」


 クレイは下方にあったレールや柱に体をぶつけながらついには地面に落ちてしまった。


「大丈夫かクレイ!」「クレイくん!」


 春樹とシャーリー、サニャはクレイの元に向かって駆けつけた。


 クレイは落ちた位置で顔をゆがめ、横を向いてうずくまっている。


「うっ……これは」


 どうやら怪我をしてしまったらしい。左足首あたりから出血している。


「わ、私のせいでごめんなさい!」


 サニャはクレイの体に触れながら謝っている。


「な、何、気にすんな。お前のせいじゃねぇし、大した怪我じゃねぇ」


「と、とにかく、血を止めなきゃ。何か包帯の代わりになるものがあれば……」


 シャーリーが手をあたふたとさせながらそんな事を言う。


「……俺のシャツを包帯代わりに使いましょう」


 春樹は中に来ていたシャツを脱いで傷口へと巻き、キツく縛る事にした。


 手当をしてる間、リンファとポールもその場にやってきていた。


「クレイ……」「クレイ君……」


「とりあえず応急処置は終わった。結構な高さから落ちたけど骨とかは大丈夫なのか」


「あ、あぁ。なんとかな……」


 しかしながら、結構血が滲んできている。このまま放置していていいものではないだろう。


「はやく救急車でもここに呼んだ方が……」


 そこでアイから電話が掛かって来た。


『駄目よ。そんな事は私が許さないわ。電話したらサニャの命はないと思いなさい。別にそんな今すぐ死ぬような怪我じゃないでしょ。治療なんてこの件が終わってからでいいじゃない』


 リンファがその言葉に舌打ちをする。


「お、俺の事は大丈夫だ。傷口も抑えてればそのうち血も止まる。そんなことより時間が結構経ってしまった。早くあいつを捕まえてくれ」


 リンファは上にいるピエロを見た。笑顔のメイクで無表情に春樹達の方向を見下ろしている。


「分かったわ……」


 そのあともポールとリンファはコースターの上や下を走り回りピエロを追い続けた。しかし、全然駄目だった。この中で一番運動神経がよく、勇気もあったクレイが行動不能になってしまった今、追い詰めて捕まえる事は現実的な話ではなかった。ポールはまともに動けないために、挟み撃ちにする事すら出来ない。


「はぁ……はぁ……なぁ! もう時間がないわ!」


 残り時間五分となった時、リンファがそう叫んだ。


「もう無理だ……! あんなの、例え僕がまともに動けても追いつけるわけがない……!」


 そう嘆くポールに、リンファは返事を返す事なく、しばらくその場で黙り込んだ。


 そして顔を上げると、その表情は極めて冷静なものに変わっていた。


「……そうですね、もうこの辺りが潮時でしょう」


 そして、リンファはレールの上を歩き、ポールに近づいていった。


「ポール、あなたに托したいものがあります」


「え……何をいっているんだいリンファさん……」


「分かりませんか。神は……ロベルは私なのです」


 衝撃の告白。春樹はその言葉に息を飲んだ。


「そんな……だとしたら、正体をバラせばこの世界がどうなってしまうのか!」


 リンファはポールに微笑みを向けて言う。


「そうですね。しかし、まだこれでも私が負けと決まった訳ではありません。それに、ここで友人を見捨ててしまえば、私自身神を名乗る資格がなくなってしまうように思えるのです」


 そしてリンファは、ポールの元にたどり着いた。


「だから、私の血を受け取っていただけませんか。そうすれば必ず私は貴方の体を使ってサニャを救い出してみせます」


 ポールは絶望するように頭を伏せていたが、かぶりを振り、諦めたように顔を上げた。


「……分かったよ。それに今更僕が何を言ったところで無駄だよな。もうリンファさんは自身が神だと自白してしまってる事だし」


「えぇ、その通りです。ではいきますよ」


「あぁ……僕の体、この世界のため、サニャさんのため、いくらでも自由に使ってくれ」


 リンファは結った髪の隙間から光るものを取り出した。どうやらそれは針のようだった。そしてそれを自身の手のひらに刺して、更にそれをクレイの腕に刺した。

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