第27話 脅し

 その日の放課後、春樹はアイの命令に従い四人を食堂に集めることにした。


「どうしたんだ?」


 皆の顔は引き締まっていた。何となく何が起こっているのか察しているのだろう。


 当然、三人の他にも数人のロベルの感染者がやってきていた。


「みんな……聞いてほしい事がある。実はこういう訳なんだ」


 すると春樹は皆に携帯を向けた。


『ハロー私の声が聞こえてるかしら? 私はサニャでーす。今とある場所にやってきてるの』


 その声はサニャであるが、もちろん中身はサニャではない。アイが憑依しているのである。


「な、なんだと」「まさか……悪魔か」「サニャ……」


 三人がその明らかにサニャではない口調に顔を青くする。すると春樹は軽くため息をついた。


「皆すまないな。アイに協力する事になってしまって。しかし俺としても小春とサニャを人質に取られると、こうするしかないんだ」


「……別にお前のせいってわけじゃねーよ。悪いのは全部その悪魔だ」


 クレイの言葉に他の二人も頷いた。


『さて、どうでもいい話は終わったかしら? さっそく本題に入るわよ』


 三人は息をのんで携帯電話を見つめる。


『あんた達三人にはサニャがいる場所まで来てもらう。さもないとサニャは殺すわ』


「な、なんだと……」


 アイの発言にクレイが一歩、携帯電話へと踏み込んだ。


『ま、本当にやってもらいたいことは、神が自身の身を差し出すことだけど、さすがにそれじゃあいう事なんて聞かないでしょ。だからまずそれだけ。ちなみに、そこにいるロベルの感染者達は連れてこないでね』


 その命令に不満を述べたのはリンファだった。


「……そんなことしたら神は完全に無防備になっちゃうじゃない。それにそれだけっていって、その場にたどり着いたら更に神が不利になる命令を出してくるつもりなんでしょ?」


『ふふ、それはまぁそうだけど。だったら、サニャを死なせておく?』


「くっ……この卑怯者!」


 クレイは拳を握り締めて机を叩いた。


『こんな状態で卑怯も何もないわよ。どっちにするか決めなさい』


 すると三人はお互いの顔に目を向けた。


「どうするの……」


「どうするつったってよぉ……俺はサニャを助けにいきてぇが」


「これは僕達の判断する事じゃないかもしれないね」


 するとその時、クレイの携帯に電話が掛かってきたのだった。クレイはそれに出て、相手が神であると告げた。そして春樹とクレイは机の上に二つの携帯電話を並べて置いたのだった。


『悪魔よ。……分かりました。サニャは私達の友人ですからね。死なせるわけにはいきません。その命令に従うことにしましょう』


 すると三人が安堵の声を上げた。そのうちの一人がロベルなんて信じられない挙動だ。


『しかし、全てを鵜呑みにしてほいほい黙ってついていくわけにはいきません。こちらからも条件があります』


『……何かしら?』


 スピーカーホンとスピーカーホンで会話するなんて、なんだか少し不思議な光景である。


『その場所にたどり着くまで、あなたの感染者を三人に近づけないことです』


『……えぇ、それは構わないわ。車に同乗するのは、春樹とシャーリーだけよ』


「車……? そんな遠くまで俺達三人を連れていくつもりなのか?」


『あんたはクレイ・レッドハート? えぇ、それがこちらの条件よ。シャーリーも春樹も免疫者。私には絶対に感染する事はない。これならいいでしょう?』


「……それは神に判断を任せるが……」


『あと、感染者はこれから向かう場所の中へ入って来ないこと。それが判明しても、やはりサニャは殺す事にするわ』


「ちょっと待て。その中にお前の感染者がいたら俺達は結局無防備じゃねえかよ」


「まぁ……最悪、悪魔の感染者が襲ってきた時は僕達の誰かが神から感染させられればその攻撃は防げるとは思うけどね」とポールが言う。


『そういうことよ。これは別にあんた達が絶対に負ける条件ではないはずよ』


 クレイは不満そうな顔をしていたが、結局ロベルはその条件を飲むことになった。


 ◇


 校門の外に出るとワゴン車が停まっていて、その運転席にはシャーリーの姿があった。ここまで春樹と彼女は話す機会がなかった。一体何と言われてここまでやってきているのだろうか。


 アイに言われて春樹が助手席に乗り、後ろに三人が乗り込む。するとアイは電話を切ってしまった。シャーリーはハンドルを握ると、


「私、大きな車、乗りなれてないのよ……」


 と不穏な発言をもらす。まさかの事故で全滅エンドなんかにならなければいいが。


「それじゃあ出発するわよ」


 シャーリーがアクセルを踏み、車はゆっくりと走りだす。


「で、先生……アイに一体どこへ向かえと言われてるんですか」


「サンクアールよ」


 春樹の質問にシャーリーは答える。その言葉に皆はハッとさせたれたような顔をする。


「サンクアール? なんでそんなところに……」


 春樹もリンファもポールもクレイも、みんなサンクアールの出身である。それを聞いて、過去の地獄の光景が彼等の頭に蘇ったのだろう。


「たぶん人がいないからじゃないかしら。神様の感染者が一人でも現れれば状況はひっくり返されてしまうから……」


「ちょっと待ってください先生」


 そう言って、体を乗り出してきたのはリンファだった。


「あそこはまだ放射線物質が除去されてないから立ち入り禁止になってるんですよ」


「それについては大丈夫……らしいわよ。短期間中に入るだけなら」


「そう……なんですか?」


 春樹もそれは過去に調べたことがあるので知っていた。人間は気にするが、案外動物達はその中で普通に暮らしているのだとか。


 しかし、それにしてもだ。春樹は車に揺られながらロベルの行動に違和感を覚えていた。ロベルは正直ここまでアイの言う通りにならないと思っていたのに、あの条件を飲むなんて。


 なぜそう思ったのか。それは、ロベルは前回サニャを見捨てたからだ。それなのに今回は命がけでサニャを助けようとしている。二つの行動は矛盾しているといえるのではないだろうか。それとも今回アイは確実にサニャを殺すと明言しているから話は別という事なのだろうか。


 ◇

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