第26話 追い詰められたアイ

 その日の夜遅く、春樹は食堂にて現在の神の候補者、リンファ、クレイ、ポールの三人と話し合う事になった。他にもドアや窓の傍には数人の寮生の姿があった。彼らは新たなボディガード役という事らしい。今度は本物の感染者だろう。


「いやぁ、サニャが攫われた時はてっきりお前は悪魔の手先だとおもったぜ」


 クレイは自身の後頭部を押さえながら言う。


 確かに、サニャを拉致して車で走り出した時、クレイは血相を変えて追いかけてきていた。


「だけど、もう神から話は聞いてある。お前はむしろ、こっち側の人間なんだってな」


「あぁ……そうだ」


「そいつぁよかった。俺たちもお前を敵になんか回したくねぇからな」


 春樹の返事にクレイは「がはは」と笑いながら席についた春樹の肩を後ろから叩く。


「ところでお前達は一体どこまで神の事を知っていたんだ? 数年前から偽装をしていたらしいけど」


 春樹のその質問にはポールが答えた。


「あぁ、僕達は個別に神に言われていた。感染者の血を欠かさず毎日顔に塗っておけって、それだけね。その理由が今になってやっと分かったよ」


「そうか……」


 まぁ、それだけ言われても何が何だか分からないだろう。感染主の能力なんて説明がなければ分かりようがないのだから。


「サニャのことは何て言われてたんだ?」


「あぁ、とにかく重要人物だから守れって言われてたよ。その時やっと僕達三人がそれぞれ神の指示を受けていたことを知ったんだ」


 どうやら、それまでは偽装していた者達はお互いにその事を知らなかったらしい。


「それにしてもやっぱり、お前達の中に神がいるって考えたら、なんだか変な感じだな。こうやってタメ口で喋るのが恐れ多いよ」


「それは僕だっておんなじ気分だよ。僕らにも神の正体なんて分からないんだし。でも神はそれを望んでいる。まぁこんな事を話している僕自身が神だったりするのかもしれないけどね」


 ポールは不敵な笑みを春樹に見せた。


「ま、私たちは水面下で別々に行動してはいたけど、最初から神の為に動いてる仲間だったって事ね」


「まぁ、そういう事になるな」


「じゃあ改めて、これからもよろしく」


「あぁ、よろしく」


 対面に座っていたリンファが席を立って手を差し出してきたので、春樹も立ち上がり軽い笑みを浮かべながらその手を掴んだ。何か、どこか心に迷いを感じながらも。


 その時、つけっぱなしにしていた食堂の奥にあるテレビから気になる情報が流れ始めた。


『今日、サンジナ区内において、無差別拉致事件が同時多発的に発生している模様です』


 ポールがそれを観て「さっそく始まっているみたいだよ」とつぶやく。


『しかし、この一連の事件は、針を刺されたあとにすぐに被害者は開放されているという事のようです。被害者の血液検査を行ってみたところ何かの病原体に犯されているという訳でもなく、警察はこの事件が何か宗教的な意味を持つのではと見て捜査を続けています』


「悪魔の感染者に目撃されないところまで、まず私兵を使って連れ込んで神は悪魔の本体候補に感染させていっているって事だろう。これなら神にリスクはない。良かったね春樹君。このままいけば小春ちゃんも命の危機から解放される。世界の平和は保たれるんだ」


「あぁ……そうだな」


 ◇


 その四日後。春樹が教室を移動中の事だった。急に何者かに腕を引き込まれて春樹は階段室の裏側まで引っ張りこまれたのだった。


「小春……いやアイか?」


 アイは今にも爆発しそうな危ない目つきを春樹に向けてきている。


「奴ら三人は本当に偽装されていたみたいね。あれ以来、顔から紋章が消えてしまっている」


「……一体何の用だよ」


「春樹……私を手伝いなさい。これからロベルを特定するわよ」


「お前……この前は顔も見たくないとか言ってたくせに」


「そんなの今はどうだっていい。私には時間がないの……! 小春を殺されたいの!?」


 そして、ポケットからカッターナイフを取り出して小春の首へと当てたのだった。


「くっ……また俺を脅すのか」


「そうよ……。結局こうするしかないのよ。あんたがこれまで私のいう事を聞いてきた理由なんて、ただそれだけなんだから」


「……そうだな」


「さぁ、どうするの。小春が死ぬか、私の言うことを聞くか」


 春樹は肩を落としてため息をついた。


「……分かったよ。だけど、一つ条件がある」


「……何よ」


 春樹は顔を上げると強い視線をアイへと向けた。


「これが最後だ。この一件が終わればもう二度と小春に憑依するな。それだけ約束しろ」


 視線をぶつけ合う二人、しかし先にそれを逸らしたのはアイのほうだった。


「……いいわ。約束してあげる」


「じゃあ早くそのカッターを降ろせ。小春の体に傷がつく」


 するとアイは何とかカッターを小春の首から離したようだった。


「で、どうやるっていうんだよ。もう事件なんか起こしても、神は警戒して簡単には憑依なんかしてこないぞ」


「こうなった以上、もうゴリ押ししかない。サニャを餌に候補者全員をある場所に連れ出す」


「ある場所……?」


「ここ数日で準備は整えたわ。あとは実行に移すだけよ」


 ◇

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