第24話 デート

 次の日、春樹の携帯に小春からメールが届いた。


『午後六時、体育館裏に来てね、大好きなお兄ちゃん』


 語尾にハートがついている。さすがに小春はここまで媚びたメールはよこさない。それは、アイからのようだった。シャーリーからも連絡が来る。どうやら彼女も呼ばれたらしい。


 シャーリーと待ち合わせて指定された場所に行ってみるとアイがその場で待っていた。


「あら、二人とも。仲良く二人で待ち合わせてきたのね。最近はいつもそんな感じなの?」


「え……い、いや、私はアイさんに何言われるか不安だったから一緒に行こうって春樹君にお願いしただけで、別に私達は何の関係も」


「当り前です」


 春樹はどうでもよさそうに真顔でシャーリーの発言を止める。


「今日はお前からの呼び出しか。一体何の用だ」


 春樹はアイを真っすぐに見つめ、いきなりの本題に入った。


「春樹、あんた私の手伝いをしなさい」


「手伝い……?」


「やっぱり、なかなか確実にロベルを仕留められる瞬間っていうのが見つからなくてね。当たり前だけど、顔に紋章があると警戒されるのよ」


「そりゃあそうだ」


「つまり紋章がない人間を利用して近づくしかない。あんたが手伝うのが最適よ」


「……結局、俺達に頼るしかないって事か」


「……何よ。文句でもあるわけ?」


 別にアイに協力したところで、ロベルに対して不利益になる訳ではない。という事を春樹は知っていた。


「別にないさ……それで、一体どうやるんだ」


「あら、随分物分かりがいいのね」


「どうせ俺が何を言おうと、お前は小春の命を脅しの材料に使ってくるんだろ。お前とは話合ったところで無駄だってのはこの前分かったしな」


「……そういうことよ」


 アイは春樹の態度にどこか違和感を覚えているようにも思えたが話を先に進めるようだった。


「じゃあ作戦を説明するわ。あんたにはサニャ・マスカトーレとデートをしてもらう」


 アイは春樹の顔を指差して言う。


「は……?」


 さすがにその発言には春樹は驚かされた。なぜ話がそんな事になってしまうのか。


「あんた、以前、サニャにデートに誘われた事があるでしょ? だったらいけるはずよ」


 するとシャーリーが春樹の顔を見てきた。


「な、なぜそんな事を知っている」


「そんなの生徒達に私を感染させてるからに決まっているでしょ。小春とデートに行くからって断ったんですって? ふふ、あんたのシスコンっぷりには呆れるわね」


「別にそういうわけじゃない……」


 どこからそんな話が広まっていたのか。春樹にはそんな噂が流れているなど初耳であった。


「それにしても神を気取ってはいても、やっぱりメスってことかしらね。まぁあんたに惚れてるっていうのはラッキーだったわ。あんたも神様と相思相愛で良かったじゃない?」


 春樹はそのことについて何も言及しない。


「とにかく、あんたは奴をデートに誘いなさい」


「……仮に、そのデートが成立したとして、そのあとは?」


「そのあとはシャーリーの車でサニャを拉致するわ」


 シャーリーが「えぇっ」と動揺の声を上げる。


「相変わらず無茶苦茶だな……」


 また犯罪行為に手を染めてしまう事になりそうだ。しかし、軽くそれに慣れてしまっている事に春樹は気付き、少し自分が恐ろしくなった。


 ◇


 金曜の夕食の時間。春樹は食堂にサニャの姿を見かけ、そのもとへと近づいていった。


 サニャはリンファとクレイに囲まれるようにして食事をしていた。やはりこの二人はサニャのボディガード役ということか。きっと現在もアイは虎視眈々と周囲にいるはずの感染者からサニャの事を狙っているに違いない。


「サニャ」


 話しかけると三人が春樹に目を向けた。


「え……? 何かな」


 サニャは食事の手を止め返事をした。なんだかキョトンとした顔をしている。


「その……前に俺さ、お前に映画に誘われたけど、断ってしまったじゃん?」


「……う、うん」


「今考えたら悪い事したなって思ってるんだ。だから改めてお前と映画にでも行きたいと思ってさ」


「ほ、ほんと!?」


 その言葉にサニャはパッと顔を明るくさせた。


「で……返事は?」


「う、うん。もちろんいいよ!」


 サニャは手を合わせて満面の笑みを向ける。


「じゃあ、いつが暇だ?」


「私はいつでもいいけど……」


「ってことは明日でも?」


「あー……でも、」


 しかしサニャは同じ机に座るリンファとクレイに目を向けた。


「えっと、二人はどうかな」


 サニャは春樹が個人的に誘ったというのに、二人にそんな事を尋ねだす。ここで全員がやってきてしまっては駄目だ。デートに誘う意味がなくなってしまう。


「あぁ、いや、俺はサニャと二人で行きたいんだけど」


 春樹は二人が答える前に、そう釘を刺した。


「え……そ、そっか」


 少し顔を紅潮させるサニャ。それは完全に乙女の顔だった。


「ちょ、ちょっと春樹」


 その時、リンファが少し狼狽した様子で席を立ち、声を掛けてきた。


「なんだ?」


「あーいやぁー……サニャを一人にさせるわけにはいかないかなー……なんて」


 リンファは目をそらして頭の後ろを手で書きながら言う。


「いやお前、この前は俺の事を非難してたじゃないか。女心が分かってない、なんて言って」


 春樹は至極当然ともいえる言葉をリンファに返す。


「それはぁ……そうなんだけど」


 するとリンファは声量が急に小さくなっていってしまった。ごにょごにょと何か呟いている。


「えーっとだな春樹」


 今度はクレイが席を立った。


「サニャにはまだ恋愛は早すぎるんだ!」


 そしてそんな事を胸を張っていう。


「……お前はサニャの父親か何かなのか?」


「い、いや、そういう訳じゃないが……」


「だったらなんでお前が止めるんだ。まさか、お前は俺の恋のライバルなのか?」


「いや、そういうわけでもなくてだな……」


 二人とも言っていることが無理やりすぎる。もっとマシな言葉は思いつかないのだろうか。


「二人とも、春樹君なら別に問題ないよ」


 するとサニャが二人に対してそんな事を言い始めた。


「そ、そうか……? まぁ、お前が言うならいいけどよぉ」


 サニャは春樹を全面的に信頼している様子。こうして二人のデートは決まったのだった。


 ◇

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