第16話 こんな生活がずっと続けばいいのにな

 次の週、春樹達は無人島へとやって来た。小島ではあるが、ゴムボートをわざわざ購入してこんなところまでやってきたのだった。


 そこは周囲を高い崖に囲まれた砂浜であり、周囲からの目は届かなかった。


 十月も半ばで、海の中に入る事は出来ないが、二対一でビーチバレーをやる事になった。


「行くわよ!」


 バレーだというのにアイは遥か高くジャンプし、オーバーヘッドキックをボールへと決める。


「ぎゃッ!」


 一瞬にしてそれは春樹の顔面に到達した。春樹は後方に吹き飛び天を仰いで倒れる。


 その様子を見たシャーリーは「ひっ」と怯えた声を上げる。次は自分にそれが向かってくるかもしれないのだ。


「あははは! 何やってるの春樹」


 春樹は目尻に涙を溜め顔面を抑えながら起き上がる。アイはその場で腹を抱えて笑っていた。


「お前……こっちは普通の人間なんだぞ。少しは手加減しろ!」


「手加減なんかしたら、この体のストレスは減らないのよ。一体何のためにこんなところまでやってきてると思っているの? かわいい妹のためでしょ我慢しなさい」


「くっ……まったく……」


 春樹は何だかんだ文句を垂れながらも言われた通りバレーを続けた。


 そして夕方になると三人はそこから引きあげ車でシャーリーの家まで向かった。


「体中が痛いわ……」


 シャーリーが運転しながらそんな愚痴を唱える。春樹は何とかボールを避けることもあったが、シャーリーはそのほとんどを食らってしまい、いたる所にあざが出来ていた。まるで暴力を受けたようである。実際そうだと言っていいかもしれない。


 後部座席を見ると、アイは疲れたのか寝ていた。春樹はやれやれと溜息をつく。


「ねぇ……今ってアイさんはアイさんのまま寝てるわよね……」


 信号で止まったとき、シャーリーはそんな事を小声で言い始めた。


「確かに……でも、睡眠薬、今日は持ってきてないんです。それに今さら飲ませる事は出来ません。今あの作戦をやるのは無理そうです」


「そっか……」


 ◇


 その十日後の水曜日。最近春樹の教室ではとある話題で持ち切りだった。


「二日目はどこを周る?」


「うーん、まぁセギラルタワーとアーゼニア大聖堂は鉄板だよなぁ」


 春樹の質問にガイドブックをめくりながら答えるクレイ。


 春樹達二年生は来週の月曜日から修学旅行に向かうのだ。


「あとニーガススタジアムとイバス・レントも行きてぇな!」


「いや、その二つは結構離れてるぞ」


 旅行先は春樹たちが住まうマジカンナより東に五百キロほど離れた場所にあるトキンという、リザリア国の首都である。基本的にはバスで回るツアーなのだが、日によってはグループごとに自由時間が設けられていて、その時どこを回るかという話し合いが進められているのだった。


 五日間の旅。春樹は過去、トキンに旅行に行ったことはあったが、それは幼少期の話で土地勘なんかはほとんどないのだった。


 ちなみにクレイ、春樹のいるグループのメンバーは六人。全員男である。


 ポールも同じクラスなのだが、違うグループとなってしまった。


「よぉし! てめーら! この旅行は最高の思い出にしてやんぞぉ!」


 無駄に気合いの入ったクレイ。他の春樹を含めた五人は中途半端に「お、おう」と追従する。


 ◇


 次の日曜、シャーリーと春樹は田舎の山奥の山道を歩いていた。もちろん小春の体のストレス解消のためである。もう最初の事件から一ヶ月程度になるが、アイはいまだに新たな事件を起こそうとは言ってこなかった。


 その肝心の小春の体に憑依したアイはというと、現在針葉樹の上を猿のように飛び回って随分先に行ってしまっている。もはや普通の人間にはついていくことは不可能だ。


 木々の隙間から空を見上げると、トンビが優雅に飛びながら鳴いていた。


「はぁ……十月ももう終わりだけど、なんだか今日はいい日よりねぇ」


「そうですね」


「……ねぇ春樹君。今日は睡眠薬、持ってきてるの」


「そうですね」


「そう……それって使えそうなタイミングあったら使う気?」


「そうですね」


「そう……でも私、最近ちょっと思うんだけど……こんな生活がずっと続けばいいのになって。春樹君もそうは思わない?」


「そうですね……って!」


 なんだかこの田舎の空気感に春樹は意識がボーッとしていたが、その言葉で目が覚めた。首をシャーリーの方へと向ける。


「いやいやいや! 何を言ってるんですか先生。小春は今自分の人生が送れてない状態にあるんですよ。大切な時間が、あいつに奪われて言ってるんです。それに神にあいつは自身を感染させようとしてる……このままでいい訳ないじゃないですか」


「そ、そっか……」


「まったく……しっかりしてくださいよ」


「はい……」


 シャーリーは春樹の言葉に身を縮ませ頭を垂れた。


「そういえば明日から修学旅行ね」


 しかし、案外その回復は早かった。


「えぇ、あいつを五日も家に一人にしておくのは不安ですけど……」


 シャーリーは春樹のクラスの担任であるために当然、旅行の引率者として一緒に出向くのだ。


「まぁ、仕方ないわ。色々不安はあるけれど、せっかくの旅行なんだから楽しみましょう。君にとっては一生に一度しかない修学旅行なのよ」


「まぁ……それもそうですね」


 ◇


 そして次の日の月曜日、ついに修学旅行当日がやってきた。


 集合場所は学校ではなく直接空港に集まる事になっていた。


 春樹は朝早くからクレイやポール達と共に電車で空港へと向かった。


 ちなみにこの旅行、二年生全体だとその数が多過ぎるためにA班とB班に分かれる事になる。二つの班はそれぞれ別の空港に降り立ち、コースを逆に回るのだった。


 そしてマジカンナにある主要空港、ガデン空港へとたどり着いた。A班もほとんど同じ時刻の出発のため、同じ場所の少し離れた位置に集まっていた。


 B班の中にはリンファや、サニャの姿もあった。


 そして生徒の点呼が終わると、ぞろぞろと列を作って検査場を通過し、飛行機に乗り込み、春樹達はマジカンナを発ったのだった。


「ヒュー!」


 春樹の隣の席はクレイである。窓際の席を取ってなんだか興奮しているようだった。パシャパシャと携帯で外の様子を撮影している。


 ◇

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