嫉妬と強襲
結局何を買うかは決め切れなかった。やっぱり確証がとれるように侑紀先輩に直接聞いた方がいいかもしれない。今回はどうせプレゼントできないんだから、聞くのはちょっと気が引けるけど。
ノベルアドベンチャーはなんとかクリアして、次は部室にあったアクションゲームに手を出している。侑紀先輩はアクションが全然ダメで、ステージクリアにはほど遠い感じだった。
「むー」
また穴に落っこちてゲームオーバー。それを見ながら頬を膨らませる侑紀先輩に少し違和感を覚える。
「なんか先輩、不機嫌ですか?」
「んー、そんなことないよー」
「俺、なんかしました?」
「んー、別にー」
そんなに口を尖らせて言っていたら鈍感な俺にもすぐにわかってしまう。さっきからステージがまったく進んでないけど、それが原因ではなさそうだ。
「昨日、どこ行ってたの?」
「昨日ですか? 池袋にフラっと出かけたくらいですけど」
「一人で?」
「はい。ゲーセン行ったりアニメショップ行ったり」
特に変なことはしなかった。でも侑紀先輩へのプレゼントを探していたんだから、それを直接言うのもなぁ。
侑紀先輩は俺の言葉を半信半疑って感じで品定めするように俺の顔をじっと見ている。ちょっと恥ずかしいんだけど、侑紀先輩の顔もほんのりと赤くなっているような気がする。
「女の子と二人でいたっていう証言があるのですが」
「なんで急にそんな口調なんですか」
「それについてシゲくん容疑者の言い訳は?」
もしかして嫉妬してる? 侑紀先輩が? こんなことは初めてだった。そのくらい俺のことが気になっているということ。少しずつ上げてきた好感度がただの効果音じゃなくて、態度に現れている。
「なんでちょっとにやけてるの? アタシ怒ってるよ?」
「やっぱり怒ってるんじゃないですか。それはあのタイツーの店員さんですよ。買い物の途中で会ったのでちょっと話したんですよ」
「あぁ、あのかわいい子」
侑紀先輩の顔が少し緩む。知っている人だったから少し安心したらしい。今少しピンチのはずなのに、俺は心の中では嬉しくてしかたがなかった。侑紀先輩が俺のこと気にしてくれてるのがわかる。
「そんな話どこから聞いてきたんですか?」
「んー、なんか急に連絡来たと思ったら、浅尾がそんなこと言ってた」
少し落ち着いてきた侑紀先輩は膨れていた頬も小さくなっている。浅尾先輩、俺の粗探しもしてるのか。ケンカをふっかけさせてきたくらいだし、仲間はたくさんいるんだろう。
「別に浮気なんかしてませんよ」
「そ、そうだよ。ゲームサークルはアタシたち二人で守っていくんだから」
今まで見た中で一番顔を赤くした侑紀先輩に、顔がにやついていないか心配になってくる。じっと俺の顔を見つめたままの侑紀先輩は自分のコントローラーを俺に押しつけた。
「あー、なんかシゲくんにペース握られてるみたいでムカついてきた。ここクリアしてくれるまで許さない」
「いや、ここ結構難しいんですけど」
「文句言わない。クリアするまで帰るのも禁止!」
怒っている侑紀先輩をなだめつつ、俺は画面に向かう。こっちの方も攻略が難しそうだ。
先輩の視線に動揺しながら二回のコンティニューでなんとかゴールまでたどりつく頃には侑紀先輩の機嫌はすっかり元に戻っていた。
「思ったより早くクリアしちゃったなぁ。もうちょっとペナルティつけなきゃ」
「手段と目的が逆転してませんか?」
「そんなことないし。あ、たまにはシゲくんがご飯おごるのはどう? 宝くじ当たったんでしょ?」
「いや、買っただけで当たってないですよ」
侑紀先輩は俺の袖を控えめに引っ張りながら悪そうな顔を浮かべている。そのくらいなら別にいいか。バイトだって十分にやっている。
部室を出ると、もう夕食にちょうどいい暗さだ。少し奮発してもいいけど、俺を引っ張る侑紀先輩の足はファミレスを目指しているようだった。ペナルティと言いながらやっぱり先輩は優しい。デザートくらいは勧めてみることにしよう。
夕飯を終えて侑紀先輩と別れて一人になると、狙っていたかのように電話が鳴った。バイト先からかと思ったが、知らない番号だ。
「今日も楽しそうだったね。こっちは片手で断られたっていうのに」
「浅尾先輩ですか。顔が広いですね」
大学内にあんまりいない俺の友人から聞き出したんだろうか。
「君はいつも僕を苛立たせるね。だからこっちもキミが一番嫌がりそうなことをすることにしたよ。明日を楽しみにしているといい」
それだけ言うと、一方的に電話が切られる。いったい何の話だ? 今俺が一番嫌がりそうなことといえば、侑紀先輩を奪われること。でもそんなことは簡単に出来はしないはずだ。何度も繰り返して、ここまで来た。気持ちは近づいている。
「よくわからないし、帰るか」
一歩を踏み出して、足が止まった。もう一つ大切にしているものはある。結果として侑紀先輩に繋がっている大切な場所が。
体はもう走り始めていた。いろんな場面で走らされたおかげでこういうときの反応は早かった。大学の門を抜けてサークル棟に向かう。部室の鍵はサークルメンバーなら誰でも簡単に合鍵を作ってもらえる。
部室はもう荒らされていた。棚が倒されてゲームソフトが床に散らばっている。その上を土足のままで踏み歩いているヤツらを押し飛ばすように部室に入ると、俺はテレビに繋がったままのチャイコンに覆いかぶさる。
「なんだ、こいつ」
「関係ねえ。やっちまえ」
背中に三人分の衝撃が走る。他のソフトには悪いと思う。それでもこいつさえ守ればリセットしてやり直すことができる。守ってやることができるはずだ。
踏みつけられた衝撃で肺から空気が逃げていく。それでもすぐにリセットボタンを押さなかったのは、俺一人だけ逃げ出すのは悪いと思ったからだった。
「こんなもんでいいだろ。このバカ動かねえし」
「秀二も面倒なこと頼むよな。女回してくれるからいいけどさ」
飽きたようにヤツらは部室から出ていくと、ひどく荒らされた部室に俺だけが残された。
「リセットだ。絶対許さねえ」
あいつらからこの部室を守るのもルート追加だ。この状況を見て侑紀先輩が傷つかないわけがない。それになにより、俺自身が許してやるつもりなんてない。
「おつかれ、大変だったねー」
「お前こそ大丈夫か? 一応あれがお前の本体なんだろ?」
「成彰くんが守ってくれたからねー。俺っち結構頑丈に作られてんのよ」
画面に映った四五郎はいつも通りのへらへらとした顔を浮かべている。その表情からは痛みは見えない。そもそも自称神様がケガをするのかもわからない。
「ありがとねー。他のヤツらもきっとわかってくれるよ」
「あの部室は絶対守ってやる。次はないから安心しろ」
「頼りにしちゃうよ。はい、よろしくぅ」
変わらない軽口に少しだけ強い意志を感じる。想いは同じようだ。俺は次のルートをいくつも考えながら、チャイコンのリセットボタンを押した。
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