Loop1 長い坂道を駆け下りろ!

神様はチャラおじ

「おっすおっす。いつも遊んでくれてどうもどうも」


 落ちていった先は真っ暗な部屋だった。周囲が見えないからどれほどの広さかもわからない。ただ一台の古いブラウン管テレビとそこに繋がれたチャイコンがあるだけだった。そして画面には金髪のチャラ男が俺の大嫌いな軽い口調で手を挙げていた。


「誰だよ。ここから出せ」


「まま、そう焦んないで。ヘーキヘーキ。ヘーキだから」


「全然安心できない」


 いらだちを隠さない俺の顔が見えているのかいないのか、チャラ男は薄ら笑いを浮かべたまま、冗談めかして手を振っているばかりだった。


「なんでだよ。ずっと一緒に遊んでたじゃんかよぉ、宮崎成彰みやざきしげあきくん」


「あんたとは初対面のはずなんだが」


「何言っちゃってんのよ。ほら、これこれ」


 そう言って画面越しに自分の下側を指差す。そこにはついさっきまで遊んでいたチャイコンが置かれている。よく見ると、右のコントローラの隅に小さなキズがついている。部室にあるものと同じだった。


「これ俺。信じる? 信じちゃう? 大切にされて魂宿っちゃってさ。付喪神つくもがみって言うやつ? らしいんだけど。ちょーっと恩返しとかしちゃおっかなーって」


「ろくに来ないのに他の部員に影響されたようなしゃべりかたやめろよ」


「まま、気にしないでよ。俺っち天道四五郎てんとうしごろうね。はい、ヨロシクぅ」


「キャラの割に古臭い名前だな」


「うっせぇ、気にしてんだよ。言うな!」


 なんか急にキレられた。だからこういう軽薄なやつは嫌いなんだ。画面上の四五郎は一通り文句を言った後、また元の薄ら笑いを浮かべて俺の後ろを指差した。


「それ、プレゼント」


「なんだ、これ。小さいチャイコン?」


 振り返った先にはさっきまでなかったはずのチャイコンが足元に置かれていた。こっちは手のひらに収まるような小さなもので、ちょうど最近発売されたチャイコンの復刻版に似ていた。


「それのリセットボタン押すと最初に戻れるから」


「どういうことだよ?」


「もう一回告白したい、でしょ? 誰かにとられる前に。俺っちそういうのには敏感だからさー。願い叶えてあげちゃおっかなーって」


「誰もそんなこと頼んでないだろ」


「まま、そう言わないで。もう一回サークル入った日からやり直して、告白して、彼女作って、パパパっとやって、終わり。はい、ハッピーエンド」


 そう簡単にいくような話じゃないだろ。四五郎は簡単そうに言ってくれるが、チャラ男と違って俺は善良なオタク青年だぞ。


「あ、俺っち超優しいから? 好感度上がったり下がったりしたら音出してあげるから。攻略法は自分で調べて。はい、ヨロシクぅ」


「何度もフラれながら最短ルートを探せ、って? 最悪のゲームだな」


「何言ってんの。クソゲーRTAするためにつまんないゲームの調査やってたヤツなら余裕余裕」


「何で知ってるんだよ!」


「俺っち、一応神様だし? ま、一回やってみてよ。はーい、よーいスタート」


 テレビの画面が消える。それと同時にブラックアウトした視界がもやもやと別の形を作っていく。やっとはっきりした視界は思い出したくもない新入生歓迎会の飲み会の席だった。


「飲んでるかー、新人くん?」


「あぁ、はい。ありがとうございます」


 余裕のある笑みを作って答えを返すと、少しひるんだ先輩がすぐに笑顔を作って顔を逸らした。陰キャのオタクだと思ってたんだから当たり前だ。二回目なら俺だって堂々と答えられる。


「そういえば侑紀先輩を狙ってるのって誰なんだろう?」


「ん? なんだよ、新人。侑紀ちゃん狙いだったのか?」


「え、いや、その」


「隠すなよ。ネクラそうな顔して意外とヤル気あんのな。見直したぜ」


 隣で飲んでいる先輩に絡まれる。ここでしか会っていないから名前も覚えていない。


「侑紀ちゃん狙ってるって言ったらやっぱり秀二だろうな。ほら、あそこにいる」


 座っているテーブルの奥に見えるもう一つのテーブルで女の子をすでに両手に抱えているいけ好かない男がいる。


 見ただけで拒否反応が起こるくらい俺とは真逆の存在。痛いくらいの金髪のくせにそれが妙に似合っていて、自信ありげな雰囲気と当然の権利のように女の子の肩を抱いているのが腹立たしい。


「結構前からいろいろやってるみたいだけどさっぱりらしいぜ。ああ見えて侑紀ちゃんってガード固いらしいからな」


 そのガードを四か月かけて崩したってわけだ。敵ながらイケメンの女にかける情熱は褒めたたえたくなる。でも絶対に負けてはやらない。


 その後もビールを飲む振りをしながらいろいろと情報を聞き出した。フルネームは浅尾秀二あさおしゅうじ。侑紀先輩と同じ二年の文学部。趣味はサッカーでゲームに関してはほとんどやらないらしい。確かに侑紀先輩と好みは合わなさそうだ。


「つまりその浅尾ってやつより先に告白して成功すればゲームクリアってわけだ」


 飲み会をうまくこなし、二次会を体よく断って店を出た俺はかなりの手ごたえを感じていた。


「クソゲーだって続けてればクリアできるんだよ」


 俺の気合とは真逆に不快な音がチャイコンミニから鳴る。好感度が変わったってことなんだろうけど、今の音はどう考えたって下がった方だ。


「なんでだよ。何もしてないだろ」


「チャラ男が嫌いな女の子がこんなサークルの飲み会を楽しんでるヤツを好きになるわけないっしょ。もうちょっと頭使おうよー」


 四五郎の声が夜の街に響く。でもその声が聞こえているのは俺だけみたいだった。


「今回は情報収集。本番はこれからだ」


 気に障る物言いの四五郎に言い訳をして、俺はチャイコンミニに手をかける。


「リセット!」


 ゲーム画面が一瞬で消えるように、周囲の世界がブラックアウトした。すぐにあの真っ暗な部屋に戻ってくる。いるのは画面に映った四五郎だけだ。ここはゲームで言うとデバッグルームみたいなもんか。


「ちょっとちょっと。真面目にやってる?」


「リセットはし放題なんだろ? だったらまずは調査して一番いいタイムのルートを決めていくんだよ。攻略チャート書くからメモとらせてくれ」


「わがままだねー。ま、いいや。はいよ」


 小さなちゃぶ台が現れて、その上にメモが置いてある。ちゃぶ台もメモも古臭い感じがする。


「手書きのメモ用紙って、デジタル画面の癖にアナログだな」


「しょうがねえだろー。俺っち、一九八三年生まれだぜ?」


「じじいじゃん。そんなチャラい顔して」


 画面の中で四五郎の顔が青ざめて笑いが消えている。すぐに元のへらへらとした顔に戻ったけど、そのリアクションのどこに神様要素があるんだか。


「そういう人の心を考えないこと言ってるとモテないって」


「悪かったよ。ふっかつのじゅもんも最近はスマホで写真撮れば一発だからなぁ」


「まったく現代っ子はこれだから困っちゃうよ」


 その顔に言われるとなんか無性に腹が立つな。チャイコンなんて理不尽ゲーばっかりだったからある意味で正解かもしれない。


「じゃ、二周目行ってくるか」


「おう、いってら。はーい、よーいスタート」


「それ毎回言うのかよ」


 真っ暗な部屋のチャイコンのリセットボタンを押す。また飲み会の席に戻ってきた俺は、ビールを飲む振りをして、うつむきがちの顔で一芝居を始めた。

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