ご褒美CGはここですか?
放課後、部室に向かおうとすると、一年生ばかりの一般教養棟に見覚えのある金髪の頭が見えた。
「あぁ、やっぱりこの授業だったか」
「あれ、浅尾先輩?」
「この授業は教授の採点が厳しめだから受講生が少ないだろう」
「興味のある分野だったんで」
何度も繰り返していて忘れそうになるけど、今回のルートでは浅尾先輩と話すのは初めてだ。でもゲーセンではたぶん後ろをつけてきていたし、昨夜に不良っぽいヤツらをけしかけてきたのもこの浅尾先輩のはずだ。
「俺に何か用事ですか? 侑紀先輩なら部室にいると思いますけど」
「いや、今日は君に会いたかったんだ。どんな男なのか知りたくなってね」
「俺はそっちのケはありませんよ」
俺がおどけて言うと、浅尾先輩はやっぱり苦々しい顔で眉間に深いしわを作った。やっぱり嫌味を言われるのは嫌いらしい。
「まぁいいさ。サークル活動を頑張ってくれてるみたいだけど、何か困ったことはないかい?」
よくもそんなことが笑顔で言えたもんだ。今一番俺を困らせているのは浅尾先輩だっていうのに。顔は少しも崩れた様子はなく、まさに後輩を思いやる優しい先輩そのものだった。俺は足を止めないまま部室に向かうと、浅尾先輩は隣を同じ速さで歩いてついてくる。
「まだ大学に慣れないところはありますけど、なんとかやっていけてますよ」
「恋の方も順調かな?」
「さぁ、どうでしょうね?」
これはおどけたわけじゃなく本音だった。侑紀先輩を追いかければ追いかけるほど妙なトラブルが舞い込んでくる。このまま最後まで走り抜けられるか。自信をもって答えられるほど俺は万能じゃない。
「僕と女の子を争おうだなんて男がいるなんて思ってもみなかったよ」
「別に浅尾先輩が狙ってるから横取りしようとしてるわけじゃないですよ」
「それでもさ。僕に勝ち目があると思う男はそう多くない。ただ誤解しないでもらいたいね。僕は妨害しかできないわけじゃない。正攻法でも君に後れはとらないつもりだ。覚えておくことだね」
言いたいことだけ言うと、浅尾先輩はただ行き先が違うと言うように何も言わずに分かれ道で俺の隣から離れていった。
「イケメンが焦るくらいには順調ってことだな」
脅されてやめるくらいならとっくの昔に投げ出している。ケガの痛みも先輩に嫌われる痛みも何度となく乗り越えてきたつもりだ。
部室に行くと、いつものように侑紀先輩が待っていた。浅尾先輩がいるんじゃないかとちょっと警戒していたけど、どうやら来なかったらしい。
「お、来た来た。さ、そろそろクリアが見えてきたんだからがんばろ」
「通常クリアですけどね。隠しシナリオもありますし」
「これが終わったら次も買わないとね」
「まだちょっと気が早いですよ」
まだまだこのゲームは続きがある。でも楽しそうな侑紀先輩に冷や水をかける理由はない。それにまた一緒に出かける口実にもなる。
部室にはたくさんのレトロゲームが積み上げられた棚が二つ。それから引き出しにもいくらか入っている。
「どうせならここにないやつを探したいですね」
「次はどんなのにする? そろそろホラーゲームとかいいかもねー」
「俺は平気ですけど、侑紀先輩は大丈夫なんですか?」
「ちぇっ、シゲくんは怖いの大丈夫だったか」
悔しそうに侑紀先輩はかわいい舌打ちを返した。ビビってる姿が見たかったって言うならその期待には沿えない。ちょうど今の俺は妖怪よりも不思議な経験をしている真っ最中だから。
「じゃあ今度は中野にでも行ってみる?」
「あそこもいろいろありますからね」
「それじゃ今度の休みにねー」
するすると計画が決まっていく。誘ってくれるのはいつも侑紀先輩の方からだ。それだけ俺に好意を持ってくれているってことなんだろうけど、自分から言えないところはちょっと不甲斐なくも感じてしまう。
「まずはこのゲームをクリアしないとですけどね」
「積みゲー増やすといろいろ困るからねー」
ゲーム熱が上がったおかげでなんとか通常クリアまではこぎつけた。ザッピングを繰り返しながらトゥルーエンドまで主人公たちを導いているのを見ていると、今自分がやっているリセットによる繰り返しと同じように感じられた。
「このゲームは神ゲーなのになぁ」
大きな事件を追う警察官からただのフリーターまでゲーム内で描かれる人物の立場は様々だ。それでも全員にドラマがあり、主役でありながら誰かの脇役として複雑に絡み合っている。
俺の人生にも同じようにヒロインがいてライバルがいて助けてくれる人がいる。それなのにどうして俺の人生はクソゲーだと思えるんだろうか。
「ホントに神ゲーだよね。次もメジャーな作品でもマイナーな作品でも評価の高そうなの買いにいこうか」
「そうですね。名作はやっておくに限りますよ」
ネットでレビューを調べながら、いくつかのタイトルをピックアップしていく。プレイヤーが多いだけに賛否両論あるのは当然だけど、それだけ話題になって誰もがプレイしたってことは名作である可能性は高い。
「これは結構おもしろそうじゃない?」
「それはそのへんの棚にありませんでしたっけ?」
「あ、これもアタシ好みのシステムっぽそう」
「これは部室にハードがないですね」
ネットのレビューサイトを見ながら他愛のない話でゲームを選んでいく。侑紀先輩は直感でゲームを選んでいるみたいで、できるかどうかは二の次らしい。
「もー、シゲくんさっきからそればっかりじゃん」
「しょうがないですよ。先輩ってゲームの知識、意外と少ないですよね」
「んー、できるやつはやるけど特別あんまり考えたことないかも。家のゲームも兄貴のやつそのままやってただけだしね」
侑紀先輩のゲーム好きはお兄さんの影響らしい。子どもの頃はアクションゲームが全然クリアできなくて見ているだけだったけど、今はこうしてシミュレーションやノベルアドベンチャーをやっている。
「うちの兄貴はもうゲームやらなくなっちゃったけどね。やっぱり昔からそうしてたから、誰かのプレイを見たり、一緒に話しながらやったりするのは好きかな」
「それでゲームサークルに入ったんですか?」
「そうそう。そうしたらだーれもやってないんだもん。やめたくてもやめられないし」
ゲームサークル存続のために毎年一人は犠牲者としてゲームをやるメンバーが存在する。俺と同じように侑紀先輩も飲みとコンパばかりのこのサークルのためにここでゲームをやっていたらしい。
「先輩もいたんだけど、アタシが入ったら逃げちゃってね。かなり強引に入れられたみたいだから当たり前だけど」
「下手に絡んでくるわけじゃないなら平和なんですけどね」
「今は二人いるからじゃないかな?」
「二人いても逃げ出す人はいると思いますけどね」
俺も先輩がいなくなったらもう部室には近寄らなくなるかもしれない。浅尾先輩と付き合うと聞いたときはもう逃げようと思ったくらいだ。
「シゲくんは逃げないでよ。アタシ一人じゃこのゲームクリアできないから」
「もちろんですよ」
俺が侑紀先輩から逃げ出すわけがない。追いかけて追いかけてようやくここまで来たんだ。いまさら逃げ出すわけがない。また出かける約束を取りつけて、積みゲーが増えないように目の前のゲームに戻った。
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