Loop7 乱数固定法を探せ!
オススメの装備に着替えますか?→はい
アパートの自分の部屋に戻ってくると、玄関の鍵が開いているのに気がついた。一瞬空き巣でも入ったのかと思ったけど、勝手に入ってくる可能性のある人物の顔を思い出して、ドアを開けた。
「純、いるのか?」
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「部屋にいても鍵はかけておけよ。不用心だぞ」
「はーい」
返事はしているけど、純の視線はゲームの映るモニターに釘付けだ。俺の話なんて半分も聞いていない。
純は俺の妹で地元の千葉の高校に通っている。俺の影響なのかかなりのゲーム好きでときどきこうして俺の部屋にゲームをやりに来ている。ついでに部屋の掃除と夕食の準備をやっていってくれるできた妹だ。
「なんでわざわざ俺の部屋まで来るんだよ」
「だってお兄ちゃんがゲーム機を家から持って行っちゃったんだもん」
「別に最新の携帯機は家に置いてあるだろ」
俺がこのアパートに持ってきたのはスーパーチャイコンに
「私がやりたくなったのがここにあるんだからしょうがないじゃん」
「とにかく来るなとは言ってないから。気をつけろよ」
別に今までも何度も部屋に入ってきている形跡はあった。部屋がきれいになって食事が作ってあればすぐわかる。でも俺が帰ってくる頃にはいつもいなかった。ループが始まる前からそうだったんだから、今日部屋にいるのは何かあるってことだ。
「お兄ちゃんさぁ、彼女できた?」
「な、ごほっ! 急に何言ってんだよ」
うがいをしていた水をギリギリで洗面台に吐き出した。口元を拭いて純の顔を見ると、ニヤニヤと下世話な笑顔を浮かべていた。
「だっておかしくない?」
「何もおかしいことなんてないだろ」
「だって今使ってるマグカップ。お兄ちゃんってそんなキャラものの使わないでしょ」
すっかり慣れてしまっていて気がつかなかった。イベントでお互いにプレゼントしてから、俺はずっとイキリクマ先輩のマグカップを使っている。もちろんキャラが気に入ったわけじゃなくて侑紀先輩からもらったからだ。
「彼女と『お揃いのマグカップ買おうよー』『じゃあアタシがこれをプレゼントするから、シゲくんはこれをアタシに買って』とか言われたんでしょ?」
「それは純の妄想だろ」
それなのに結構当たっているのが腹立たしい。
「えー、絶対そのくらいのことがなきゃお兄ちゃんがそんなの使わないって。ゲームのキャラならまだわかるけど」
「ゲームのならわかるのかよ」
「お兄ちゃんってグッズは飾るより使うタイプだもん」
だてに十年以上も一緒に住んでいたわけじゃない。純は俺のことをよく知っている。そんなことを確認するためにゲームしながら待ってたのか。
「うーん。まぁ最低限清潔感はあるし、お兄ちゃんそこまで顔は悪くないはずだからね。あ、髪はちゃんと切ってね」
「そんなもんでいいのか?」
「おー? やっぱり彼女いるんじゃん。もしくは片想い? プレゼントするくらいだから脈アリなんだよね?」
純はコントローラーを投げて、ホラーゲームのクリーチャーみたいに四つ足でどたばたと俺の足元に走ってくる。しまった、今のは釣りだったかと思ってももう遅い。嬉々とした表情で俺の驚いた顔を今にも襲いかかろうかというように這い寄ってくる。
「ねえ、次のデートはいつ?」
「え? 次の日曜の予定だけど」
「じゃあすぐじゃん。よし、買い物行こう。服、服買いに行くよ」
「今から?」
「東京なんだからまだどこも開いてるでしょ。ほら早く早く」
純に引きずられるように激安の服屋に連れていかれた。
「流行りものに似たデザインの服は絶対こういうところでも売ってるから。お金をかけなくても流行りの色合いなんかだけ取り入れればいいの」
「そういうもんか?」
「どうせお金あったらゲーム買うんでしょ」
「まぁ、欲しいものはたくさんあるからな」
純に言われた通りの服を買って、組み合わせまで指定されてしまった。どう違うのかはまったくわからなかったが、とりあえず三セット買ってもらったからこれで三回までは悩まなくて済む。
「あ、このセットが一番だから。決めにいくときにはこれ着てね」
「違いがよくわからないんだが」
「じゃあなんか袋に入れて別にしておいといて」
純の力説に反論できるはずもない。俺は服についての知識なんて少しもないんだから。純に言われた通り、服を組み合わせごとに紙袋に入れて、侑紀先輩と出かける日を待った。
「デートって言うと急に恥ずかしくなるな」
できる限り考えないことにしよう、そう思えば思うほど意識は逆に傾いていった。
待ち合わせは駅じゃなくて部室だった。最後に目的にするゲームの順位を決めるらしい。部費も無限ってわけじゃないし、買ったゲームを積むわけにもいかない。選び抜いた一本にするつもりらしい。
天気はあいにくの雨だった。どしゃ降りというほどじゃないけど、一人で出かけるだけなら日を改めようかと考えていただろう。でも侑紀先輩とのデートを先送りにできるはずもない。雨だろうが槍だろうが強行する。
「ま、正確にはデートじゃないんだけどな」
純に言われたとおりに上下の組み合わせを間違えないように袖を通した。いつもよりはちょっとくらいマシに見えるだろうか。
「お、今日はシゲくんが先だったね」
「いや、ちょうどついたところだったので」
時間に厳しい先輩は自分についても例外じゃない。今日は予定より十五分早く着いておいたんだけどギリギリだった。これで先輩がさらに早く来るようになったらどうしようか。
「うーん、なんかいつもと雰囲気違う?」
「あぁ、やっぱりわかりますか? 妹が遊びに来て服を選んでくれたんですよ」
「仲いいんだ。似合ってると思うよ」
そういう侑紀先輩はボーダーのティーシャツに裾の広い八分丈のパンツルック。キャップをかぶって、足元も幅の広いスニーカーをはいている。いつもよりもラフな印象だった。
「アタシはちょっと手抜きなんだけどね」
「いえ、似合ってると思いますよ」
「シゲくんの前では必死にごまかさなくてもいいかなって。ファッションとか実は詳しくないんだよね」
そう言って恥ずかしそうに笑った侑紀先輩はバツが悪そうに頬を掻いている。
「そうですか? 大学の子と比べても流行とかちゃんと追ってそうだな、って思ってたんですけど」
「いい、シゲくん。世の中にはマネキン買いとかネットでコーディネート済みセット買いという強ーい味方がいるんだよ」
「そういうもんですか」
「服とか見ても全部同じに見えちゃうんだもん。それにお金あったらもっとカリンちゃんに貢いでるし」
「その気持ちはよくわかります」
欲しいゲームなんていくらでもある。残りを数えなきゃいけないバイト代は基本的にそっちに回したいのが本音だった。
傘をさして並んで歩くと、いつもより少し距離が遠くなる。傘の大きさ分だけスペースが広くなるのは当たり前なのに、いつもより小さく見える先輩の顔が不安にさせる。
地下鉄の駅に到着して、傘を畳んだらすぐにいつもの距離に戻った。この近すぎず遠すぎない距離に安心する。でも目標はあくまでももう一歩近くに行くことだ。
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