Loop6 最短逃走ルートを探し出せ!

夜の街の刺客

 あれから侑紀先輩との距離はかなり近づいたように思う。部室に行けばだいたい顔を合わせてゲームをするし、時間があえばゲーセンに行ったりキャラクターショップやゲームのイベントに参加するようになった。


 授業とバイトはちゃんと出ているけど、それ以外の時間のほとんどを侑紀先輩のために使っている。恋を成就させるっていうのは向こうから勝手に転がってくるものじゃなくて努力で手繰り寄せるものなんだ、と思い知らされる。


「おつかれさまでした」


 バイトを終えて着替えをすませた後、事務所に顔を出した。もう社員と支配人が残務処理をしているだけで、バイトは俺が最後みたいだ。


「おつかれさま。宮崎くんが選んでくれたゲーム。インカムもいいよ。長く置きたいね」


「そうですか。よかったです」


「今度昇給を考えておくよ。知識のある人はいてくれると助かるからね」


「そう言ってもらえると助かります」


 侑紀先輩と出かけるようになってからいろいろとお金がかかるようになった。毎回食事だっておごってもらうわけにはいかない。目の前でクレジットを湯水のように入れていく侑紀先輩を見ていると不安になるくらいだ。


「何か入用なのかな? っと、こんなことを聞いたらパワハラになっちゃうな」


「まぁ、ちょっと」


 言葉を濁して事務所を出た。こういうときも浅尾先輩みたいな男なら堂々と女の子をオトすのに金がいる、なんて言ってしまうんだろうか。


 店を出ると、当然だけど辺りは真っ暗だった。それでも街中のゲーセンがあるような場所なら街灯も等間隔に並んでいて、夜と言ってもかなり明るかった。


「どっかで稼ぎを入れないとな」


 RTAでは稼ぎというのは定番だ。経験値やお金を効率よく手に入れられる場所やイベントを探して必要な分を一気に稼ぐというものだ。


 女の子と遊ぶっていうのは思った以上にお金がかかる。侑紀先輩の場合は一緒にやるゲームのクレジット代がほとんどなんだけど。最終的には告白するときのプレゼントの一つくらいは考えておきたい。


 バイト先までの移動手段は歩きだ。田舎と違って東京は歩道に人が歩いているし、車も道路を埋め尽くすほどに走っている。自転車での移動は面倒が多くて使っていない。


 夜の街は、歩いているとなんだか自分が大人になったような錯覚が起こる。子どもの頃はおとなしく寝ているようにと怒られた時間に、堂々と歩いていることが妙に心を高ぶらせる。


「って言っても明日は二限からだからな。早く帰って寝るか」


 ふいに背中に感じた違和感に振り返った。侑紀先輩を追いかけ始めてからトラブル続きで敏感になっていたんだろう。振り返った視界に振り下ろされた拳をまごつきながらもなんとか腕でガードしていた。


 鈍い痛みが両腕に走る。


 中学高校のときでもカーストは最下層だったけど、殴られたことはなかった。酔っぱらいが手当たり次第に絡んできたのかと思った。夜でも街灯に照らされて明るい街に浮かぶ顔は俺と同じ大学生くらいの男だった。


「んだよ。クソザコのオタクだって聞いてたのによ」


「別にそんなに変わりゃしねえよ。おら、黙ってついてこい」


 どうやら狙いは俺で間違いないらしい。これでも静かに波風立てずに生きてきたつもりだったんだけどな。


 なんにせよ、言われた通りついていったところでいい結果が待っていないことは間違いなかった。


 そうとわかれば黙ってついていってやる義理なんてあるわけもない。まだ痺れる腕を振って、俺は一目散に夜の街を駆けだした。


 追っ手はどんどん増えてきた。どこか人目につかない場所に連れ込んで一方的に殴り続けるつもりだったんだろう。遅い足を必死に前に進めながら後ろを振り返る。十人以上はいる気がする。


「いったいなんなんだよ。恨みを買うようなことはしてないつもりだったんだけど」


 通行人の間を縫うように走る。俺が必死で逃げているのに誰も関わろうとはしなかった。街の中は無関心で包まれている。トラブルに巻き込まれたくないという自己防衛本能が俺を意識の外に追い出してしまうのだ。


「クソがっ。手間かけさせやがって」


 背中にタックルを受けてアスファルトの上に叩きつけられた。


「誰の差し金だ!」


「んだよ、このオタク。誰に言ってんだよ」


 押さえつけられて馬乗りになった相手から左頬に拳が飛んでくる。こんなもん大したことない。何度カートから落ちて全身を削られて、工事現場の穴から落ちて床に叩きつけられたと思ってんだ。


「お前だよ。金が目的じゃないんだろ」


「お前が調子乗ってるのが悪いんだよ!」


 今度は右頬に鈍い痛みが走る。


「侑紀先輩のことか?」


「わかってんじゃねえかよ」


「それだけ聞ければ十分だ」


 ポケットに手を入れてチャイコンミニのリセットボタンを押す。暗転した視界がいつものデバッグルームに変わり、頬の痛みが一瞬でひいた。少し驚いた表情の四五郎の顔が見える。


「へぇ、やるじゃない」


「なんだよ。嫌味か?」


「いや、殴られたら泣きながらすぐにここに戻ってくるかと俺っち思ってた」


 四五郎の声は本気で驚いている。だからこそよけいにムカつく。今までの俺を見ても、そんなやわなヤツだと思われてたのか。


「んで、これからどーすんの? 返り討ちにする?」


「そんなこといきなりできるわけないだろ。俺は善良な一般人だ」


「ま、そーだろね」


「神様なんだからすげえチート能力とか授けてくれてもいいぞ」


「俺っちもう時間巻き戻すすげー能力あげてんだけどね」


 そういえばそうだったな。あんまり威厳がないから忘れていた。ケンカは気合と根性とハッタリだとどこかのマンガで聞いたこともある。繰り返していればいつかは勝ち目が出てくるかもしれない。


「いや、ケンカしたら絶対侑紀先輩が怒るだろうな」


「あの子はそーいうの嫌いそうだねぇ」


 それにリセットする前に殴った男がこの襲撃が侑紀先輩絡みだって言っていた。ってことは仕向けた犯人は浅尾先輩ってことになる。つまりこのイベント自体を回避する方法はない。


「逆に言えば侑紀先輩の好感度はだいぶ上がってるってことだもんな」


「なんか自信つけてきちゃったねぇ」


「いつまでも同じことの繰り返しは辛いからな」


 いったい何度死にそうな経験をしてきたと思ってるんだ。嫌でも神経が太くなってくる。


「夜って言っても人通りはあるし、信号だって無視して渡れるほど車は少なくない。ルートを構築して全員撒いてやる」


「ほーほー、んじゃ頑張って。よーいスタート」


「ま、待ってくれ。ちょっと休憩を」


 言うが早いか俺の視界が暗転する。あの野郎、次戻ってきたときは覚えとけよ。

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