両方やらなくちゃならないってのがクソゲー

「ほら、はやくはやく!」


「そんなことしてると転びますよ」


「だーいじょーぶ。急がないとなくなっちゃうよ」


 だからなくならない、と言いたいけどリセットしているのは俺だけだ。先輩の反応は毎回それほど変わることはない。


 バッグのキーホルダーはちゃんとついている。リングが緩んでいるような様子もない。まぁあれだけ動き回ってればいつ外れてもおかしくはないか。


 イコーナエスペルトの筐体は五階建てのフロアの最上階。そこまではエレベーターで上がる。バッグにはやっぱりキーホルダーがついている。


「ねぇ、ねぇ。シゲくん?」


「え、あ、なんですか?」


「なんか今日ぼーっとしてない? あんまり興味ない?」


「そういうわけじゃないんですけど」


「ふーん」


 好感度が下がった音が聞こえる。つまらないと思われてしまったか。露骨にテンションの下がった侑紀先輩はさっきまでのはしゃぎようが人が変わったように落ち着いてしまった。


 まっすぐ筐体に向かうと黙ってクレジットを入れてゲームを始める。久しぶりだって今にも画面にキスしそうだった先輩とは別人みたいだ。


「もしかして、拗ねてます?」


「べっつにー。他に気になるのがあるならやってきてもいいよ」


「拗ねてるじゃないですか」


 子どもっぽいことは知っていたしそこもかわいいとは思うんだけど、今は困るな。テンションが下がったおかげでキーホルダーは落としていない。でも好感度が下がっちゃ本末転倒だ。


「とりあえず様子を見るか」


 いろいろ言っていてもゲーム自体はおもしろいみたいで、俺のことなんて忘れたようにゲームに集中している。キーホルダーを落とさなかったから、浅尾先輩は接触しないんだな。周りを見回して探してみる。うまく隠れているのか、あの目立つ金髪はここからは見えなかった。


 ゲームを終えても侑紀先輩の機嫌は治らなかった。本人はしきりに気にしてない、って言うものだから鈍い俺でもわかってしまう。ある意味わかりやすくて助かる。


 ゲーセンを出たところで、待ち伏せていたらしい浅尾先輩が偶然を装って現れた。


「やぁ、久しぶりだね。サークル活動頑張ってるみたいじゃないか」


「浅尾こそゲーセンにいるなんて明日は嵐が来ちゃうじゃん」


「ひどい言われようだな」


 爽やかな笑いを浮かべながら、浅尾先輩は嫌味にも臆することはない。よほど自分に自信があるんだろう。羨ましい話だ。


「あー、そうだ。ご飯行こうと思うんだけど、一緒に行く?」


「いいのか?」


「先輩なんだから後輩に会ったからには奢らないとダメでしょ」


「そういうことか。サークル活動を頑張ってくれてるしね」


 同じように浅尾先輩と一緒に昼食を食べる流れになった。この流れは基本的に変わ

らない。ただ今回は違うことがあった。侑紀先輩から誘ったのだ。


「俺への当てつけ、かなぁ?」


 前を行く侑紀先輩に聞こえないように溜息まじりに漏らす。でも悪いことじゃない。機嫌が悪いってことは裏を返せば、俺とゲームすることを楽しんでるってことだもんな。ここまでのルートは間違ってないはずだ。


「とにかく浅尾先輩と一緒にならない方法を探してみるか」


 先輩を怒らせずにキーホルダーを落とさせない。両方を守れる方法だ。


 これが思った以上に難しかった。キーホルダーに注目していると侑紀先輩が不機嫌になるし、話しているといつの間にかなくなっている。二つのことを同時にやれるほど器用じゃない。


 何度繰り返してもどちらか一方が手落ちになる。侑紀先輩に怒られるか、浅尾先輩のドヤ顔にイライラさせられるか。何度も繰り返していると嫌になってくる。クソゲーの人生に攻略サイトはない。自分で攻略法を探すしかない。そのための繰り返しだ。


「うーん、どうしようか」


「どうしたの? 何か悩みごと?」


「あー、いやその」


 早くも少し不機嫌な顔。今回も失敗の文字が頭をよぎる。やっぱり一人で二つのことを同時にやるのは無理がある。普段からやってることならまだしも、片方は女の子のご機嫌をとる、っていう俺が今までやってこなかったことなんだから。


「そのバッグについてるキーホルダー。この間のやつですよね?」


「うん。お気に入りなんだ」


「なんかさっきから落ちそうで危なっかしくて」


「そうかなぁ? うーん、言われてみると金具が緩んでる気がする」


 侑紀先輩はそう言うとバッグからキーホルダーを外して、中にしまい込んだ。


「いいんですか?」


「そりゃつけなきゃ意味はないけど、落としたらもっと困るしね。今日はイコーナエスペルトの気分だけど、イカリクマちゃんも好きだからね」


「でもアタシも気付かなかったのにそんなにじっと見てるなんて、やっぱりキーホルダー欲しかったの?」


「そういうわけじゃないんですけど、なんか気になって」


 うやむやに答えた俺を、侑紀先輩は欲しがっていると勘違いしたみたいだった。同じものが好きだと言われて嫌がる人は少ない。少し不機嫌そうだった顔も晴れやかに変わっていた。


「なんだ言えばよかったのか」


「そりゃそうだよ。教えてくれてありがと」


 一人で攻略することばかりを考えて、侑紀先輩のことをすっかり脇に置いてしまっていた。人生はクソゲーだけど、このクソゲーはマルチプレイヤーゲームだ。周りにいるのは全員敵ってわけじゃない。侑紀先輩を含め、こうして頼めば協力してくれる人だっているのだ。


 その後はイコーナエスペルトを楽しむ先輩を堪能してから、お昼ご飯を奢ってもらう話になってゲーセンを出た。


「楽しかったー。いつまで置かれるの?」


「そのへんは社員さんが決めるんで、わからないですよ。人気があれば長く置かれると思いますけど」


「じゃあ毎日通わないとね」


「宿命の交差点はどうします?」


「そっちも毎日やる!」


 アーケードに終わりはないし、部室のゲームもクリアはまだ遠い。これは忙しくなりそうだ。


 昼食はやっぱりリーズナブルな牛丼チェーンだった。デートじゃないわけだし、先輩がおごるって言ってるんだから安い方が気分も楽でいい。


「何て言うのかな、ゲーセンの後って牛丼食べたくなるよね」


「ちょっとわかる気がします」


「やっぱりエネルギー使ってるからかな」


「そりゃあれだけ騒げば疲れますよ」


 トレーニングを恐ろしい精度でこなし、オーディションに受かったらガッツポーズ、ライブ中は声を上げて興奮して終わったら拍手。見ているこっちまで疲れてきそうになるほどのテンションだった。


「なんかいいなぁ、こういうの」


「牛丼卵のせがですか?」


「いやいや、牛丼なんて男の子と食べるものじゃない、みたいなことネットとかで言われるから」


「あぁ、よく聞きますね。ファミレスはダメだとか車は軽自動車じゃダメだとか」


 モテるためのテクニックみたいな記事はネットを少し調べればいくらでも転がっている。読むたびに自分には面倒だとか無理だとかという言い訳が頭の中に並ぶばかりだ。


「別に難しいこと考えていいカッコしなくても一緒にゲームやってるだけで楽しいと思うんだけどなぁ」


「でも先輩は外見もちゃんと気を遣ってるじゃないですか」


「さすがに周りから浮くのはちょっと怖いかな」


「男よりそういうのは大変そうですね」


 大学のキャンパスを歩いていてもまったく同じじゃないかっていう髪色と服の女の子を見る。流行りを追いかけるのと同時に、みんなと同じであることで一種の自己防衛をしている。


 でも俺としてはこうして隣で口元を脂でテカらせながら牛丼を食べてくれている方が気楽でいい。それは侑紀先輩も同じなのかもしれないな。


「俺でよければいつでもお供しますよ」


「本当!? 毎日一緒にゲーセン行く? っていうかマネージャーデビューしよ」


「いや、それはさすがに」


 まだ俺の肩にもたれかかりながらマネージャーデビューを勧めてくる先輩をうまくあしらいつつ、俺は牛丼を口に入れる。彼女ができるってもっと人生が反転するような大事件だと思っていたけど、意外と実際はこんなものなのかもしれない。


「じゃあ今度はどこに付き合ってもらおうかなぁ」


 楽しそうに次の予定を考える侑紀先輩の横顔を見ていると、好感度が上がった音が鳴り続けていることにようやく気がついた。

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