イケメンは引換券という風潮

 朝に侑紀先輩と合流すると、確かにバッグにはキーホルダーがついていた。今日ゲーセンで落としたのはやっぱり間違いない。合流してからの侑紀先輩はテンションゲージが振り切りっぱなし。この興奮度なら落としたのに気付かなくてもおかしくない。


「ほら、シゲくん。早く行かなきゃまた行列に並ぶことになるよ」


「今日はたぶん大丈夫ですよ。宣伝したわけでもないですし」


 無駄に飛んだり跳ねたり回ったりと、上がったテンションを表現する先輩にハラハラとさせられる。バッグから落ちた瞬間に拾おうかと思ったけど難しそうだ。


「それに落ちたのを探し出した方が嬉しいよな?」


 浅尾先輩の動向も知りたいし、今回は先輩には悪いけど落としてもらうことにしよう。


 イコーナエスペルトを楽しんだ先輩がキーホルダーをなくしたことに気付く。


「じゃあ二手に別れて探しましょう。見つかったら連絡するんで」


 すぐに先輩と別れて俺は捜索を開始した。でも目的はキーホルダーじゃない。浅尾先輩の方だ。見つけるのは間違いないんだし、目立つ方が探しやすい。


 前回探さなかったルートを中心にゲーセンの中を回る。それなりの数が入っているフロアの中でもあの派手な金髪は簡単に見つかった。


「っと、ちょっと様子を見るか」


 少し離れて俺は浅尾先輩の動きを見る。特に目当てのゲームがあるわけじゃない。ふらふらと歩きながら遠目に見ているのは侑紀先輩の姿だった。


「あれ? 確か、浅尾先輩でしたっけ?」


 俺はわざとらしく疑問符をつけながら、後ろから声をかける。浅尾先輩は驚いたように振り返るとすぐに顔を正して、俺の顔を見ている。


「あぁ、サークルの新人くんだったね」


「宮崎です。浅尾先輩もゲームやるんですね」


「いや、ちょっとふらりと入ってみただけだよ」


 嘘だとわかっているのに信じてしまいそうになるほどさらりとそう言った。嘘をついているという雰囲気が微塵もない。同時に複数の女の子と付き合ってるだけのことはある。嘘がつけなきゃそんなことできるわけがない。


 浅尾先輩は振り向いた先を少しだけ気にしながらも俺に嫌そうな顔はしない。まだいい先輩を演じていた方がいいってことだ。


「侑紀先輩を追いかけてきたんでしょ」


 だから俺は核心をつく。その瞬間に浅尾先輩の眉間に深く怒りが浮かび上がった。


「君はもう少し言葉遣いを考えた方がいいな」


「嘘つきよりはいいと思いますよ」


「偉そうな口ぶりだ。気に入らない」


「それは本音みたいですね」


 どんどんとしわの深くなる浅尾先輩の眉間がおもしろい。こっちは違う時間軸で侑紀先輩を狙っていることは知っている。持っている情報が違い過ぎるのだ。


「別にストーカーだとか騒ぐ気はないですよ。ただそれを返してほしいだけです」


「それって言うのは?」


「侑紀先輩が落としたキーホルダーです。ついてきてたなら拾ってるんでしょ?」


「どうだかな。何のことかさっぱりだよ」


 浅尾先輩はとぼけたように笑うと、踵を返して立ち去ろうとする。逃げるつもりだ。でも口でどうこう言ったところで俺と浅尾先輩じゃ話術が違い過ぎる逃げ切られるだけだ。


「あ、シゲくん。どうだった? 見つかった?」


 どうやってキーホルダーを返してもらおうか。ない頭で考えていると、侑紀先輩が俺たちの方に走ってきた。冷房のかかった店内でもうっすらと汗を浮かべている。俺と違ってあてもなく探していたんだから当たり前だ。


「あれ? 浅尾がゲーセンにいるなんて珍しいね」


「俺だってゲームサークルなんだからゲーセンにいたっておかしくないだろ?」


「なーにがゲームサークルだか。部室のゲーム一つもやったことないくせに」


「そうだね。じゃあたまには俺もサークル活動でもしてみようかな」


「「え?」」


 俺が短く声を上げると、侑紀先輩も同じように驚きの声を上げた。そんなことを言うなんて思ってもみなかった。ゲームなんて興味がない。やっているところも見たことないって聞いていた。


「浅尾がゲームやるの?」


「そんなにおかしいかい?」


「いや、おかしいでしょ。去年もずっと外で遊び倒して、サークル来なかったのに」


「まぁいいじゃないか。オススメのゲームがあれば教えてよ」


「それは別にいいけど、今はそれどころじゃなくて」


 侑紀先輩が思い出したように慌てた声を出すと、浅尾先輩は握っていた手を開く。そこには知らないととぼけていたキーホルダーがあった。


「お、見つけてくれたの?」


「あぁ。彼に聞いて一緒に探してたんだよ」


 そう言って浅尾先輩は侑紀先輩にキーホルダーを手渡した。俺に言っていたことと全然違う。いったいいくつのことを想定して話をしているんだろうか。


 俺はせいぜい行き当たりばったりにノベルゲームのように三つ選択肢が出ればいい方だ。モテる男は最初から手札の数が違い過ぎる。さっきとはすっかり形勢逆転されていた。


「見つかってよかったー。ありがと」


「大切なものならよかったよ」


「シゲくんと一緒に買いに行ったんだよねー」


「へぇ。そうだったのか」


 俺に視線が刺さる。イカリクマのイベントに行ったことまでは知らなかったみたいだ。不機嫌になるかと思ったけど、そんなものは顔には一切出さない。


 ダメだな。正直に言って真正面から勝負してちゃ勝ち目は薄い。モテ方を知ってるヤツとゲームしかしていなかった俺じゃレベルもステータスも違う。


「ライバルキャラが強すぎるゲームはクソゲーになりやすいんだよ。仲間になったときに弱体化するからな」


「ん、どういうこと? まぁよくある話だけど」


 よくわからない、という顔をしている侑紀先輩を見てからリセットボタンを押す。俺の好感度は変わらなかったけど、浅尾先輩への好感度が上がってるのは間違いない。これからも絡んでくるなら妨害もしないとなぁ。


「おっすおっす、おつかれー」


「あいかわらず軽いな、お前」


「やっぱゲームは楽しんでるプレイヤーを見ているのが一番楽しいわけよ」


「そういや一応ゲームに憑いた神様だったな」


 ときどき忘れそうになる。イマイチ威厳が感じられないし、時を何度も巻き戻すという力もボタン一つのせいでスゴさがない。画面に映っているのは俺と同じ大学生くらいに見える軽薄そうな顔に金髪。神様だと言われても信じられないからしかたない。


「そんで今回はどーすんの?」


「どうにかして浅尾先輩にキーホルダーをとられないようにしないと」


「別に盗まれたわけじゃないっしょ?」


「ずっと一緒にいたから落としたのは間違いないな。でも落としたかわからないと結局後ろをつけてる浅尾先輩に拾われるだけだ」


 とにかくどこで落としたかを調べよう。ルートを考えるのはその後でいい。侑紀先輩の動きに注意しながらもう一度やってみよう。


「そんじゃリセットだな」


「いってらー」


 なんだか部屋に新しくペットを飼ったような気分だ。でもこうして誰かに見送られるのは悪い気はしなかった。できればそれが侑紀先輩だったらいいのに。


 とにかくはしゃぎまわる侑紀先輩から目を離さないようにしながら、俺はまた先輩と一緒にゲーセンへと向かうのだ。

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