告白RTA~彼女の好感度を最速でMAXにする方法~

神坂 理樹人

プロローグ

TestRun 先輩と会った日

 目の前に置かれた生ビールのジョッキを見つめながら、俺は何度目かわからない溜息を漏らした。


「やっぱ人生なんてクソゲーだ」


 今繰り広げられているのは東鳥羽大学ゲームサークルの新入生歓迎会。ただその光景は地獄そのものだった。


 ピッチャーからビールを直飲みする先輩。女の子にボディタッチしまくる先輩。周囲のことを考えずに大笑いする先輩。


 陰キャの俺とは真逆の存在がテーブルの向かいに並んでいる。ゲームサークルだから俺みたいなのが集まってると思ったのに。


「どうしたぁ、宮崎くぅん? 全然飲んでねえじゃん」


「いや、俺未成年ですし」


「んなことどうでもいいんだよ。飲め。先輩命令だ!」


「やっぱり、俺サークル入るのやめ」


 なんとか言おうとした言葉がテーブルを強く叩く音で遮られる。


「うるせえよ。誰かゲームやってねえとサークル潰されるかもしれねえだろ。お前は一人で部室でゲームやってりゃいいんだよ」


「で、でも」


「先輩に口答えすんなって教わらなかったか? あぁ?」


 睨みつける目にも威圧する言葉にも手慣れた様子がある。毎年こうして生贄の羊を集めているのだ。


 ゲームサークルなんていうのはただのカモフラージュ。実際は大学サークルの名前を使って飲んで暴れてヤリたい放題やっているダミーサークルなのだ。


「おい、そんなヤツほっとけよ。こっちの女の子Gカップらしいぜ」


「ひょー、いいねえ」


 最後に俺を一睨みして、先輩は二つ離れたテーブルへそわそわと向かっていった。


「はぁ、人生なんてクソゲーだ」


 このビールを思いっきり飲み干したら少しくらいは今の状況が忘れられるかな?


 ジョッキを手にとり、口もとに運ぶ。覚悟を決めるために大きく息を吸い込んだ。


「ごほっごほっ!」


 ジョッキをこぼさないようにテーブルに戻す。口もとを押さえて顔を落とした。アルコールは常温で気化する。そんなことも忘れていた。まだ飲んだわけでもないのに、頭がクラつく気がした。


「ありゃりゃ。大丈夫、新人くん?」


 ぼやけた視界で誰かが俺の手をとっている。優しそうな声。女の人のものだとはわかったけど、顔が五つに分裂していて人相はわからなかった。


「ちょっと酔ってるみたいだから外連れていくね」


「侑紀ぃ。そんなヤツほっといてこっちで飲もうぜ」


 だらしない声を無視して、俺は手を引かれるままに侑紀と呼ばれた先輩について店を出た。


 居酒屋の外に出ると冷たい空気が肺からアルコールを押し出してくれる。それと同時に自分の情けなさに涙がこぼれそうになった。


「大変だったね。あんなのばっかで悪いね」


「いえ、俺が強く言えないからなんで」


「でもちょっと落ち着いた? あいつら酒飲むとさらにタチ悪くなるから」


 侑紀先輩は乾いた笑いを浮かべながら俺の背中を軽く叩いた。


 細く白いメッシュの入った明るい茶色の髪。マスカラで太く長く見せたまつ毛。大きな飾りのついたピアス。


 ようやく分裂していた姿が一つになったのに、立っていたのは俺の苦手なギャルっぽい先輩だった。いや、助けてくれたのに品定めするべきじゃない。


「それじゃ、逃げよっか」


「え? 大丈夫なんですか?」


「どうせ酔っぱらって気付かないでしょー。それともまた戻りたい?」


「絶対嫌です」


 フランクな雰囲気につい本音が漏れた。それを聞いて侑紀先輩は大笑いをしてまた俺の背中を叩く。


「いいじゃん、素直で。アタシ、そういうの好きだよ」


「あ、このことは先輩たちには内緒で」


「当たり前じゃん。じゃあさ、口止め料にちょっとこの後付き合ってよ」


「付き合ってって、どこに」


「ゲーセン。アケゲーやらないタイプ?」


「カードゲームなら少しは」


「よし、じゃあキミも今日からプロデューサーだ!」


 近くのゲーセンに連れていかれ、侑紀先輩にアイドル育成ゲームに付き合わされた。ビギナーズラックでレアカードを引いて。あげようと思ったら断られてしまった。


 深夜になって女の子の姿なんて見えない女児向けゲームの前で騒いでいる侑紀先輩を見ていると、最初の印象はすっかり消えていた。この先輩がいるのなら、ゲームサークル、少しくらいは続けてみようかと思えた。


 こうして俺の大失敗の大学生活がスタートしたのだ。


 都心に近い場所にある大学を選んだつもりだったのに、一年時は埼玉にあるキャンパスに押し込められることを知ったのは合格通知をもらってからだった。


 一般教養によくわからない経済論を聞いてノートをとる。それを数か月繰り返していると、せっかくの大学生も何の意味も感じなくなってくる。


「毎日アキバに通えると思ってたのに。ほんと人生なんてクソゲーだよ」


 その代わりに俺はキャンパスの隅にある小さなゲームサークルで一人レトロゲームをプレイしている。最新のフルCGもリアリティがあっていいけど、ドットから世界を想像するレトロゲームも味があっていい。それにもう一つ俺が部室に通い詰める理由があった。


「やっほー。今日もゲームやってる?」


「ゲーム以外にやることないですよ、このサークル」


「他のメンバーはゲームもせずに飲み歩いてるヤツばっかだもんね」


 二年生の侑紀先輩は練馬にあるキャンパスからこうして遊びに来てくれる。広くない部室に侑紀先輩と二人きり。これだけでわざわざ一時間近く電車に乗ってこのキャンパスまで来る価値がある。


「今日は何やってんの?」


「名作RPGの一作目ですよ」


「あー、知ってる。なんかオンラインのが出たやつ」


「それも結構前ですよ」


 侑紀先輩はゲームをやるより見る方が好きなタイプで、こうして部室に顔を出しては俺のプレイを見て無駄話に付き合ってくれた。ゲームの話をキモい、なんて言わずに付き合ってくれる女の人なんて初めてで、最初は戸惑った。


「シゲくんはゲームうまいよねー」


「レトロゲームは難しいけど、計算は単純ですから」


「前にRTAリアルタイムアタックで世界記録持ってるとか言ってたじゃん」


「あれは、世界でRTAしたのが俺しかいないってだけですよ」


 今は個人で作ったゲームとも呼べないゲームが山のようにネットで販売されている。そのうちですぐにクリアできるものを選んで、ちょっとバグを調べて走ってやればあっという間に世界記録保持者になれる。


 前に話したのだって自慢というよりはバカ話のネタのつもりだった。


「でも世界記録出せるってことは人類のオンリーワンだよ。すごいじゃん」


「同じオンリーワンなら侑紀先輩の彼氏になりたかったですよ」


 ふえ、と情けない声が侑紀先輩の口から漏れた。今の俺、声に出してた?


「えっと、今のは、その本当です」


 いまさら引っ込めることなんてできない。だったら言ってしまうしかなかった。


「言うのが遅いよ」


「えっと、それってどういう?」


「ずっと付き合って、って言われてたの。昨日、受けちゃったよ」


 寂しそうな声で立ち上がった侑紀先輩は逃げるように部室を出ていった。


 遅いよ、そう言った言葉が何度も耳の奥で繰り返される。


「やっぱ人生なんてクソゲーだ」


 いつまでに告白すればいいかなんてどこにも書いてない。誰も教えてくれない。


「クソッ!」


 自分の太ももを叩くと振動が床を通ってコントローラーを揺らした。その小さな衝撃でゲーム画面が止まる。


「バグったよ。ふっかつのじゅもん、まだ見てなかったのに」


 なにもかもがうまくいかない。俺はいつも後悔してから何もやっていなかったことに気付くのだ。サークルのことだって、侑紀先輩のことだって。


 カセットを抜いてゲームを再起動する。この時代のゲームにはセーブ機能がないからまたはじめから、だ。


「あれ、おかしいな?」


 いつもと違うBGM、いつもと違う画面。


 もう三十年近く前に出たハードだ。チルドレンコンピュータ。通称はチャイコン。子ども向けに作られただけあって殴って蹴って落としてと耐久実験が繰り返されたらしいが、さすがにいつ壊れてもおかしくない。それにしたってそれが今日なんてツイてないにもほどがある。


 もう一度起動するために手を伸ばす。しかし、俺の体はそこにあるはずのチャイコンに吸い込まれていった。

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