Loop3 急ガバ回レ!

渋谷迷宮会ん内

「それじゃ次の日曜日に渋谷で待ち合わせね」


「渋谷ですか」


「もしかして行ったことない?」


 先輩からの電話は、イカリクマのイベント発見したから一緒に行こうという話だった。ぬいぐるみのお礼に本当に探してくれていたらしい。


「渋谷ってなんか町の雰囲気が俺向きじゃないっていうか」


「そんなの気のせいだって。別に他の街と変わらないって」


「まぁ先輩は似合いそうですよね、渋谷」


 俺と違って侑紀先輩は渋谷が似合いそうだ。あのサークルでうまく立ち回るためなのか、いつもきれいに染めたメッシュ入りの明るい茶髪と完璧メイク。俺が女の子だったら数日で心が折れてやめてしまうだろう。


「普通にゲーセンあるし、アキバとそんなに変わらないって」


 渋谷は意外とゲーセンが多いとは聞く。それに先輩がいればそれほどおかしくはない。俺も少しくらい見た目に気を使えってことか。


「アタシ、午前中は別の用事があるから現地集合ってことで。地図送っとくね」


 もらった地図のリンクを見ると、会場は有名なハチ公像がある駅前広場のすぐそば。駅から出れば目の前にあるくらいの近さだ。


「これなら俺でも余裕だな」


 センター街や道玄坂って名前を聞くだけで少し気圧されてしまうところがある。先輩の言う通り他と変わらないと言われても渋谷という言葉そのものに抵抗感がある。


 一度行ってしまえばそれほど気にならなくなるはずだ。また遅刻して面倒なことにならないように準備するものを考えながら当日を待った。


 約束は午後からということもあって寝坊することもなく余裕をもって家を出られた。これなら余裕だな。


 そう考えていた。俺の考えが甘かったようだ。


「なんでこんなに複雑なんだよ」


 新宿駅もひどいと思ったが、渋谷駅の構造も負けず劣らずの複雑さだった。きれいなショッピングモールへのエスカレーターがあると思ったら、昭和の面影がそのまま残るサビた鉄柱が見える古ぼけた通路がある。


 いろんな時代が混ざり合って一つに繋がったような異世界に迷い込んだ雰囲気がある。電車なんて何度も乗った、駅なんて何度も行った、と思っていても、地元の駅とはデカさがまるで違っていた。


「ハチ公って駅の西の辺りにあるはずなんだけど」


 渋谷駅は路線の交差点でが四つも駅がある。そのせいで駅自体が広く出口も多すぎる。駅構内の地図と案内を見ながら進んでいると、余裕のあった時間もだんだんと少なくなってくる。


 スマホの頼りない位置情報にもすがりながら構内を歩いていると、ものすごい勢いで背中から突き飛ばされた。


「どうわぁ!」


 情けない声が出た。倒れた体を起こしつつ、攻撃していた相手に振り返る。怖そうな不良ならすぐ逃げるつもりだったけど、倒れていたのは俺と同じ大学生に見える女の子だった。


 侑紀先輩より小柄で表情も少し幼く見える。大学に入って一年と二年では顔つきが違うと思った。この子はたぶん俺と同じ一年だ。


「いったー」


 この子に突き飛ばされたんだから相当な勢いで走っていたようだ。カバンの中身が駅の廊下に盛大に広がっている。通行人は邪魔そうに冷めた目を向けながら俺たちの周りを避けるように歩き続けていた。


「あぁぁぁあぁぁぁー」


 完全にパニックになった女の子は叫びながら落ちてしまったカバンの中身を拾っている。これは絡んだら嫌なことになる。俺の直感がそう言っていた。


「えっと、すみません! 急いでるんで!」


「あ、ちょっと手伝ってくださいよー!」


 俺は半泣きで叫んでいる女の子を置いてダッシュでその場を逃げ出した。


 渋谷駅をなんとか抜けて、有名なハチ公像を見つけると、やっと安心することができた。ここで待ち合わせればいいのに、と思ったが、行ってみると侑紀先輩がそう言わなかった理由がわかる。


「人が多すぎて待ち合わせにならなさそうだな」


 日曜日の昼なんて一番人が集まる時間帯だ。同じような目的の人がひしめいていてこの中から侑紀先輩を探せと言われたらまたリセット回数が増えそうだった。


 会場はビルの一画にあるイベントスペースを使っていた。入り口からイカリクマとイキリクマ先輩のポスターが張られている。


「ふぅわぁ、ふぇへへへ」


「先輩、大丈夫ですか?」


 見た目は渋谷でもなじむくらいでも中身は俺と変わらないな。だらしない声を漏らしながらぬいぐるみの写真を大量に撮っている。部室にも結構な頻度で顔を出していたし、中身は俺と同じなんだよな。


「いよっし、まずは展示コーナーいくよー。撮影可らしいから。行くぞシゲくん王、メモリの空きは十分か?」


「大丈夫ですよ」


 テンションが青天井の侑紀先輩は展示されたポスターやグッズをひとつひとつ丁寧に写真に収めていく。今日は俺があげたぬいぐるみのお礼だってことはもう忘れていそうだ。


「まぁ、先輩が楽しそうならそれでいいか」


「ほら、シゲくん。これもう手に入らない限定アイテムだよ。せめて写真撮っとかなきゃ」


「あ、はい」


 先輩の勢いに押されつつも、これはこれでおもしろい。他の来場者もカップルが結構多くてちょっと暇そうにしている彼氏らしい男の人も見かける。


「さて、前回のお礼としてアタシが何かプレゼントしてあげよう」


「いや、そんなの悪いですよ」


「気にしないでいいって。ほら、このビッグイキリクマ先輩ぬいぐるみとか」


「俺の部屋は狭いんで」


 前にビンゴでもらったぬいぐるみと変わらないくらいのサイズ。俺でも両腕で抱えなきゃいけないほどの大きさのぬいぐるみなんて持って帰れない。


「せめて小さいのじゃないと」


「うーん、そっか。一人暮らししてると部屋ってすぐいっぱいになっちゃうもんね」


「俺の場合はゲーム持ち込んだのが悪いんですけどね」


 一人で暮らすなら好きなだけゲームができると思ってかなりの数のゲームハードとソフトを持ってきてしまった。そのせいで今も部屋がかなり圧迫されている。


「こういう小物とかの方がいいですよね」


「シゲくんは実用的なものの方がいいタイプなのね」


 俺は手近にあったマグカップを一つ手にとる。最近洗い物の途中で落としてしまって一つ割ってしまったところだ。キャラもののマグカップなんかは妹が使っていたのをよく見ているからそれほど抵抗感はない。


「確かに朝からかわいいマグカップ使えると一日のテンションが違うよね!」


「それは先輩だけだと思いますよ」


「それは実際試してみないとわからないじゃん。じゃあこれ、アタシが買ってあげる」


「いや、悪いですよ。自分で買いますって」


「いやいや、これはお礼だから」


 お互いに引くつもりはない。こうして押し問答をしていたら、侑紀先輩がマグカップを落としてしまいそうだ。


「わかりました。こうしましょう。俺も一つ買います。それでお互いにプレゼント。これでいいですか?」


「それって、お揃いで買うってこと?」


「あー、そういえば」


 全然考えてなかった。付き合ってるわけでもないのにこれは気持ち悪いか。


「嫌だったら、今のなしで」


「ううん、いいよ。アタシこれがいいから、お願いね」


 先輩はイカリクマの黄色のマグカップを一つ手にとると、それを俺に差し出した。並んでレジに向かって、すぐにお互いのマグカップを交換する。なんだか変な気分だ。


「うーん、お礼のはずだったのにまたもらっちゃったな」


「いいんですよ。俺がそうしたかったんですから」


「優しいね、シゲくんは。よし、帰りにゲーセン寄って帰ろ」


 今にもスキップを始めそうな先輩について俺は会場を後にした。

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