人には優しく

 渋谷の街も侑紀先輩と並んでいるとそれほど緊張しなかった。お揃いのマグカップを持っていることが変な自信に繋がっている気がする。


「どう? 初めての渋谷」


「思ったよりは普通の街ですね」


「そりゃ日本だし」


 どこに行っても日本の街並みはあまり変わらない。地元も駅前ならこのくらいは栄えている。電車で数時間で来られる街でも、東京の渋谷となればアニメやゲームの舞台によく選ばれる場所だ。それだけで特別な場所に感じてしまう。


「そういえば昔渋谷が舞台のサウンドノベルゲームがあったよね」


「あぁ、知ってます。ネットで見ただけですけど」


「チャイコンプレイヤーにとっては新しすぎるかな?」


「最新のゲームハードもやってますよ」


 そのせいで俺の部屋がいっぱいになっているのだ。最近はゲーミングパソコンにして一つにまとめたいと思っているけど、日本はまだまだゲームハード限定のソフトが多すぎる。


「あ、あの喫茶店ってゲームに出てたところじゃない?」


「二十年以上も前なのにまだ残ってる場所があるんですねー」


「せっかくだから入ってみようよ」


 ゲームでは止め絵だったから実際に中に入ると少し印象は違っていた。それでもゲームの画面に映っていた場所に自分が実際に立っていると思うと心が躍る。


 今まさに人生というクソゲーの攻略を進めているということはこの際見ないことにしよう。


「そうだ。せっかくだからちょっと聖地巡礼して帰ろうよ」


「ゲームのですか?」


「そうそう。結構なくなっちゃったところは多いみたいだけど、公園とかデパートとかなら残ってるからさ」


「いいですね。俺渋谷は初めてなので楽しみです」


 松濤公園、宮下公園、公会堂に区役所もゲームに登場していればそれだけで今の俺たちには何倍も価値がある。


 ゲーム画面と同じポーズで写真を撮ったりしていると、時間は溶けるように進んでいった。


「楽しかったー。ゲームの中に入ったみたい」


「なんだか不思議なことが起こりそうな気分でした。何もなかったですけど」


「実際渋谷で爆破予告なんてあったら大変だもんね」


「警察が大騒ぎしそうですからね」


 撮った写真とゲーム画面のスクリーンショットを見比べながら、似ている似てないと笑っているとだんだんとゲームそのものがやりたくなってくる。


「ねぇ、帰りにあのゲーム探しにいこうよ」


「いいですけど、古いですし見つからないかも」


「そういうのは見つからなかった時に考えればいいの。さ、いつものとこ行こ」


 大学最寄りの駅に降りて、そこから少し歩く。きつい坂道を上ってから角を曲がるとようやく目的の店が見えてくる。


 リサイクルショップタイツーは、細々と全国展開しているリサイクルショップだ。服や小物も多いが、ジャンク品の電化製品や中古のゲームハード、ソフトがたくさん置かれている。


 部室のハードも一つ、ここのジャンク品からパーツを抜いて直したことがある。意外な掘り出し物があることと大学からそこそこ近いこともあってよく利用していた。


「あるかなぁ」


「移植版もベストプライス版も出てますから選り好みしなければ出荷数は多いと思うんですけどね」


「じゃー、探してみよう」


 侑紀先輩と手分けして探してみる。棚に差されたケースの背表紙を見ながら目を滑らせていく。シンプルなタイトルだけに見落としはないと思う。


「ないねぇ」


「スタッフさんに聞いてみましょうか。店長がいれば話しやすいんですけど」


「さすが常連。顔が利くね」


 ここの店長は気さくな人で、俺が中古ゲームを漁りまくっているのもよく知っている。聞いてみればすぐに在庫を調べてくれるはずなんだけどな。


「まぁ、スタッフさんも在庫表くらいチェックできるでしょうし」


 近くにいた女性スタッフに声をかけてみる。大学生くらいのアルバイトみたいだけど、十分だろう。


「すみません、在庫の確認お願いしたいんですけど」


「あ、はい。何ていうタイトルですか?」


 スタッフが振り向く。その瞬間に俺の顔を指差して叫んだ。


「あぁぁっ! あなた駅で私を無視した人ー!」


「え、何のこと? って、あ」


 振り向いた顔を見て思い出した。昼に渋谷駅で俺にぶつかってきた女の子。あいかわらず叫び声がうるさい。俺の顔を指差したままぎゃあぎゃあと騒ぎたてている。


「どうしたの? 知り合い?」


「あ、彼女さんですか? この男ひどいんですよ。駅で私にぶつかっておいて無視して逃げたんですよ」


「ぶつかったのはそっちだろ。背中だぞ。なんで駅でムーンウォークしなきゃいけないんだよ!」


「あの後すっごく大変だったんですから!」


 俺の胸を両手で叩きながら、さらに大きくなった声で俺の耳を攻撃している。


「シゲくん。女の子には優しくしなきゃダメだよ」


「いや、あの、はい……」


 ここで言い返したってもう遅い。さっきから好感度ダウンの効果音が鳴りっぱなしだ。今日一日で上げた分が全部なくなっている気がする。侑紀先輩はそういうの嫌いだもんな。


「面倒なことになったな、とりあえずリセット!」


 不機嫌な二人の女の子に挟まれた状態から逃げるように俺はリセットボタンを押す。どうせなら機嫌のいい女の子二人に挟まれたい。


 デバッグルームに戻ってくると、四五郎が楽しそうな笑顔で迎えてきた。


「いやぁ、楽しかったねぇ」


「楽しかったのはお前だけだろ」


「いやいや、どうせなら修羅場も経験しとけばよかったんじゃなーい」


 四五郎はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。女性に耐性をつける意味でももうちょっと頑張った方がよかったのかもな。


「なんにせよあの女の子にぶつからなきゃいいんだろ。簡単な話だ」


「今回の攻略は簡単そうじゃない。よかったねー」


「なんか軽いな、お前」


「まぁまぁ、早く行っておいでよ」


 四五郎の軽口は今に始まったことじゃない。さっさと修正して次に進まないとな。


 もう一度侑紀先輩とデートができると思いながら、俺はすぐにリセットボタンを押した。

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