絶叫女子を救え
今回の攻略法はもうわかっている。電車の時間をずらすなり、歩くルートを変えるだけだ。あれだけ迷っていたのが悪いだけで、もう渋谷駅を普通に歩くことさえできればぶつかることもない。
「時間も余裕あるしなぁ」
ついでに駅の中のお店になにかいいものがないか探してみるが、プレゼントできそうなものもないな。
予定通りの時間に会場に着いて、マグカップを買い合って、喫茶店でお茶をして、聖地巡礼して。二度繰り返しても楽しさは少しも変わらなかった。
最後に中古ゲームを探しにタイツーに向かう。あの女の子は同じようにバイトに立っている。最初は避けようと思ったけど、他のスタッフは見つからないししかたないな。
「すみません、在庫の確認をお願いしたいんですけど」
「あ、はい。どういったものでしょう?」
振り返った女の子は当たり前だけど俺のことは知らない。エプロンの胸についた名札には辻、という名字が書いてあった。
ただちょっと気になることがあった。明らかに目が赤い。泣きはらしたのが見ただけで分かる。ぶつかったときはこんな目はしていなかった。
「あの、探してほしいものって」
「あぁ、すみません」
呼びかけられてはっとした。また赤くなった瞳が目に入る。それと同時に俺は反射的にリセットボタンを押していた。
「なーにやってんの?」
「いいだろ、俺の勝手だ」
「別に何も失敗してなかったじゃん」
四五郎は文句を言いながらも、顔はいつも通りへらへらと笑っている。
「目的外のことしてると、本当の目的も達成できなくなっちゃうよ」
「でも放っておけないだろ」
「知らない女の子に目移りしてる余裕なんてないんじゃなーい?」
何もないならまだしも、明らかに泣きはらした目をしているのを無視できるほど俺は人間ができていない。それにこうして時間を巻き戻すことができるなら、少しくらい先輩と女の子の両方ともが幸せになる道を探してもバチは当たらないだろう。
渋谷駅に戻ってくる。目的地はもうわかっているから迷う必要はない。ただあの子とぶつかった場所はぼんやりとしか覚えていなかった。
「あの時は急いでたからなぁ」
時間帯はスマホを見ていたからなんとなく覚えているけど、場所はどうだったか。とにかく思い出しながらぶつかる場所を探すまでだ。
何週目かの挑戦になると、駅の構造もずいぶん頭の中に入ってきた。ぶつかった場所の予想地点も外れが続いたおかげで場所が絞れてきた。
「たぶんこのへんだろ」
ゆっくりと歩いて背中に意識を集中させる。来い、と念じていると、背中に鈍い衝撃があった。
「いったー。って、あぁぁあぁぁー!」
あいかわらずよく叫ぶ。通路にカバンの中身をぶちまけて、あわあわと手を泳がせながら周囲を見回している。前回はここで見捨てたんだけど、いったいこの後何があったんだか。
「とりあえず手伝うよ」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ」
「えっとティッシュは、ほら」
落ちていたポケットティッシュを手渡してやる。通行人から邪魔そうな顔で睨まれているのも気にしないふりをしてこぼれ落ちたものを拾ってやった。
「あいがとおごじゃいましたぁ」
「いや、いいんだけど、もうちょっと落ち着いて」
落ちてたものは全部拾ったんだけど、今度は俺が泣かせた女の子が通路にひざまずいて泣いているようにしか見えない。周囲の不快そうな視線が今度は俺に向かって刺さっている。とりあえず助けたから大丈夫だよな?
「あああぁぁぁ!」
「今度はなんだよ」
「お、おサイフがないぃ!」
「マジかよ」
慌てて周囲を探してみる。落としていたなら、これだけ目立ってるヤツらのそばから盗むのは簡単じゃないだろう。どうやら落ちてないみたいだ。
「あの、お金、貸してください」
「えぇ、いきなり」
「千円。千円でいいです。この後外せない用事があって、家に帰れないんです」
俺の服の袖を引っ張って涙ながらに訴えている。この状況で断れる勇気はない。最初に見捨てただけでちょっと良心が痛んでいたのに、ここから逃げ出すなんてできるはずもない。
「わかったよ。千円でいいんだよな?」
「ありがとうごじゃいます」
まだぐずついた声でお礼を言っている。こんなバイト本当にあの店にいたっけ、と不安になる。へたれた姿なんて見たことないから絶対に気付くわけがない。
「ってやべぇ。もう時間がっ!」
なきじゃくる女の子、辻さんを置いて、俺は待ち合わせの会場までダッシュする。結局間に合わなかった。遅刻は好感度マイナス。それは時間に厳しい侑紀先輩にとって絶対だ。またここまでやり直すのか。
リセットした後、もう一度泣きじゃくる辻さんをなだめすかして侑紀先輩とのデートまでたどり着いた。疲れた顔だけは見せないようにして、帰りにゲームを探してタイツーまでやっと戻ってきた。
「じゃあスタッフに在庫聞いてみますよ」
少し不安は残っているけど、声をかける相手は変えられない。同じように辻さんに声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「在庫の確認をお願いしたいんです。宿命の交差点ってやつなんですけど」
「わかりましたー」
笑顔の辻さんの目は赤くなっていない。いや駅でぶつかったときにちょっと泣いていたんだけど、それはやっぱり関係なかったみたいだ。
「なんとかなったみたいだな」
他の女の子に目移りしている余裕はない。でもやっぱり俺のせいで泣くようなことがあったなら寝覚めがわるいってもんだ。
「あ、SS版ならあったんですけど」
「あぁ、部室にハードあるからそれでもやれますよ」
「よーし、買っちゃおう。サークル費使えるから大丈夫」
ゲームが経費で落ちるなんていいサークルだ。遊び倒してるチャラい先輩たちはさすがに遊びに使いこむとバレるから手をつけてない。
「じゃあ、それいただきます」
「はーい。ありがとうございます。お会計は、あぁぁー!」
レジに向かって、俺がとりあえずサイフから千円札を出す。
サイフ、千円札、そして俺の顔がようやく辻さんの中で一つに繋がったらしい。
「え、何?」
事情を知らない侑紀先輩は驚いて辻さんの顔を見ている。もう慣れたけど本当によく叫ぶな。
「今日のお昼、助けてくれた人! 救世主様!」
「そんなことがあったの?」
「渋谷駅で困ってたんでちょっと助けてあげただけですよ」
「だからあんな汗かいて走ってきたんだ。寝坊したのかと思った」
侑紀先輩はちょっといじわるに笑った。それに気付いてるなら遅刻にはもうちょっと寛容になってほしいところだ。
「本当に助かりました。あ、借りた千円」
「どうせここにはよく来るから。今度でいいよ」
「すいません。すいません」
ゲームの代金を立て替えようとしてくれたけど、今回はサークル費から出るからいろいろと面倒なことになるからと断っておいた。まぁ、助かったみたいだし千円くらいなら安いもんか。
「周りの人は誰も手伝ってくれなかったのに。素敵な彼氏さんで羨ましいです」
「いや、彼氏じゃないんだけど」
侑紀先輩はちょっと照れながら俺の背中を肘で小突く。うん。千円でこれなら払った以上の価値があるな。
「いいね、シゲくん。優しい男はモテるよ」
「そうだといいんですけどねぇ」
「じゃあさっそく部室でゲーム三昧だー」
大学のサークル棟に向かう。褒められたのは俺のはずなのに侑紀先輩のテンションが上がり続けている。これは結構長くなりそうだ。
まさか徹夜でこのゲームをやるとはなぁ。眠い目を擦りながら部室を出る頃にはすっかり午前の授業は終わっていた。
「あ、シゲくん。起きた? 朝ごはん、学食に食べにいこうよ」
「もうお昼ですよ。まぁいいですけど」
この狭い部屋で一晩。なんだか急に距離が近くなったような気がして、俺は赤くなる顔を隠すように顔を背けた。
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