Loop4 所持重量にご用心!

伝説のアーケードゲーム

「ありがとうございましたー」


 最後のお客さんを送り出して、筐体の電源を止める。大きく伸びをして今日の業務は終わりだ。


 俺のバイトは趣味兼任のゲームセンター、セカンドワールドのアーケードスタッフ。レトロゲームに詳しいこともあって古めの筐体のメンテナンスなんかも担当させてもらっている。郊外にあるゲーム会社が経営している大型ゲーセンということもあって、他の店にはない古いゲームが結構ある。


「お疲れさま、宮崎くん。ちょっといいかな?」


「あぁ、支配人。お疲れさまです」


 支配人、まぁいわゆる店長なんだけど、形式上そう呼ぶことになっている。四十過ぎの落ち着いた人だけど、少し頬のこけた顎のラインが仕事の大変さを思わせる。


「実はお願いなんだけど、今度店に新しい筐体を入れることになってね。そのタイトルを決めてほしいんだ」


「俺がですか? ただのバイトなんですけど」


「レトロゲームのタイトルとかあんまり詳しくなくてね。好きな筐体選んでいいから」


「そういうことなら。タイトルのリストとかあるんですか?」


「いや、新宿店から移送してもらうから直接見てきてほしいんだ」


 うわ、面倒なやつだ。普段のシフトとは別の仕事になるらしい。東京に出てきてから新宿も行ったことないな。池袋と秋葉原は結構足しげく通っているんだけどなぁ。


「えーっと、その日はちょっと用事が」


「そうかー、残念だな。まぁ他の人にお願いするよ」


「すみません」


 休みの日は侑紀先輩とこの間買ったノベルゲームの続きをやることになっている。古いゲームなのにかなりボリュームがある上に、攻略サイトは一切見ないことになっているからあまり進んでいない。


 好感度アップのためだ。支配人には悪いけど、先輩との約束は破れない。次の休みは朝から部室でゲーム三昧だ。


 土曜日に部室に行くと、先輩はもうゲームをモニターに繋いで待機していた。約束より一〇分早く来たんだけど、これでも遅かったらしい。時間は守っているから好感度が下がった効果音はない。どれだけ楽しみにしてたんだろう。


「ささっ、シゲくん。やるよ。今日でクリアするよ」


「いや、今までのボリューム考えると今日じゃ無理ですよ。隠しシナリオもあるらしいですし」


「気合があればなんとかなるっ!」


「また徹夜でやるつもりですか」


 ゲームのやる気は俺と変わらないレベル、いや授業のことあんまり考えてないところを見ると、瞬間風速は俺より高いかもしれない。


「うーん、ここの選択肢がー」


「いや、それよりあっちのキャラが怪しくないですか?」


 ちょっと昔のゲームは攻略なしだとヒントが少なくて意外なところで詰まることも多い。そのたびにスマホに伸びる手をぐっとこらえて頭を捻る。このペースだと今日もクリアは難しそうだ。


「そういえばさー、シゲくんってそこのセカワでバイトしてるんだよね?」


「そうですよ。前にも話しましたけど」


 セカワ、というのはセカンドワールドの略称。むしろ略され過ぎて正式名称を忘れている人がいるくらいだ。他のゲーセンには置いてない筐体も結構あるから、ゲーセン好きならかなりの頻度で通っているファンは多い。


「あそこにさー、イコーナエスペルトの筐体って入らないの?」


「さすがにないですねぇ」


 イコーナエスペルト。さすがアイドル育成ゲームをやっているだけあって侑紀先輩はそのジャンルに詳しい。俺も一応名前を聞いたことがあるだけだ。


 ゲームセンターでカードを作り、アイドル事務所のマネージャーとなって自分だけのアイドルを育てる、というアーケード育成ゲームのいしずえになったゲームだ。


 イコーナはアイドル、エスペルトはマスターを意味するイタリア語なんだけど、あまりにも聞き馴染みがないせいか、なかなか筐体にクレジットを入れる人がいなかった。


 そのせいで早々にアーケード市場から撤退してしまったけど、プレイヤーからは高評価の隠れた名作だった。今でもつくづく名前で失敗した惜しい名作としてゲームマニアでは有名になっている。


「系列店を探せばあるのかもしれないですね」


「なんとかしてよー、シゲくん」


「俺ただのバイトですよ」


 そう言ったところで今日支配人の頼みを断ってここに来たことを思い出した。新宿店にあったかはわからないが、もしかしたら倉庫に眠っているかもしれない。


「イコーナエスペルトが入るなら、一緒にゲームする約束なしにしてもいいですか?」


「うーん。あの名作のためならしかたない。許してあげよう」


「約束ですよ」


 この約束を守ってくれるかは次の先輩にかかっている。でも今はその言葉を信じよう。


「じゃあ一度リセット!」


 それじゃ、まずは新宿店にあるかを確認していこう。


「実はお願いなんだけど、今度店に新しい筐体を入れることになってね。そのタイトルを決めてほしいんだ」


「俺がですか? ただのバイトなんですけど」


「レトロゲームのタイトルとかあんまり詳しくなくてね。好きな筐体選んでいいから」


「そんなこと言ったら本当に俺の好きな筐体持ってきますよ?」


 冗談交じりに支配人に言ってみる。ダメと言われても持ってくるつもりだけど、支配人はニヤリと含みを持った笑みを浮かべた。


「正直僕は詳しくないし、宮崎くんがやりたいゲームを持ってきていいよ。頑張ってるアルバイトへのちょっとしたボーナスだよ」


「支配人、そう言って自分で選ぶの怖いだけですよね」


「わかってるんだったら頼むよ。次の土曜日に新宿店に見に行ってよ。もちろん時給は割り増しにしておくから」


 しかたない、という顔をして支配人を見送った。表情だけで内心は計画通りだ。


「後は先輩が許してくれるかだよなぁ」


 部室で聞いたときは許すって言ってたけど、実際のところはわからない。黙っているわけにもいかない。バイト上がりに連絡をとってみるか。


「あ、先輩。実はバイトの仕事が入ってしまって」


「えぇ、じゃあちょっとお預けかぁ」


「日曜は空いてますから」


「しょーがない。アタシは優しいから許してあげよう。バイトじゃしょうがないもんね」


 意外なほどあっさりと許してもらえた。許すと言っていた言葉に嘘はなかった。まだイコーナエスペルトを置けるかも、って話はしていないんだから、先輩の懐は深いってことだ。好感度少しだけ下がったけど、これは必要経費。この後逆転すればいいだけだ。


「新宿店にあるといいんだけどな」


 そして先輩を驚かせてあげよう。ついでに日曜日の徹夜に備えてエナジードリンクでも買って部室に置いておこうか。

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