それは不運か強運か

 当たりのカードをもらうためには逆算して、行列の二十七番目と二十八番目に並ぶ必要がある。ここで下手な動きをすると怪しまれるし、かといって狙いのところに並べないと失敗だ。


 人ごみの中を歩くルートを少しずつ決めていき、ようやく攻略ルートが決まるかというところだった。


「きゃっ!」


 かわいらしい声とともに、俺の隣から侑紀先輩が消える。何もないところでつまづいた侑紀先輩はグッズをかばいつつ、地面に手をついている。


「あ、あはは。ころんじゃった」


「大丈夫ですか?」


「うん。すりむいたりしていないし平気」


 腕を引いて侑紀先輩を助け起こす。その間にも行列は作られていく。当たりのカードを手に入れるのは失敗だ。


「こんなところでころぶなんて、アタシって本当に運がないんだよね」


「ケガがなかったならよかったですよ」


「うん、グッズも守れたしセーフ」


 手元のグッズを守った結果、大事なぬいぐるみが目の前からするりとこぼれ落ちていった。侑紀先輩の不運はどうやら並大抵のものじゃないらしい。俺がなんとかして幸運を引き寄せようとしたところを簡単に消し飛ばしてしまった。


「侑紀先輩って結構な不幸体質ですか?」


「あはは。自分で言うのもなんだけど結構ね」


「そういえばあんまりレアカード持ってなかったですね」


「そうなの! シゲくんに譲ったときに限ってレアカード出るしさぁ」


「欲しいならあげますよ」


「いいの。ああいうのは自分で引くから意味があるんだから」


 素直に欲しいと言ってくれればいいのに。そう思いつつもビンゴの列に並ぶ。当たり前だけど、ここに並んだところで意味はない。さっさとリセットだ。


 失敗したらリセットする。RTAの攻略は楽じゃないのだ。


「侑紀先輩って本当に不幸体質なんだな」


「あの姉ちゃんは簡単じゃないっぽいね。おつかれさん」


「ゲームならうまくいってくれるところなのに。このクソゲーは」


「まま、熱くなっちゃおしまいだって。落ち着いてクールにいこうぜぇ」


 四五郎は変わらず他人事のように言っている。ただ言っていることは正しい。大きく深呼吸して、心を落ち着ける。とにかく侑紀先輩が転ばないように注意してみよう。


 いろいろ作戦を考えた。荷物になるグッズを俺が持つ。前に出て進路を確保する。


 手をつなぐっていうのもやってみたが、恥ずかしがって断られた。付き合ってるわけでもないのに大学生が手をつなぐっていうのも確かにおかしな話かもしれない。


 しかし、どれもうまくいかない。侑紀先輩の不幸体質をひっくり返すほどの力はなかった。


 ころぶ、ぶつかる、人ごみに流される。


 あらゆる方法で狙った順番に並べないトラブルが起きる。


「いったいどうすりゃいいんだよ」


 侑紀先輩が欲しいと言ったぬいぐるみ。なくても先に進めることはわかっているけど、いまさら諦めたくはない。


「このぬいぐるみ欲しいなぁ」


 もう何度目になるかわからない。受け取ったチラシに載っている一等のぬいぐるみを見ながら思わず本音が漏れた。


「ほほう。シゲくんお目が高いね。ビンゴの賞品らしいからさっそく並ぼうよ」


「そうですね」


 今までと逆のパターンだ。ずっと俺が誘っていたのに、侑紀先輩が俺を誘う形になった。たったそれだけのこと。大した違いはないはずだったのに。


「ほらほら、早く早く」


 さっきまで何度もころんでいた侑紀先輩と同一人物とは思えない。人ごみの中を器用にするすると抜けていって、俺が調整するまでもなく予定通り行列の二十七番目に並んだ。俺はその後ろの二十八番目だ。


「一等賞、当たるといいね」


「そ、そうですね」


 最後に列が分かれる。当然のように俺が左に案内された。間違いない。これが一等賞が当たるビンゴカードだ。


「でもなんで急に」


 あれだけ策を弄しても全然ここまでたどり着かなかったのに。先輩と並んでステージ前に立ち、番号が読まれるのを待っている。


「当たるかなぁ?」


「当たりますよ、きっと」


「シゲくんがイカリクマ好きだったなんて知らなかったよ。男の子はこういうの興味ないよね」


「え、あぁ。俺は妹がいるので」


「そっか、それで。こういうイベント付き合わせて悪いかと思ってたんだけど好きだったらよかったよ」


 適当に話を合わせておいた。ここで実は興味ないなんて言えるはずもない。俺の妹もそういえば子どもの頃から同じぬいぐるみを大事にベッドに飾っていた。そういうものなんだろうな。


 読み上げられる番号は想定通りで、九番目の番号が読み上げられると俺のカードの左一列にすべて穴が開いた。


「ビンゴです!」


 ステージに上がるのは少し恥ずかしかったけど、これも攻略のためだ。


「おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「このぬいぐるみはどうされる予定ですか?」


「えっと、一緒に来た先輩にプレゼントしようかと」


 ステージから見下ろすと、驚いたように俺の顔を見上げている侑紀先輩と目が合った。全然予想していなかったという意外そうな顔だ。本当に俺が持って帰ると思っていたのか。ちょっとへこむ。


 ステージを降りて先輩のところに向かう。ステージ上でサービスしてもらったリボンを首に巻いたイカリクマのぬいぐるみを差し出した。


「本当にもらっていいの?」


「もちろんです。今日は誘ってもらっていろいろ教えてもらいましたし。お礼です」


「返してって言っても返さないよ」


「大丈夫ですよ」


 侑紀先輩は受け取ったぬいぐるみを胸に抱くと、子どもみたいに満面の笑顔を見せた。


「うわぁ、かわいいねぇ、キミ」


「俺は、先輩の方がかわいいと思いますよ」


 思ったことがそのまま口に出た。


「おぉ?」


 それに対して先輩の反応はちょっとおかしかった。


「なんだ、シゲくんは先輩派だったのかぁ」


「え、えっと」


「欲しいって言ってたのは二等賞の方だったんだね」


 そう言われて、俺は視線をチラシに落とした。一等賞はイカリクマの特大ぬいぐるみ。そして二等賞はイキリクマ先輩のぬいぐるみ。


 目つきが悪かったイカリクマよりもさらに厳つい見た目。サングラスをかけてタバコをくわえている。


「いいよね。カッコつけてるのにくわえてるのはタバコ型の駄菓子っていうギャップがまた」


「そ、そうですね」


 なんだかなぁ。でもとにかく目的は達成した。さっきから好感度アップしているのはわかっている。何とか手に入ってよかった。


「そうだ。今度はイキリクマ先輩のぬいぐるみゲットできそうなイベントに行こうよ。私が探しておくから」


「また一緒に?」


「もちろん。今度はアタシが当ててあげるから!」


 それは無理そうな話だけど、先輩とまた約束がとりつけられるなら悪いことはない。苦労したかいは十分あった。もう一度大きなぬいぐるみを抱きしめる先輩を見ながら、秋葉原の街を歩いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る