バタフライエフェクト

 今回の目的は誰が当たるカードを手に入れたか、だ。スタッフが選ぶ数字が固定されているなら、一番最初にビンゴが揃うカードは必ず存在する。それを当てた人間を特定してその前に並べば、一等賞は俺のものになるはずだ。


「後は先輩にプレゼントして。よし、完璧」


「どうしたの?」


「いや、早く並びましょう」


 カードを配る行列に並んで、前後に並んだ人を見る。自慢じゃないがコミュ障の俺は人の顔を覚えるのがめちゃくちゃ苦手だ。バイト先のゲーセンでも常連客の顔が覚えられなくて、理不尽に文句を言われたことがたくさんある。


 初めて見る人間の顔を覚えておける自信は全然なかった。


「ドキドキするねぇ。当たるといいんだけど」


「そうですね。一等がとれる運をわけてほしいですよ」


 本当はわけてもらうんじゃなくて奪い取るつもりだ。これも俺の攻略のため。幸運で不運な人の姿を探して、俺の視線は会場をくまなく巡っていく。


 五行五列のビンゴカードが最短で揃うのは四つ目の番号が読まれたとき。ただ最初にビンゴのコールが叫ばれたのは九個目の番号が出たときだった。


「ビンゴ!」


 ステージに上がったのは同じ大学生くらいの女の人だった。侑紀先輩と同じでこのグッズのファンなんだろう。すでに今日のイベント限定グッズの袋を持っている。まっすぐな黒髪に薄いピンクのカーディガンが特徴か。


「シゲくんってああいう子がタイプなの?」


「な、なんでですか?」


「さっきからじーっと見てるから」


「いや、一等が欲しかったと思っただけですよ」


 ふーん、とまたステージの方に向き直った先輩は未だに一つも開かないカードを強く握っている。


 真剣な目でステージを見つめる姿は先輩なのに妹みたいでかわいく見えてくる。


「二人ともはずれだったね」


「次は当ててみせますよ」


「次なんてあるの?」


 あるんですよ、俺にだけは。


「リセット!」


 不思議そうな眼差しを向ける侑紀先輩を見ながら、俺はポケットの中のリセットボタンを押した。


 一等賞をとる人はわかった。なら次はその人の前に並べばいい。問題はそれを侑紀先輩に勘繰られないようにすることだな。


 グッズを買った侑紀先輩を連れてイベント会場を出ようとする。出口近くでチラシをもらって、すぐに周囲を確認した。


「さ、並びましょうよ」


 侑紀先輩を誘導しつつ、狙いの黒髪の前にしっかり並ぶ。これで順番がズレて、侑紀先輩が一番最初にビンゴが揃うはずだ。


「なんか今日は当たる気がするんだよね」


「そうなんですか?」


「アタシこういうのって当たったためしがないんだよね。でも今日はシゲくんがいるから当たる気がする。っていうか当てる」


 その意気込みはたぶん通用する、はずだったんだけど。


 隣の侑紀先輩のカードは全然穴が開かない。そのまま九個目の番号が出た時点で、さっきとは違う短髪の男がステージ上に上がってきた。


「もらったぬいぐるみは彼女にプレゼントしようと思います」


 そのセリフは俺が言うはずだったのに。俺は衝動的にリセットボタンを押した。真っ暗な部屋に戻ってくると、四五郎が堪えきれない笑みをこぼしている。


「そんなに怒らなくてもいーじゃん」


「どういうことだよ? 毎回リセットしたら同じように進むんじゃないのか?」


「あのさぁ、成彰くんRTA勢でしょ? 毎回ゲームが同じように進むと思ってんの?」


「なんだよ、そりゃ運要素もあるけど」


「そうじゃなくて。女の子の前を歩いてたら当然邪魔になって歩き方が変わるに決まってるでしょ」


 そういえば前をキープしようとして相手の歩きを邪魔していたような気がする。ただでさえイベント会場だから人混みで楽には進めない。そこに俺が不自然な歩き方をすれば、それが周囲に少しずつ影響を与えて、行列全体の順番が変わるってことか。


「それが、バタフライエフェクト」


「ドヤ顔で言うな、ムカつく」


「せっかくヒントあげたのにひどくなーい?」


 へらへらと笑いながら四五郎はやれやれとおおげさに肩をすくめた。態度のひとつひとつがムカつくヤツだが、怒ったところで喜ぶだけだ。


「じゃ、もう一回調査し直しだな」


「あんまイライラしてるとまたカートから落ちちゃうよ」


「誰のせいだ、誰の!」


 チャイコンのリセットボタンを押す。またこの飲み会からだ。そろそろセーブポイントが欲しい。


 次の調査はスタッフがどうやってカードを配っているか、だ。調べたところ山積みにしたカードを上から順番に手渡している。一列に並んだ後、最後に二人いるスタッフのどちらかから受け取る形だ。


「つまりは侑紀先輩と俺が続けて並べばどっちに行っても大丈夫だな」


「何の話?」


「なんでもないです。二人いれば当たる確率も上がるかなって」


「アタシ、こういうの運ないんだよねぇ」


 それはもう何度も見た。俺が運を操作しようと努力しているのに毎回侑紀先輩はかすりもしないカードをもらってくる。毎回祈るようにカードを握っている姿はかわいくもありちょっとかわいそうでもある。


 何度かビンゴを繰り返しながら、当たりカードのめどをつけた。上から十四番目。向かって左に立っている女性スタッフが当たりを持っている。あとはどうやってそこに自然に並ぶかってことだけだ。


「ずいぶん疲れた顔してんねー」


「そりゃそうだろ。やっと調査が終わったから休憩だ」


 テレビとチャイコンしかない物寂しいデバッグルームも常に焦りと一緒にいなきゃいけない現実よりはマシだ。


「だけど、もう攻略法は確立した。これでクリアだ」


「別に一等とらなくてもいいのにねぇ。成彰くんは真面目だねぇ」


「お前とは違うんだよ」


 さて、そろそろクリアしないとな。俺はチャイコンのリセットボタンに手をかける。なんだか四五郎がにやついているような気がするのが気がかりだ。


「最後に攻略チャートを確認して、っと」


 このメモが持ち込めたらどんなに楽なことか。いや、デート中にこんなメモ見てたら怪しまれてしょうがないな。


「じゅんびはいいかー。はーい、よーいスタート」


 四五郎のかけ声とともに指を離す。攻略開始だ。

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