Loop12 完走した感想は告白の後で
迷子の先輩
電車に乗って東京都心を横断する。人の数と複雑に絡み合った電車網のせいでやたらと広く感じる都心部もただ通り過ぎるだけなら一時間もかからない。そのまま海沿いまで電車を走らせていくと、急に別世界に迷い込んだような外観が見えてくる。
年に一度のイベントの日ということもあって、いつも以上にきれいな飾りが幻想的な雰囲気をさらに増していた。
「侑紀先輩は来たことあるんですか?」
「普通の日なら何度かね。でもプレミアムデーははじめて」
直通のバスに乗ると遠かった別世界が近づいてくる。さすがのレアチケットは遊園地好きでも簡単に手に入らない。それを譲ってもらったんだ。絶対に失敗はできない。
「浅尾先輩のチケットは返したんですか?」
「うん。めっちゃ悔しそうな顔してたよ。おもしろかったぁ」
ということは浅尾先輩の手には二枚分のチケット。絶対に何か妨害をしてくるだろうな。侑紀先輩と楽しむのはもちろん。警戒もしておかないとな。
「そんな難しい顔してないでさ。あいつのことなんて忘れていいんだから」
「そうですよね。今日は全部楽しむつもりでいきましょう」
パレードは夜の七時から。それでも一日中いるつもりで開園の時間近くに来たんだけど、同じ考えの人は少なくないらしい。朝早ければ人気のライドにも乗れると思ったんだけどな。
「よし、まずは一番人気のストーリーライド!」
「あ、はい」
言われるがままに侑紀先輩に手を引かれて行列に並ぶ。先輩は何度か来ているだけあって歩き方は熟知している。俺は一度しかここまでたどり着いたことはなかったから、初めてみたいなものだ。
「ウォーターライドはいいんですか?」
「それもだけど、人気の高いやつから乗っていくのが攻略法だよ」
「攻略法って」
「ほら、シゲくんもよくやってるじゃん。ゲームの攻略チャート作り。オリエンタルランドにも攻略法があるの」
ストーリーライドからウォーターライドに直行する。少し濡れた体も暖かさの増してきた気候では気にならない。
「ほら、次行くよ。止まってたら人気のライドはどんどん列が伸びるんだから」
遊園地の攻略チャートが侑紀先輩の頭の中にあるらしい。園内マップも暗記しているようで開園から結構いるお客さんの合間を縫ってすいすいと進んでいく。アクションゲームは苦手でもこういうときは軽快だ。
優先順位をつけて計画された侑紀先輩のルートについてライドを回るとお昼前には人気のものはなんとか回ることができた。最初に乗ったストーリーライドは今や長蛇の列になっている。最初に乗るのが正解だったことがよく分かった。
「それじゃ次は混む前にイートスペースいっちゃうよー」
「もうちょっと落ち着いてくださいよ」
「落ち着いてたら遅れちゃうって。RTA中に立ち止まらないでしょ」
そう言われると絶対に止まるわけがない。一秒を争う勝負中に立ち止まっている暇なんてあるはずがない。
「そういうことなら急ぎましょう!」
「お、シゲくんもやる気になったね」
「RTAと言われたら、断る理由もないですからね」
「そうそう。でも楽しむのも忘れずにね」
食事を済ませて名物のチュロスを手に午後のルートに入る。遊園地の雰囲気も合わさって本当にゲームを攻略しているようだった。何度も同じことを繰り返して命からがらここまでやってきた俺の
「午後はのんびり回れそうなところを回ろうか。食べていきなりコースターは辛いからね」
「っていうかまだコースターってあるんですか。結構乗りましたよね?」
「そりゃここは夢の国だからねー」
うーん、夢の国に絶叫が必要かって話は置いておいて、じっくり回れるのは助かりそうだ。
お昼も過ぎて園内の客の数もどんどんと増えてきている。子ども連れも多いから前だけ見ているとぶつかりそうになって危ない。景観も楽しみたいっていうのになかなかそうもいかないみたいだ。
「キョロキョロしてて、シゲくん楽しんでるね」
「こういうところに来るのは小学生以来ですからね」
「人間はいくつになっても遊園地が楽しめるのだー!」
テンションが振り切っている侑紀先輩は空いた手でガッツポーズを天高く掲げている。周囲から小さな笑い声も聞こえてくる。侑紀先輩はどこでも侑紀先輩らしい。
「おっと?」
立ち止まったせいで背中に何かが当たった。振り返って視線を下ろすと子どもが鼻をこすりながら涙目になっている。
「どうしたのかな? 迷子?」
「……」
黙ったまま男の子は頷いた。不安だろうに泣きださないのは男としてのプライドだろうか。ぐっと口を結んだまま何度も頷くだけだ。
「侑紀先輩、迷子の子がいるんで、迷子センターに」
男の子の手をとって振り返る。そこにいるはずの侑紀先輩がもうどこにもいなかった。
「もしかしてこっちも迷子?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、あぁ。心配しないで。遊園地の人にお父さんとお母さんを探してもらおう」
侑紀先輩も心配だけど、この子を置いていくわけにもいかない。こういうときにリセットが利くなら何度もやり直して侑紀先輩とこの子のどっちをとるか選べるっていうのに。
それでもリセットボタンに手は伸ばさない。ここまで何度もリセットで乗り越えてきた。それだけの知識は俺の頭の中にある。最初から最良の選択をとればいいだけだ。
まずは侑紀先輩に電話をしてみる。こっちを探していて気付かないのか、出てくれない。落ち着け、優先順位を考えよう。向こうはもう大人なんだから、はぐれたって心配はないはずだ。
「じゃあいこうか。はぐれないようにね」
こういうときに人助けをしないヤツは侑紀先輩に嫌われて当然だ。まずはこの子を迷子センターまで連れていこう。それからまた連絡して、行きそうな場所を探してみる。それが一番だ。
来場者数も多いせいか、迷子センターはいっぱいになっていた。手続きをして係員に男の子を預けて迷子センターを出る。もちろん侑紀先輩の姿はない。この人ごみの中から探すのは一苦労だ。いっそここで迷子の呼び出しをしてもらいたいくらいの気分だ。
電話をかけてみる。コールが三回。出ないか、と思った矢先、電話が切れた。
「ん? おかしいな?」
こっちが切ったんじゃない。向こうから切れた。侑紀先輩がそんなことするなんて思えない。
「誘拐。まさかな」
いや、可能性ならある。この人ごみの中でも侑紀先輩を連れていくことができる人間がいる。
「浅尾先輩ならここに入れるんだもんな」
侑紀先輩が返したのと合わせて二人はここに入ってくることができる。もし侑紀先輩に何かあったとしたら、あいつらが関わってるに違いない。
「落ち着け。焦れば絶対ミスが出る。トラブルのときこそ落ち着いて考えるんだ」
ミスのリカバリーをするときはいつもそうだ。焦りがさらなるミスを生む。ゲームを諦めてミスが重なればリセットするハメになる。でも今回はリセットが利かないのだ。一度きりの人生だから。
「こんなことなら侑紀先輩の遊園地攻略チャートを聞いておくんだったな」
それならこれから行こうとしていた場所もわかったのに。手持ちのデータをまとめながら攻略法を探す。今まで何度も失敗しながらやってきたことだ。
午前中に人気のライドは回った。それにさっき食べたばかりだから、激しいライドにはいかないだろう。それならこれから行くとすればお土産屋のある辺りか。
そうと決まればまずは行ってみよう。まだいるかもしれないし、いなくても誰かが見ているかもしれないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます