ヒーローの条件はヒロインを救うことだ

 お土産屋はまだ昼間ということもあって、他と比べると少し人の数が減ったような気がする。それでも多いことには変わりがない。店員さんに侑紀先輩のことを聞いてみたけど、さすがに客の顔なんて覚えていなかった。


 新しい情報がないと、さすがにこの中に侑紀先輩が混ざっていてもわからない。


「次はどうするかな」


 捜索は早くも迷宮入りだ。また考え始めたところに電話が鳴る。侑紀先輩からだ。やっぱり考えすぎだったか。スマホがあれば連絡をとるなんて簡単だ。


「もしもし、侑紀先輩。今どこにいるんですか?」


「さぁ、どこだろうね?」


 耳障りな冷たい声。その声はほとんど聞かなくても忘れるわけがない。


「浅尾先輩。これ侑紀先輩の携帯ですよ。何の用ですか?」


「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。ちょっとした余興だよ」


「侑紀先輩はどこですか?」


「そんなに焦らなくてもいいだろう。今日は年に一度の記念日なんだ。君のために余興を用意してあげただけだよ」


 浅尾先輩がわずかに微笑みを浮かべているのが通話口越しにわかる。今までとは違う絡み方だ。多少の嫌味は言ってきても、浅尾先輩本人は俺に対していい先輩を装うことが多かった。何かをしかけるときはいつも仲間を使っていた。


「余興、ってなんですか」


「ヒーローにはヒロインを助ける役目があるだろう? その舞台を僕が用意してあげようと言ってるんじゃないか」


 ラスボスにしてはやたらと苦々しい顔が浮かんでくるような声だった。どっちかと言えば序盤の中ボスくらいが似合っていそうなほどだった。


「タイムリミットは、夕方だろうな。キミに見つけられるかな?」


「ちょっと待て。いったいどこに」


 通信が切れる。もう何も聞こえない。夕方までがタイムリミット。いったいどういうことだ? パレードは夜からだろう。それまでに侑紀先輩が見つかればいいはずだ。


 遊園地中を駆け回って侑紀先輩の姿を探した。目立つところになんているはずないとは思うけど、いくら顔の利く浅尾先輩だって立入禁止の区域に入っていけるわけじゃない。それにこの人ごみの中じゃ隠れていなくったって見つけるのは簡単じゃない。


「夕方って言ってたけど、遊園地を回るだけで結構時間がかかるぞ、これは」


 リセットできるならいくらでも探し回って答えを見つけてから侑紀先輩を助けに行けるのに、一発勝負の人生クソゲーはそんなことを許してくれるわけがない。


 それにしてもわざわざ夕方なんて曖昧な言い方をしなくてもパレードの開始時間の七時前でよかったはずなのに。


 アトラクションだってどこも閉園時間までやってるはずだ。夕方までにはたどり着かないと困る場所。そんなのこの遊園地の中にあっただろうか。


「そうか。パレードなら」


 パレードが始まるのは夜七時。スタートは遊園地の中央にある魔法使いの城。


 あそこだけはパレードの準備のために五時には公開が停止されることになっている。


 時計を見る。時間はすでに四時に近づいている。残された時間はそれほど多くない。一か八か。自分の勘に頼るしかないか。


「俺が本当にヒーローなら、きっと侑紀先輩はいるはずだ」


 根拠なんてほとんどない。思いついた考えを都合よく組み合わせただけ。それでも俺はここで立ち止まっているわけにはいかない。ここまで何度リセットボタンを押したかなんて覚えていない。それでもまだゲームオーバーにはなってない。だからまだ前に進む権利はあるんだ。


 行列を作る観光客の目をかいくぐりながら、なんとか城の裏手に回ってきた。ここは別世界の夢の国。警備員も堂々とは立っていられない。そのおかげもあってか、なんとかここまでは来れたけど、パレードの日ってことは見えないところの警備はいつも以上だろう。


 もちろんこんなルートは初めてだ。どこにどのくらいの警備員がいるかなんてわからない。そもそもここに侑紀先輩がいるという保証もない。


「でも行くしかないな、よし!」


 気合を入れ直して職員通用口のドアを開けた。関係者以外立入禁止と書かれているけど、そんなもの何度も無視してきた。いまさら俺を止める理由にはならない。


 壁に張りつくように隠れて廊下の先を窺う。ゲームの見よう見まねでちゃんとできてるかわからない。こういうときカメラ操作で強引に相手を見ることができるのに、現実は一人称視点しかないクソゲーだからそんなこともできない。


 段ボールに隠れるわけにもいかないし、警備員も節穴じゃない。


「クッソ。厳重だな」


 大事なイベントの日なんだから当たり前だ。俺はコソドロってわけじゃない。よくよく考えれば友達が閉じ込められているかもしれないと素直に話せばよかった。潜入するのは断られてからでも遅くなかった。


「ゲームと現実の区別がついてないって笑われそうだな」


 だったらいっそのことゲームらしくクリアしよう。主人公が特殊部隊でもないなら、こういうときは陽動して相手の気を逸らせてからその隙にクリアするものだ。


 警備員の詰め所らしいところは見当たらない。それでも廊下を進んでいくと配電盤らしいカバーを見つけた。


「これでブレイカーを落とせばいけそうだな。鍵かドライバーが必要だ」


 手近な部屋から探索していくと、ライドの整備員の部屋を見つけた。工具箱の中を漁って大きめのドライバーを一つ借りていく。


 配電盤まで戻って、蝶番のねじをゆっくりと外した。たくさんのレバーの上にどの部分に繋がっているかシールが貼ってある。照明だけ落とせば十分だから助かる。


「よし、行くぞ!」


 レバーを下げると廊下の照明も一瞬にして落ちた。そういえば自分も見えなくなることを考えてなかった。暗闇の中に目が慣れるまで手探りで進みながら、なんとか目当ての部屋に辿り着く。


 やたら警備員が多かっただけあって予想通りパレード用の車が置かれた駐車場だった。本番のときはここにあるエレベーターで上げていくらしい。


「どこにいるんだ? 侑紀先輩!」


「思ったより早く見つけたみたいだ。君は未来が見える、とでも言うのかな?」


 並んだパレード用の車両陰から薄暗い中にもよく光る金髪が見える。


「浅尾先輩もすっかりゲーム脳ですね」


 嫌味たっぷりに答えを返す。未来が見えたらどんなに楽に攻略できたか。こっちは知らない未来を何度も繰り返して答えを見つけてきたんだ。


「さて、どうやって決着をつけようか?」


「見つけただけじゃクリアにはさせてくれませんか」


 今日はあのダミーサバイバルナイフも持ってきていない。あんな物騒なものを持ち込めるほど夢の国の入国審査は甘くない。


「侑紀先輩はどこに?」


「それをいきなり答えちゃおもしろくないだろう」


 人目のない駐車場では浅尾先輩も外面を気にする必要もない。卑下するような目で俺を見下ろしている。


「最後はボスを倒してクリアする。今日は後輩のために僕が敵役でいいだろう」


 まるで子供のごっこ遊びのように浅尾先輩は薄笑いを浮かべてそう言った。


 誰もいない広い駐車場、男二人、同じ想い人。


 やることは一つしかない、と思うのは俺がゲームをやり過ぎているからだろう。

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