ようやくたどり着いた場所

 でもケンカなんてしたことがない。だからハッタリを使って部室に来たヤツらも追い出したのだ。でもこういうときに背中を向けてもいい結果にならないことは今までのリセットでわかっている。一発勝負、オワタ式の戦いでも逃げるわけにはいかない。


「やってやる!」


 拳を固める。サバゲのときもそうだったけど、誰かと戦うときに一番大事なのは一歩前に出る勇気だ。怖いという思いを忘れるために前に進む。それだけでいい。


 ゲームの主人公みたいにカッコよくはなれない。不格好な大振りのパンチ。相手のパンチも同じような軌道で飛んでくる。ぶつかるのも同時。頬と拳に鈍い痛みが走った。


 痛い、とは口に出せない。浅尾先輩もケンカ慣れしてるわけじゃないことは今の一瞬で分かった。だからこそ弱音を吐いた方が負けになる。男の小さなプライドの張り合い。それに勝った方が侑紀先輩を見つけられる。


 何度かの殴り合い。防御の方法なんてわからない。口の中が鉄の味に埋め尽くされていく。ゲームの主人公たちは平気そうな顔をして困難に挑んでいくけど、実際は死ぬような思いをして痛みに耐えて前に進んでいるのだ。


 どのくらいの時間が経ったかはよく覚えていない。小数点以下の確率で起こったようなクリティカルヒットが浅尾先輩のあごにぶつかった。ふらふらとよろめいた後、地面に倒れ伏したのを確認してから、俺もその場に膝をつく。


「僕に似合わない不格好さだ」


 先に拳を解いた浅尾先輩はまたいつもの調子に戻っている。顔がはれて鼻血を垂らしているようではカッコよさのかけらも残っていない。


「負けを認めるってことですか」


「別にそうは言ってないさ。ただ興味を失っただけさ」


 どんな言い訳をしようが、俺は浅尾先輩に勝った。それだけは間違いなく現実だ。浅尾先輩ははれた顔を押さえながら、視線を駐車場の端にある扉に向けた。倉庫にでもなっているのか頑丈そうな引き戸だ。そこに侑紀先輩がいることはすぐに理解できた。


 ゆっくりと起き上がり、ふらついたまま立ち去る浅尾先輩を置いて俺は倉庫の方へと走り出した。


 むき出しの排水管に腕を縛られて、侑紀先輩はぐったりとした様子で壁にもたれかかっていた。


「侑紀先輩!?」


 慌てて駆け寄って腕を縛っていた荒縄を外す。すると耳元にのん気な寝息が聞こえてきた。


「なんだ、寝てるだけか」


 見たところケガをしている様子もない。ほっとして息をはくと全身の痛みが思い出したようにやってくる。


「ん? あれ? シゲくん?」


 眠そうに眼をこすっている侑紀先輩はやっぱりケガはしていないみたいだ。


「ちょっと、なんでそんな顔腫れてるの?」


 慌ててハンカチを取り出して、俺の顔に当ててくれる。顔中はれ上がっているから、あんまり効果はないけど、それだけで痛みが引いていくような気がする。


「いいんです。とにかくここから逃げましょう」


「えっと、そもそもここどこ?」


 状況を理解していない侑紀先輩と一緒に裏口から出ると、パレードが近づいてきて飾り付けられたイルミネーションが園内に広がっていた。そろそろあの駐車場でも準備が始まっているだろう。間一髪だった。


「あーあ、アタシの完璧なオリエンタルランド攻略が台無しだ」


「俺がもうちょっと早く見つけられれば」


「いや、悪いのは浅尾でしょ。シゲくんお人よしが過ぎるって」


 侑紀先輩は俺の頭を撫でながら笑っている。リセットできるならもっと早く助けてあげられたんだけどな。


「とりあえずパレードには間に合いそうだしよかったよかった。何か買っていい場所キープしなきゃね」


 侑紀先輩はそう言うとすいすいと売店の方に向かっていく。戻ってきた手には絆創膏に消毒液。ベンチに座って手当てをしてくれた。


「本当に無茶ばっかりするんだから」


 元気そうでなによりだ。なんとかリセットせずにここまで来た。終わったような気分だけどまだ告白が残ってるんだよな。好感度はもう十分なはずだ。


 なんとかメインの中央通りに場所を確保して、パレードを待った。特等席と言ってもいいほどの場所で、キャラクターたちとマーチングバンドやダンサーたちが永遠に続くかのように目の前を通っていく。これを見るためにチケットの争奪戦が起きるのも納得だった。


 ここは中央通りだから帰りのパレードも見ることができる。パレードの音が遠くで聞こえるようになっても誰も動こうとはしていなかった。


 今ってチャンス? だよな?


 こういうときに人生クソゲーはタイミングを教えてはくれない。だからいつもチャンスを見逃して、誰かに先を越されてしまうんだ。でも、今ならきっと間違いない。いや、間違っていてもいい。挑戦しなかったらここまで来られないことはリセットし続けた俺が一番知っていることのはずだ。 


「あの、先輩」


「ん? どしたの?」


「えっと、静かですね。まるで、妖精の国に迷い込んだみたいな」


「何言ってるの、シゲくん? ちょっと頭強く殴られたりしたからじゃない?」


 うわ、焦ってなんか変なことを口走ってしまった。残念なものを見るような侑紀先輩の視線が痛い。


「いや、ちょっと待ってください。その、ずっと言おうと思ってたことがあって」


「ん~、どしたの?」


 ポーズ画面はない。期待したような眼差しで侑紀先輩が俺の顔を覗き込む。俺が言いたいことをもう見透かしているのかもしれない。それでも俺から言いたい。ここで甘えられない。


 乾いたのどから声を絞り出す。


「俺、先輩のことが好きなんです。ずっと、初めて会ったときから」


 パレードの音が遠くに聞こえる。今頃は北の遊歩道を回っているんだろう。大きな声じゃなかったけど、はっきりと言った。


「え、今なんて言った?」


「なんで聞いてないんですか」


 俺の目をはっきりと見ていたのに。聞こえていないはずがない。明らかに俺のことをからかっているのに、下手なことは言えない。この雰囲気はどんな修羅場を抜けても慣れることはない。


「ねぇ、もう一回言ってよ」


「やっぱり聞こえてたんじゃないですか」


「ん~? なんのことだかさっぱりだなぁ」


 侑紀先輩の顔がさらに近づく。暗がりの中でよく見えていなかったけど、先輩の顔もほんのりと赤く染まっている。俺はこの何倍赤くなっているのか知りたくない。


 さっきスタミナ値を全部使いきる覚悟で言ったのに、もう一度なんて簡単には出てこない。でも侑紀先輩が待っているなら言わないわけにはいかない。


「先輩のことが好きだって言ったんです。俺と、付き合ってください」 


「ふ~ん、そっかぁ」


 俺の一世一代のつもりの告白を侑紀先輩はニヤニヤと口元をほころばせながら聞いていた。


「やっと言ってくれたんだ。ずっと待ってたのに」


「待ってた、っていつから?」


「さぁ、いつだったかなぁ。部室で二人っきりのときなんていくらでもあったのにね。わざわざ人前でするなんて、シゲくんってそういう趣味があるの?」


「いや、そういうわけじゃ。そのじゃあ答えは」


「さーてね。言ってあげない」


 侑紀先輩はそう言って振り向いてしまった。それでも耳が赤く色づいているのはここからでもよく見える。


 本当はもっと早くクリアできていたはずなのに。そんなこといまさら言われたって俺はリセットしないことにしたのだ。


「それってちょっとズル」


 俺の言葉を遮るように侑紀先輩が後ろを向いたまま俺に体を預けてくる。心地よい重みが俺の体にかかっている。


「そういうことははっきり聞けちゃうんだ」


「そりゃ、もう俺は言いましたから」


「大丈夫。私も大好きだよ。私のために一生懸命なところとか。あ、でも私より運がいいところはちょっと嫌いかも」


 侑紀先輩が俺の顔を見上げている。はっきりと口に出したせいか顔の赤さが増している。


「あ、そろそろパレード戻ってくるんじゃない?」


「今ごまかそうとしましたね」


「そんなことないよー。ほら、来た来た」


 侑紀先輩は指を差しながらも体は俺にもたれかかったままだ。今までとはまったく違う距離感。ずっと一緒にいたはずなのに何かが変わった。


「こういうのずっと憧れてたんだよねぇ」


「もっと早く言えばよかったですか?」


「ん~、シゲくんらしくていいんじゃない?」


 侑紀先輩はパレードから視線を逸らさないままそう言った。まだちょっと恥ずかしいから俺も何も答えない。


 まばゆく輝くパレードの光が俺を祝福しているエンドロールのように流れていった。


 どうやら最速には遠かったらしいけど、たぶんこれでよかったんだ。俺は間違いなくこのゲームをクリアしたんだから。


 翌日もいつものように講義を受けて、サークルの部室に向かう。いつもと同じ日常だけど違うことが一つだけある。部室にいるのが先輩じゃなく彼女になったっていうこと。


「お、来た来た。ねぇねぇ、ここホントにクリアできないんだけど」


「それなら前のステージからマントとってくればコース無視できますよ」


「それじゃ負けを認めることになるじゃん。普通にクリアしたい」


 いや、やっぱり変わってないな。いつもの侑紀先輩だ。何か変えた方がいいのか、それとも今までのままでいいのか。俺はまだ距離感をつかみきれていない。


「よし、もう一回。ってあれ?」


 画面がバグって動きが止まる。リセットしても電源を入れ直しても反応しなくなってしまった。


「四五郎。やっぱり、もう」


 動かなくなったチャイコンに触れた。大丈夫だ、ってバカみたいに笑いながらやっぱり我慢してたんじゃないか。


「どうしたの?」


「もう古いヤツなんで動かなくなったみたいで」


「あー、無理させちゃったかな。アタシ最近やりこんでたし」


「いや、たくさん遊んでもらえてこいつも本望だったと思いますよ」


 電源のアダプターを抜いてまとめる。神様が宿ってるって言うんなら、ちゃんと供養してやるべきだろうな。


「そのチャイコンさ、ちょっと借りてもいい?」


「え、えぇ。いいですけどどうするんですか?」


「ちょっとおじさんに直してもらってみる。アタシのおじさん昔ゲーム会社にいてね。たぶんこのくらいの時代のなら詳しいはずだから」


 直るんだろうか。そうすればまた四五郎に会えるのか。そもそもこの告白RTAはクリアしてしまったから、もうあのデバッグルームに行くこともない。


「ぜひお願いします。こいつにはお世話になりっぱなしだったので」


「そうだよね。半年くらいなのにたくさんやってたもんね。まかせといて」


 侑紀先輩が自信満々に言ったように壊れたチャイコンは一週間ほどで返ってきた。黄ばみもとれてきれいになっていて、まるで新品みたいだった。これなら四五郎のヤツも過ごしやすくなって満足しているに違いない。


「さ、一週間分イメージトレーニングしてきたから、今日こそ全クリしちゃうからね」


「楽しみですね。じゃその腕前を見せてもらいますよ」


 電源を入れると粗いけどどこか味のあるドットがモニターに映し出される。その向こう側で四五郎が大きくガッツポーズをしている姿が見えたような気がした。 

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告白RTA~彼女の好感度を最速でMAXにする方法~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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